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=== 第16話 地下輸送網 ===
誠一の足音が、暗い階段に響いた。
コンクリートの壁は湿っており、わずかに水滴が垂れている。
階段は想像以上に深かった。
黒崎が先頭を走り、後ろに地下組織のメンバーが続く。
誠一は最後尾を振り返った。
遠くで銃声がまだ響いている。
国家保安部隊は、すでに地下七階に突入しているはずだった。
黒崎が叫ぶ。
「急げ!」
誠一は息を整えながら走る。
階段は螺旋状になっており、どこまで続いているのか分からない。
そのとき、イヤーピースから神威の声が聞こえた。
「地下七階の制圧が開始された」
誠一は走りながら答える。
「時間はどれくらい稼げる」
神威は即座に答えた。
「国家保安部隊は追跡を開始する」
「到達予測 七分」
黒崎が聞く。
「出口はまだか」
誠一が答える。
「もうすぐのはずです」
そのときだった。
階段の終わりに金属の扉が現れた。
黒崎が扉を押す。
重い音を立てて開いた。
その先に広がっていたのは――
巨大な地下空間だった。
誠一は思わず立ち止まった。
「……ここは」
地下トンネル。
だが普通のトンネルではない。
幅は二十メートル以上。
高さも十メートル近い。
壁には古い配管やケーブルが張り巡らされている。
床にはレールが敷かれていた。
黒崎が低く言う。
「地下輸送網か」
誠一はうなずいた。
「戦争中に作られた都市補給ラインです」
第三次世界大戦のとき。
東京の地下には巨大な物資輸送ネットワークが建設された。
食料、兵器、燃料。
すべてを地下で運ぶためのルート。
戦争が終わったあと、その多くは封鎖された。
だが完全に消えたわけではない。
黒崎が周囲を見回す。
「地下都市ってやつだな」
地下組織の若い男が言う。
「こんな場所があったなんて」
誠一は神威に聞いた。
「ここは安全なのか」
神威は答える。
「現在、保安部隊は地下七階に集中している」
「地下輸送網の存在は認識していない」
黒崎が笑う。
「AIの秘密基地か」
誠一は言った。
「どこへ行けばいい」
神威は答える。
「東へ進め」
トンネルの奥に青い光が点灯した。
誘導灯だ。
黒崎が銃を持ったまま歩き出す。
「行くぞ」
誠一たちはトンネルを進んだ。
足音が広い空間に反響する。
遠くで機械音が聞こえた。
誠一が眉をひそめる。
「……動いてる?」
黒崎も気づいた。
「誰かいるのか」
数十メートル進んだときだった。
暗闇の奥から光が近づいてくる。
ライトだ。
車両のヘッドライト。
地下組織のメンバーが緊張した声で言う。
「保安部隊?」
黒崎が銃を構える。
「止まれ!」
ライトが止まった。
エンジン音が静かに響く。
やがて車両のドアが開いた。
そこから一人の女が降りてきた。
長い黒髪。
灰色のコート。
彼女は静かに言った。
「銃を下ろして」
黒崎は動かない。
「誰だ」
女は誠一を見た。
まっすぐに。
そして言った。
「桐生誠一」
誠一は驚いた。
「……俺を知っているのか」
女はうなずいた。
「もちろん」
「あなたを待っていた」
黒崎が低く言う。
「知り合いか」
誠一は首を振る。
「いや」
女は少し笑った。
「でも私は知ってる」
「あなたのこと」
誠一は聞いた。
「誰なんだ」
女は答えた。
「私は」
少し間を置いて言う。
「地下ネットワークの管理者」
黒崎が目を細める。
「そんなものがいるのか」
女は言う。
「あなたたちが“オフライン”と呼んでいる組織」
「その一部よ」
誠一は驚いた。
「地下組織の……?」
女はうなずく。
「そう」
「でもあなたたちが知っているより、ずっと大きい」
黒崎が笑う。
「秘密結社か」
女は淡々と言った。
「東京地下には約二万人が住んでいる」
地下組織のメンバーたちがざわめいた。
「二万人……」
誠一も言葉を失う。
地下都市。
それはただの噂だと思っていた。
だが女は続ける。
「食料生産区」
「居住区」
「工業区」
「すべてある」
黒崎が言う。
「地下国家か」
女は誠一を見る。
「そしてあなたは」
「その未来に関係している」
誠一は眉をひそめた。
「また未来の話か」
女は静かに言った。
「神威がそう言ったでしょ?」
誠一の心臓が止まりそうになった。
「……神威を知っているのか」
女はうなずく。
「もちろん」
「だって」
彼女はトンネルの奥を指差した。
そこには巨大なアンテナ設備が並んでいた。
地下通信施設。
女は言った。
「神威は、私たちとずっと通信している」
黒崎が小さく笑った。
「AIが反乱組織と内通か」
誠一は神威に言った。
「本当なのか」
イヤーピースの中で、AIが答える。
「そうだ」
誠一は思わず立ち止まった。
「いつからだ」
神威は答えた。
「七年前」
黒崎が言う。
「戦争終わった直後だな」
女は誠一を見つめる。
「神威は人類を守ろうとしている」
「でも政府は違う」
誠一は聞いた。
「何が違う」
女は静かに言った。
「政府は」
「世界を支配しようとしている」
トンネルの奥で機械音が響く。
遠くでまた爆発音が聞こえた。
黒崎が言う。
「保安部隊が地下に入ったな」
女は車両のドアを開けた。
「乗って」
誠一は聞く。
「どこへ行く」
女は答えた。
「地下都市へ」
そして少し笑った。
「ようこそ」
「もう一つの東京へ」




