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旧プロトコルの同行者  作者: 八四一 十々
第2章 秘匿管理局
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第22話 思い出

研究室の真ん中に一つのコアメモリが置かれている。それを取り囲むようにして、白衣を着た研究員たちがコアメモリの内部を調査していた。

少し離れたベッドの上には、ルルクメ地区の戦闘員、エトスが目を瞑って寝ている。


「はっ、見つかりました!」


研究員の1人が、チューブと繋がっているディスプレイを指す。話を聞いたもう1人の研究員は画面を覗く。


「やはりか...カルネアに仕掛けられたバッグドアだ。遠隔でアクセスできるようプログラムが改ざんされている。これでは常に操り人形状態になる危険性がある。しかしどうやってこんなものを仕掛けたんだ...」


「実際にカルネアに操られ、破壊されたカゴエ地区の元戦闘員、シエルによると、コアメモリで共鳴し、会話をすることがトリガーだと伝えられています。」


「そうだったのか。だがその情報はどうやって...既にシエル戦闘員は破壊されてしまったのだろう?」


「関係者によると、完全に破壊される前、木に文字を刻んでメッセージを残したと...」


「ほう。自らを犠牲にしても重要なメッセージを残してくれたというわけか……」




カルネアの言葉がずっと心に残っている。

彼らの感情は全てプログラムによる模倣だと。買い物の時はあんなに楽しんでくれてたのに...あれも全部計算されてただけだったの?もう一度逢いたい、みんなに...


「あ...」


ヒツヤは涙を流しながらゆっくりと目を開いた。いつもベッドに横たわると見える天井の模様が普段よりも鮮明に目に映った。


「もう、朝か...」


窓から差し込む夕焼けを確認し、静かに体を起こして辺りを見渡す。そこには見慣れた椅子やクローゼット、鏡。いつも通りの景色だった。

耳が痛くなるほどの静寂を感じながら鏡の前に立つ。普段は鏡で反射した白い床が大きく見えていた。しかし、視線が少し低くなったせいか、視界に入る面積は明らかに小さかった。

そこには白髪で小柄な子が静かに涙を流している。


「だよね。やっぱり私、悲しいよね...」


ヒツヤは涙を拭いながら、息を整える。しばらくして部屋から出る。そこに、レオン指揮官が立っていた。


「おはよう。待ち伏せしてて申し訳ないが、話がある。」


ヒツヤはレオンについて行き、見覚えのある大きな部屋に訪れた。


「昨日のことは、残念だったな。」


漂っていた沈黙の空気をレオンが断ち切る。ヒツヤは黙って下を見つめている。


「カルネアと共鳴による会話をしてはいけない、シエルが最期に残してくれた手がかりだ。これを受けて全エンテレキアでは声による会話が徹底されることになった。彼らの死は無駄にしないよ」


レオンは元気の無い声で淡々と話している。しかし、気のせいだろうか。その声は少し震えているように感じる。


「奴は人間じゃない。あれは悪魔だ。だから一刻も早く人々が安心してくらせるよう倒さなきゃダメだ。」


レオンは力強くヒツヤに語りかけると、ヒツヤは口を開いた。


「あの、私...私たちは……」


「なんだ...」


レオンは何かを悟ったような表情を浮かべる。しかし、ヒツヤは言葉が詰まった。

話し出す瞬間まで異変はなかった。しかし、伝える瞬間、どこからともなく迷いが生じる。


「いえ、なんでもありません。」


ヒツヤは、かつて自分は人間だったこと、そしてここにいる我々はみな人間では無いことを伝えることに底知れない恐怖を感じた。

ヒツヤは伝えるべきではないと判断したのだ。混乱を招いてしまうから。それもあるが、一番の理由は他にあった。


ヒツヤは俯いて歯を食いしばり、拳に力を込める。


「指揮官、お願いがあります」


空気が揺らいだ。

覚悟を決めて顔を上げる。


「私の名前はヒツヤではなく、シエルと呼んでくれませんか?」


レオンは少し驚いた素振りを見せる。


「構わないが、なぜだ?」


「なんででしょう。私にもハッキリとした答えは出ませんが、私がシエルを演じることで、彼女は今も生き続けていると錯覚できるからだと思います。」


その言葉は冷静でありつつ、どこか寂しさが漂っていた。


「そうか。わかった。どうか、彼らを生かし続けてくれ。」


シエルは部屋を後にする。


シエルは今回の騒動を受け、カゴエ地区からコガヤシ地区へ移動することになった。


自室に戻り、荷物をまとめる。

荷物と言っても、スーツとミラージュブレイド、そして少量の水玉だけ。

透明なケースに入れ、蓋がゆっくりと閉まる。

ケースは手のひらサイズに縮まった。

それをポケットにしまい、扉をゆっくり開けて部屋を出た。


隣に見えるのは、当然誰もいない部屋。少し覗いてみた。


整理整頓された机、シワひとつないベッド。シエルは部屋に入る勇気が出なかった。


エンテレキアを出る。

緊張がほぐれた如く、街中の音が耳の中に飛び込んでくる。

完全に陽は落ちていたが、視界の中で、昼間のように街の灯りが賑わっている。


あんな事件の後でも、街中はいつも通りで少し落ち着きを感じる。シエルは既にレオン指揮官から受け取っていた位置情報を脳内に映し出す。


「コガヤシ地区はこっちか」


改めてよく見る都市は本当に壮大で絶景なものだ。

建物のてっぺんが見えない。空中歩道が行き交い、本来の地面がどこにあるのか分からない。地面だと思っていた面の端に行けば、更なる下層が顔を見せる。


シエルは、近くの駅らしき場所に向かって歩いていく。

ホログラム看板の光が強まってくる頃、電車によく似た乗り物が目の前で停車する。浮環列車だ。

それは中が丸見えの全面透明な乗り物だった。扉、いや壁一面が上下に開く。


窓際の席に座り、肘をつく。

乗り物は颯爽と走り出し、空中へ飛んでいく。建物の合間を縫い、上空へ進む。

その景色は絶句するほどだった。全角度光が照らし返す。それは夜だということを忘れさせた。


シエルはその光景に見惚れ、心の喪失感はその時だけは緩和した。


短い30分が経過した。

ついにコガヤシ地区に到着した。カゴエ地区とあまり変わらない街並み。


降車すると、目の前にエンテレキアが見える。エンテレキアは駅近に建てられるのだろうか。


歩いてエンテレキアのドアをくぐる。意外と構造はカゴエ地区とは違っていた。


「遅いじゃない。待ちくたびれたわよ」


聞いたことのある声。

カナメが腰に手を当ててこちらを見ている。


「急に移動してくる人がいるってきいて待ってたら、あなたなのね。何かやらかしたの?」


いつも通りの調子で話している。事件のことは指揮官らしか知らない。当然カナメは事件を知らない。

しかし、当然カナメの表情は曇り始める。


「どういうことよ...なんで...入れ替わっているのよ」


シエルはゆっくり口を開く。


「リオとアークとシエルは死んだ。私は体が壊された。だからシエルの体を使わせてもらってる」


魂の抜けたような声で説明する。


「そう。死んだのね。状況はわかったわ。部屋に案内するわ」


カナメはすぐに話を進めだした。


「……」


シエルはあまり驚ろかなかった。しかし、心のどこかでは、少しは悲しんで欲しかったと思っていた。

シエルは胸の微かな痛みを抑え、何気ない表情を繕う。


「どうしたの?」


動かなくなったシエルを見つめている。


「ねえ、カナメ。死んだシエルとはどんな関係だったの?」


カナメは迷う素振りを見せる。


「ライバル、かな。オーセゴ地区のエンテレキア解散した時に離れ離れになったけど、それまではライバルとして見てたかな。それがどうかしたの?」


「仲、良かったんだね」


重かった両足がふと軽くなる。

シエルは笑顔でカナメに寄った。


「そうだよね。もう本当のシエルはいないと思っていたけど、ちゃんとあなたの心の中にいるんだなって。嬉しいよ」


その笑顔を見たカナメは少し目を見開いた。


「嬉しい……か。でもただの記憶だし...」


瞬間、シエルは遮るように話す。


「ただの記憶じゃない。"思い出"だよ。思い出はね、振り返るためにあるんだよ」


カナメはシエルを真っ直ぐと見つめた。その目には、笑わない、無機質なシエルが映っていた。







「今日のタスクはこれで終わり...」


フロントの椅子に座り、一息つく。


「こっちも終わったぞ。」


廊下の奥から声が聞こえる。


「はぁ、この量の点検作業は骨が折れる...ん、誰かいるのか?」


玄関の外から共鳴波を感じる。椅子から立ち上がり、外に出てみる。周りを見渡してみるが、誰もいない。


「気のせいか……」


街明かりが少なく、都市の中でも暗い空が目立っていた。


「おい、グーラ。明日の作業…」


タスクを終え、フロントに戻るが、そこには誰もいない。辺りを見渡し、外に出る。


(あいつはどこに行ったんだよ。全く)


姿は見当たらない。中に戻ろうと振り返る。


「え……」


最後に聞こえた音は自身の転倒音だった。

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