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蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】  作者: 枕崎 純之助


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第292話 『見えない影』

 新都に入り込んだ漆黒《しっこく》の兵士らを掃討したクローディアは、作戦本部に戻ってからも休む間なく軍議に参加していた。

 2時間ほど前にブリジットらに出迎えられた彼女は、漆黒《しっこく》の兵士らとの戦いの詳細を報告した。

 そしてブリジットからアメーリアの所在が不明になっていることと、ボルドの能力が効かなくなってしまっていることをクローディアは聞いたのだった。


「これだけ探しても見つからないのならば、もう西地区にはいないのかもしれないな」


 ブリジットの言葉にクローディアは頷《うなづ》く。

 アメーリアを見つけるべく西地区は見張りが増員されている。

 だがアメーリアを見たという目撃情報や、襲われたという被害報告は一切上がってきていない。

 アメーリアによる最後の被害報告は、西地区の物見櫓《ものみやぐら》の上にいた見張りの兵2名が殺されたということだった。

 そこから先の足取りは分かっていない。


「どこに身を潜めているのかしら」

「猟犬《りょうけん》を使って調べさせている。いずれ見つかるはずだ。だが時間がかかるかもしれん。クソッ。コソコソと憎らしい女だ。さっさと出て来てアタシらと勝負すればいいものを……」


 憤然《ふんぜん》とそう言うブリジットを見ながら、クローディアはアメーリアの動向を訝《いぶか》しむ。

 

「アメーリアの狙《ねら》いは何かしら? ワタシたちの暗殺?」

「可能性は大いにあるな。真っ向からやり合うより殺しやすいとでも思ったのかもしれん」


 暗殺となれば面と向かって突っ込んで来るはずもなく、矢による射殺、火による焼殺、毒物による毒殺などが主な手段だろう。

 今この瞬間にもアメーリアがどこからか弓矢で狙《ねら》っているかもしれない。

 ブリジットやクローディアと同等の腕力を持つ彼女の放つ矢であれば、常識では考えられない距離から狙《ねら》われる恐れがある。

 そしてそれが焙烙火矢《グレネード》のような矢であったり、毒矢であったりするかもしれない。


 さらにはここからは飲食の際にも毒を疑わねばならないだろう。

 どのような方法で毒を盛られるか分からないのだ。

 そうした疑心暗鬼の中で過ごし続けねばならないというのは、精神的な疲弊《ひへい》を避けられない。

 姿の見えなくなった黒き魔女の存在が今、統一ダニアを苦しめていた。

  

 ☆☆☆☆☆☆


 新都の西側にはまばらな林が広がっている。

 開戦2日目の昼下がり。 

 イーディスは今、その林の中の太い木の上で休息を取っていた。


 探索続きで心身が疲れているのと、夜まで身を隠すのにこの場所が一番都合がいいからだ。

 遠くからは合戦の声が聞こえてくる。

 戦いは続いているようだ。


「みんな元気ね。まあ張り切って殺し合えばいいわ」


 他人事のようにそう言うとイーディスは西の平原に目を凝《こ》らす。

 そこでは黒い集団がひと塊《かたまり》となってただ立ち尽くしていた。

 漆黒《しっこく》の鎧《よろい》で身を包んだ死兵たちだ。


 トバイアスの部隊にいた者たちであり、主が離脱するための時間稼(かせ)ぎの盾《たて》役として使われたのだ。

 だが敵であるブリジットらが撤退したため、戦う相手と主からの命令の両方を失った彼らは行くあてなく西へと進み続けていた。

 そして誰もいない平原を進むうちに足が止まり、全員が立ち尽くしている。


「木偶《でく》の坊さんたち、お薬が切れたのね」


 感情や思考といった人間性を失った死兵の原動力は堕獄《ゲヘナ》だ。

 史上最悪の麻薬と言われるその薬だけが彼らに活力を与える。

 もちろん体への栄養のために食物摂取は必要だが、それは単なる燃料に過ぎない。

 味覚も失われているため彼らは家畜の餌《えさ》のような食事を与えられ、それを無表情で貪《むさぼ》るばかりだ。


 だがそんな彼らが唯一喜びを見せるのが、堕獄《ゲヘナ》を与えられた時なのだ。

 その反動で一定時間が経過して薬の効果が切れると、まるで生気を失った人形のようにピクリとも動かなくなる。

 あのまま放っておけばいずれ餓死《がし》するまで、いつまでもあの場所に立ち尽くすばかりだろう。

 そして彼らを動かすための薬をイーディスは所有している。

 彼女が彼らの手綱《たづな》を握っているのだ。


「夜になったらお薬をあげるから、それまでそこで考え事でもしていてね。人生とは何か、とか」


 そう言うとイーディスはクスクスと笑い、ゆっくりと木の上で仮眠を取るのだった。


☆☆☆☆☆☆


「苦戦しているようだな。グラディス将軍」

「……トバイアス殿。ご無事で何より」


 新都東側の攻防を坂の下から見上げている南ダニア軍のグラディスの元をトバイアス率《ひき》いる騎兵部隊が訪れたのは、開戦して2日目の午後だった。

 グラディスはトバイアスに一礼し、戦況を伝える。

 その声は硬《かた》く、その表情には愛想の欠片《かけら》もない。


 グラディスにとって男など取るに足らない存在だった。

 そして個人的に彼女はこのトバイアスという男を嫌っていた。

 単純にいけ好かないというのもあるが、アメーリアのおかげで手柄を上げ、公国内での地位を着実に向上させているのに、それが全て自分の力だという顔をしているところが気に食わなかった。


(優男が。貴様が馬上で偉そうにしていられるのは、アメーリア様のおかげだと一瞬たりとも忘れるなよ)


 本当ならばこんな男に謙《へりくだ》りたくはない。

 それが見せかけだけだとしても。

 だが、アメーリアからトバイアスには最大限の敬意を持って接するように言われている。

 それゆえグラディスは気に食わないこの男に頭《こうべ》を垂《た》れるのだ。

 この上ない強さを誇るアメーリアのことは武人として尊敬しているが、このような男に熱を上げる点だけは理解できなかった。


「このくらいの抵抗は想定の内です。相手も同じ血を持つダニアの女ですから。そこらの男の兵を相手にするのとはワケが違います」


 グラディスの言葉には隠そうともしない棘《とげ》がある。

 だがトバイアスはそれを気にも留めず坂の上を見上げた。

 そこでは赤毛の女たちによる激しい攻防が繰り広げられている。


「攻め落とすのに何日くらいかかる見立てだ? 武人として君の意見を聞きたい」


 面白そうにそう尋《たず》ねるトバイアスに心の中で唾《つば》を吐きかけながら、グラディスは努めて淡々(たんたん)と答えた。


「おそらく3日あれば坂を上りきって、そこから2日で新都を制圧できるかと」

「合計で5日か。まさしく電光石火だな。期待しているぞ。将軍。俺に手伝えることはないか?」


 そう言うトバイアスの背後にはおよそ3500名あまりの騎馬兵たちが控えている。

 だが馬ではあのゴツゴツとした岩だらけの坂を上ることは難しい。


「いえ。騎兵部隊はあの岩山に上がってからが活躍の時です。トバイアス殿は南に回って下さい。我らがここを乗り越えて新都に入ったら、南門を制圧して内側から開放しますので、突入を」


 門の前の道は坂道ではあるが、都市構造的に馬が上れるように整備されている。

 グラディスの言葉にトバイアスは鷹揚《おうよう》な仕草で頷《うなづ》いた。


「我らが突入する頃には大勢が決しているだろうな。一番いいところを譲《ゆず》ってくれるとは、グラディス将軍は親切だ」


 トバイアスの言葉に吐き気を覚えながらグラディスは黙《だま》って首を横に振った。

 そんな彼女の気持ちを逆撫《さかな》でするようにトバイアスは目を細めて笑みを浮かべる。


「アメーリアが中にいる。ドローレスが共にいるし、イーディスが出入りしているから問題ないと思うが、出来るだけ早く加勢してやってくれ」


 そう言うとトバイアスは騎兵部隊を率《ひき》いて南へと回っていった。

 それを見送りながらグラディスは胸に溜《た》まった苛立《いらだ》ちを我慢《がまん》できずに吐き出す。


「これはダニアの女の戦いだ。男は黙《だま》って見ていろ」


 グラディスは気持ちを切り替え、西日に染まりつつある坂の途中で繰り広げられる赤毛の女たちの攻防を見上げるのだった。

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