第32話 皇帝一族の秘密
それから二日後、明蘭は意識を取り戻した。
成長した自分の姿に戸惑っていたが、北寧の時から二度目だったのもあり比較的すんなりと現実を受け入れていた。
「姉上がご無事で良かったです。お姿のことも城内・城外ともに公式のお披露目前でしたので、かえって良かったかもしれません。」
頼誠の言葉に明蘭は苦笑した。
「陽誠皇子は?」
「彼は亡くなりました。」
泰誠が淡々と事実のみ告げた。
自分に懐いていた実の弟だ。何も感じていないわけがない。
明蘭もその時は詳しく尋ねなかった。
翌朝、体調が落ち着いたため皇帝の希望で面会することになった。
明蘭が明誠の部屋に入った時、以前と同じく泰誠と頼誠が寝台の傍にいた。
「ああ、明蘭。すっかり大きくなって、びっくりした。だが、顔色も良さそうで安心したよ。体調が万全でないところ来てもらってすまないね。そこの椅子にかけてくれ。」
明誠に勧められ明蘭は椅子に腰かけた。
「お互い体調も優れないし、手短に話したい。今回の事件のことだ。」
明誠が神妙な顔で話し始めた。
「これは泰誠も知らないことだが・・・。」
その言葉に泰誠は少し不審そうな表情をした。
「陽誠は私の子ではないんだ。」
「!」
一同、驚愕のため目を見開いた。
「ち、父上・・・、それはどういう・・・?」
泰誠がかすれ声で尋ねる。
「言葉通りだ。あれは雪花と幼馴染の護衛の男の子どもだ。」
明誠は昔のことを語り始めた。
雪花は宰相の妾の子だ。彼女の母も非常に美しい女性だったが、もともと平民の踊り子出身で雪花を産んですぐに亡くなったそうだ。
卑しい身分出身であることと美しい容姿を妬まれて正妻と姉に酷くいじめられていたのを、陰でずっと支えてくれていたのがその護衛の男だった。
幼い頃からお互い淡い恋心を抱いていたのが、身分差もあり雪花の明誠との政略結婚で一旦引き裂かれた。
その後、明誠は皇帝となり他に妃を迎え、ますます夫婦は寒々とした関係となって行った。
龍華帝国は一夫一妻制だが、皇帝だけは跡継ぎのこともあり三人の妃を持つことができる。高位の貴族や金持ちは宰相のように妾という形で女性を囲っている者もいる。
そんな中、偶然再会した二人は激しい恋に落ち陽誠が生まれた。
明誠は彼が自分の子供でないことはわかっていたが、これが明るみにでて宰相一族と揉めることを望まなかった。
明誠が皇位を継承した直後も、優秀で次期皇帝だと評判だった第一皇子の兄の栄誠とその妻との間でいさかいが起きたのだ。
その妻とは宰相の正妻の娘だが、幼い頃より皇帝の妻になると言い聞かされ育てられたため我儘で癇癪持ちな女性だった。まさか自分の夫が皇帝になれなかったばかりか、いじめ蔑んできた妹の夫が皇帝になるという予想外の展開に彼女は荒れ狂った。
兄皇子は温厚な性格だったが、情緒不安定な妻に辟易し家から足が遠のいた。そこで彼を慰めたのが城下の踊り子の女性だった。夫の不実を知った妻は、その相手が踊り子だということに二重三重怒り狂い、夫とその女性を毒殺し自分もその傍で命を絶つという大事件へと発展したのだ。
突然の代替わりで混乱していた皇宮で、第一妃の実家である宰相一族まで処分となると収拾がつかなくなるため、皇族殺害という前代未聞の大事件は、食中毒による事故死として処理されたのだ。
それから十数年、ようやく落ち着いた皇宮が再び荒れることは望まなかったし、何より愛する人と引き裂かれる気持ちは自分にも理解でき、雪花を責める気にならなかった。
どうせ竜珠が陽誠に引き継がれることはないからと放置したのだ。
一方、雪花は愛する男との子供である陽誠を溺愛した。なかなか会えない愛しい人への思いがすべて陽誠に向けられたのだ。陽誠本人には実の父のことは告げていなかったが、竜珠に選ばれる可能性はゼロであり、小さい頃より次の皇帝は兄の泰誠がふさわしいと言い聞かせられ育てられた。
また、同母の兄である泰誠が皇帝になれば、万が一事実が明るみに出ても陽誠を守りやすいと雪花は考えたようだ。
そのため陽誠は兄の泰誠を皇帝にしなければならないということを呪いのように幼少期から毎日母に植え付けられ、今回の結末となってしまったのだ。
話を聞き終えて、明蘭が口を開いた。
「悲しい話ですね。殺されかけた私が言うのもなんですが、陽誠皇子や雪花妃の気持ちもわからなくはないです。」
明蘭は、毒を飲まされた瞬間に間近で見た陽誠の表情を思い出していた。
自分に対する恨みは全く感じられず、仕事をやり遂げたような満足げな表情をしていた。
「雪花妃はどうなったのです?」
「彼女は今回の件で強い心労を受けたためか、自己を失い中身が少女の頃に退行しています。私や陽誠のことも覚えていません。監視を付けたうえ、皇宮の奥深くに生涯幽閉となるでしょう。」
泰誠は自分の母のことを彼女と呼び、淡々と事実を述べた。
おそらく母の愛情は弟に偏っていて、彼も寂しい思いをしていたのだろう。
皇帝の長子に生まれ優れた能力に恵まれ、傍から見れば羨まれる立場にいるようにしか見えない彼でもこのような心の闇を抱えているのだ。
地方には貧しい人や虐げられている人がいて、物質的に恵まれているはずの中央でもこのような歪んだ事件が起きている。すべての人民を幸せにすることは不可能かもしれないが、問題があるところを色々改革して、皇宮の内外にかかわらず少しずつ体制を整えていく必要性を明蘭は感じた。




