追放と執着
「お前のせいだ!」
夜の森に、怒号が響いた。
月明かりの下、折れた木々と抉れた地面が広がっている。
つい先ほどまで、ここで激しい戦闘があったことは誰の目にも明らかだった。
その中心に、二人の冒険者が向かい合っていた。
一人は、怒りに顔を歪めた人物。
もう一人は、血に濡れた剣を握るヴェイル・アルディス。
「違う……私は……」
ヴェイルの声は、震えていた。
けれど、その言葉が最後まで届くことはなかった。
怒りに支配されたその人物が地を蹴る。
次の瞬間、森に鈍い音が響いた。
戦いは、あまりにも短く終わった。
ヴェイルの目の前で、その人物はゆっくりと崩れ落ちる。
見開かれた瞳には、怒りと憎しみだけが焼きついていた。
即死だった。
誰が見ても、そう判断するだろう。
無惨に斬り裂かれたその身体は、もう二度と動かない。
「……どうして、こんなことに」
ヴェイルは、涙で霞む視界のまま、かつて仲間だった者を見下ろした。
順調だった。
自分たちは、冒険者として成功の階段を上っていた。
危険な依頼をこなし、笑い合い、いつかSランクに届くのだと信じていた。
仲間たちから笑顔が消えたのはあの日の失敗からだ。
あの時、救えたはずの命を救えなかった瞬間から。
ヴェイルは空を見上げた。
頭上には、吸い込まれそうなほど美しい星空が広がっている。
その光が、血に濡れた自分の手を照らしていた。
◇◇◇
ギフト――神から与えられる特別な力。
選ばれた者だけが持つそれは、火や水といった現象を操る魔法の理から外れ、世界そのものへ干渉する未知の力だ。
その種類は多岐にわたり、似たものはあっても、まったく同じものは存在しない。
唯一無二の力――それが、ギフトだ。
俺もまた、その特別なギフトを持ち、冒険者として確かな実力と存在価値を示してきた。
そのはずだった――
「ノア……あなたには、パーティーを脱退してもらうわ」
依頼を終え、俺が所属するSランク冒険者パーティー《黎明の剣》の拠点へ戻ってきたばかりだった。
扉一枚隔てた向こうでは、仲間たちが装備の手入れや報告の整理をしている気配がする。
そんな中で告げられた、リーダーのレイン・イルミナの言葉。
それはまるで、鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。
「な……なんで、急にそんなこと言い出すんだよ! いきなりそんなこと言われて、はいそうですかって納得できない!」
あふれる怒りと焦りを抑えきれず、感情のままに問い返す。
レインは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに言った。
「今のパーティーに、ノアの居場所がないからよ。あなたはもう、この先の《黎明の剣》には必要ないわ」
声音は冷たくなかった。
突き放したいわけではない。ただ、言わなければならないから言っている――そんな響きだった。
「必要ない? そんなわけないだろ! 今まで俺のギフトで危険を回避してきたはずだ。安全な進路の選定も、ダンジョンギミックの解析も、魔物の異常の察知も……全部、役に立ってきただろ?」
《黎明の剣》は、この国でも片手で数えるほどしかいないSランクパーティーだ。
歴史上でも最速に近い速度でそこへ到達し、今もっとも勢いのある冒険者集団として知られている。
リーダーであるレインは才覚とカリスマ性を持ち合わせており、パーティーの中心にいるのが彼女なのは確かだ。
だけど、ここまで危うげなく駆け上がってこられたのは、それだけじゃない。俺のギフトがあったからこそ回避できた危険も、確かに何度もあった。
「それは認めるわ」
レインは、はっきりと頷いた。
「あなたがいたから助かった場面は何度もあった。魔法職としての実力も凄まじいものだった。そこは否定しない」
否定されなかったことが、かえって胸に重く沈んだ。
「それなら、これからも俺は必要なはずだろう?」
「いいえ。今のあなたは違うわ」
静かな声だった。
けれど、その分だけ揺るがなかった。
「最近のあなたは、敵の攻撃への反応が遅れている。魔法の規模も手数も、以前よりはるかに落ちている。はっきり言って、今の《黎明の剣》がこなしている依頼には、もうついてこられていないわ」
「……っ」
図星だった。
俺は、ギフトの力を限界を越えて使ったことで、かつての力を失っている。
「そんなあなたを庇おうとして、誰かが死ぬかもしれない。リーダーとして、私はそれを見過ごせない」
レインは、机の上で組んでいた手をぎゅっと握りしめた。
落ち着いていた声に、わずかな熱が滲む。
戦力外だから切り捨てる――そんな単純な話じゃない。
俺が足を引っ張れば、被害は俺だけで終わらない。それを、レインは本気で危惧している。
「確かにそうかもしれない……だけど、それは他のメンバーと比べての話だろ。今の俺だって、まだギフトで貢献できる! 前に立てなくても、危険察知も解析もできるんだ!
それに、自分の身を守るくらいの力はまだある!」
思わず大きく手を振る。
ついていけないことは、俺自身よく分かっていた。
だからこそ、直接戦闘での貢献が減ったぶん、ギフトを最大限活かしてパーティーの力になれるようにしてきた。
だからこそ、感情を抑えきれなかった。
それになにより――俺は、可能な限りレインのそばにいなくてはならない。
そう思った瞬間だった。
レインは勢いよく立ち上がり、バンッと両手を机に叩きつけた。
「でも、それは過去の話よ! 今の《黎明の剣》に必要なのは、Sランクの領域にまでついてこられる人材。自衛しかできない半端な後衛じゃないわ!」
俺を睨むレインは、いつもの冷静な彼女とは違う表情をしていた。
その剣幕に、俺は反論の言葉を失う。
レインははっとしたように息を呑み、それから深く息を吐いて、ゆっくりと座り直した。
「それに、もう新しいメンバーのスカウトは済んでるわ」
その一言で、身体が凍りついた。
「今までずっと、ノアのことは見てきた」
たったそれだけの言葉なのに、重かった。
「依頼の合間は、いつも一人で本を読んでいる。報酬も何に使っているのか分からない。鍛錬に打ち込んでいる様子もない。いったい何をしているの? あなたが以前のように戦えない理由が、そこにあるの?」
「……っ」
レインの緑の瞳が、まっすぐ俺を見据えていた。
そこにあるのが怒りだけではないことくらい、嫌というほど分かる。
だけど、俺は何も言わなかった。
いや――何も言えなかった。
「ノア」
呼びかける声が、少しだけ柔らかくなる。
「何か理由があるんでしょ? お願い、話して」
心臓が強く脈打った。
話せば、何かが変わるかもしれない。
喉の奥まで言葉はせり上がった。
お前を助けるためだった、と。
「私は、仲間が死ぬのが嫌。だけど、それ以上に……あなたが死ぬことに耐えられない」
その言葉を聞いて、俺は拳を握り、唇を強く噛み締めた。
やっぱり――駄目だ。
死んでほしくない。
それは俺の台詞だ。
俺の余計な一言で、レインが記憶を思い出してしまえば、レインに使ったギフトの効力が失われるかもしれない。
そうなれば、レインは死ぬ――。
「なんで……何も言わないの?」
そんな俺を見て、レインはしばらく黙っていた。
失望したように。
それでもなお、最後の期待を捨てきれないように。
やがて彼女は静かに目を伏せ、震える声で言った。
「ノア・フェルド。あなたを《黎明の剣》から除名するわ」
重く、苦しい言葉だった。
だけど、これでいい。
たとえパーティーから追放されても、もう一番近くにいられなくても、レインが生きていてくれればいい。
そう思った瞬間、諦めとも決意ともつかない感情とともに、すっと身体の力が抜けた。
「……わかった」
それだけ言葉を返すと、俺はゆっくりとレインに背を向け、部屋を出て自室へ戻る。
扉を閉めた瞬間、張り詰めていたものが切れ、そのままベッドへ倒れ込んだ。
天井を見上げる。
口の中に、かすかな血の味が広がった。
「唇……切れてる。どんだけ強く噛み締めたんだよ」
ははっ、と乾いた笑いが漏れる。
しばらくベッドから動けなかった。
どれだけ時間が経ったのかも分からない。辺りが暗くなってきた頃、ようやくぽつりと声が漏れた。
「……金が要るな。新しい職を探さないと」
俺は、自身のギフトを解明するために研究を続けてきた。
その研究資金は膨大で、Sランク冒険者だからこそ受けられる依頼の報酬があったから、どうにか賄えていた。
だけど、冒険者としてやり直すにしてもSランク以外の依頼でそれを維持できるかといえば難しい。
そもそも、レイン以外と組んで冒険者を続ける気にもなれなかった。
なら、冒険者からは離れるしかない。
ギフト持ちの俺なら、この国――エクセリア王国の王都へ行けば、割のいい仕事の一つくらいは見つかるはずだ。
何もせずにいれば、胸の痛みばかりが募っていく。
だから、止まらない。
レインを救うためにも。
俺自身が前に進むためにも。
俺は重い身体を無理やり起こし、仕事を求めて職業斡旋所へと向かった。
正直今は、ただ現実から目をそらしたいだけなのかもしれなかった。




