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蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】  作者: 枕崎 純之助


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第291話 『坂の上の攻防』

(感覚が……戻らない)


 仮庁舎1階の避難室。

 朝を迎えても窓がないため、それと分からぬ部屋でボルドは一晩続く頭痛を堪《こら》えていた。

 昨夜、黒髪術者《ダークネス》としての能力を駆使してアメーリアの探索をしている最中に逆流してきた強烈な不快感によって、彼はひどい頭痛と全身の倦怠感《けんたいかん》に悩まされていた。

 そしてその状態にあるため一切の探索が出来ずにいる。


 それはアメーリアが仕掛けてきたことだとボルドには分かっていた。

 そのせいで今、黒き魔女がこの新都のどこにいるのかはまったくの不明だ。

 それを受けてブリジットはすぐに西地区の見張りを増員強化し、アメーリアを見つけ出そうとしたが、夜が明けた今も黒き魔女は見つかっていない。

 アメーリアがどこかに潜んでいるのだと思うと、ボルドは生きた心地がしなかった。


(早く……感覚を取り戻さないと)


 焦《あせ》りが募《つの》り、ボルドは胸が苦しくなる。

 誰よりも恐ろしい敵がすぐ近くにいるのに、その影も形も見えない今の状況が、彼には怖くてたまらなかった。


☆☆☆☆☆☆


 戦いが始まって数時間。

 南ダニア軍は新都へ続く坂をいまだ上りきれずにいた。

 前方から襲い来る敵の巨大矢によって自軍の兵士たちは次々と倒れ、戦力は削《けず》られていく。

 巨大矢を避けるべく地面に身を伏《ふ》せれば、今度は頭上に向けて撃ち出された巨大矢が降ってくるという有り様だ。


 坂の上には多くの南ダニアの女たちの死体が転がっているが、その中には地面に伏《ふ》せていたところを落下してきた巨大矢に背中から串刺しにされて死んだ者の姿もあった。

 そしてそうした巨大矢の脅威《きょうい》をくぐり抜けて勇猛に坂の上近くまで突進した兵士たちも、そこで統一ダニアの弓兵部隊が浴びせかける矢の雨によって体中に穴《あな》を開けられて死んでいく。

 思いのほか固い統一ダニア軍の守りを前に、数で勝る南ダニア軍は攻めあぐねていた。

 

「フンッ。このくらいは想定のうちだ」


 そう言うグラディスだが、味方の被害報告には当然、面白くない思いを抱いていた。

 1万6千人いた兵のうち、すでに500名以上がこの午前中の攻防で戦死している。

 このまま戦い続ければ、夜には死者が千人を超えるだろう。

 だがグラディスは決して兵たちを引かせなかった。


 戦は重圧の掛け合いだ。

 無数に押し寄せる敵兵を前にすれば誰だって苦しい。

 そして……。


「あの馬鹿馬鹿しい巨大な矢が尽きる時は必ず来る」

 

 敵兵力の規模を考えても、この攻撃を三日三晩続けられるほどの量の矢を所有しているとは思えなかった。

 必ず潮目が変わる時が来る。

 仮にあの巨大矢でこちらの兵力が5千人ほど削《けず》られたとしても、まだ有利だとグラディスは考えていた。

 だからと言ってこのまま悪戯《いたずら》に自軍の被害を増やすつもりはない。


 この戦いに勝利すれば、南ダニア軍は新都を征服し統治することになる。

 グラディスはその総責任者に就《つ》くよう、アメーリアから言い渡されていた。

 それゆえ出来る限り余力を残して勝利し、兵力を保っておきたい。

 攻める立場から今度は守る立場に変わるためだ。


(まあ、全ては勝利してからだがな)


 グラディスは大きく息を吸い込むと自軍に向けて声を張り上げた。 


「長槍の陣だ!」

 

 響き渡るその声を聞いた黒刃《エッジ》らが同じ言葉を次々と叫び、グラディスの命令が軍の隅々(すみずみ)まで行き渡っていく。

 その声に従って彼女たちは陣形を変えた。

 縦一列に細長い陣形を作って坂を駆け上がる。

 これによって軍勢が放射状に広がるよりも、敵は狙《ねら》いをより正確にしなければならなくなった。

 撃ち出された巨大矢の中には、1人の敵を捉《とら》えることも出来ずに、虚《むな》しく宙を舞い地面に突き立つものもある。


「うおおおっ!」

「進め進め進めぇ!」

「止まるな! 矢が頭に刺さろうが、敵に一太刀《ひとたち》浴びせてやれぇ!」


 南ダニア軍は猛然と気勢を上げて坂を駆け上る。

 味方が巨大矢によって何人倒れようとも、その勢いは止まることはない。

 そして新都の防壁まで残り100メートルと迫ったところで再び、横一列に展開する統一ダニアの弓兵部隊から大量の矢を浴びせかけられた。

 鎧《よろい》や兜《かぶと》の隙間《すきま》から矢を受けて次々と倒れて行く仲間たちを尻目《しりめ》に、それでも数十人の南ダニア軍兵士らが懸命に大盾《おおたて》で矢を打ち払い、ついに統一ダニアの弓兵部隊に襲いかかった。


 ☆☆☆☆☆☆


「ちくしょう! 巨大弓砲《バリスタ》は死守しろ!」


 ナタリーは声を張り上げた。

 巨大矢と弓兵部隊が放つ無数の矢を切り抜けて坂の下から猛然と突撃してきた南ダニアの兵士らは第一波が数十人。

 彼女らは武器を振り上げて統一ダニアの弓兵部隊に襲いかかる。

 死をも恐れぬ敵兵の特攻にナタリアは唇《くちびる》を噛《か》んだ。


「くっ!」


 敵は弓兵部隊のすぐ後ろにある巨大弓砲《バリスタ》の破壊を狙《ねら》っていた。

 巨大弓砲《バリスタ》を一台でも二台でも壊しさえすれば、南ダニア軍にかかる重圧は激減し、攻めやすさは格段に上がる。

 そうなれば今の戦力バランスは大きく崩《くず》れ、戦況は劇的に南ダニア軍の優位になるだろう。

 だが……。


「もらったぁ!」


 南ダニア兵が鬼の形相《ぎょうそう》で弓兵たちを蹴散《けち》らして斧《おの》や槍で巨大弓砲《バリスタ》を狙《ねら》ったその時、高速で突き出される槍が彼女たちの首を次々と貫いた。 

 そして横一線に振られる斧《おの》は一度に3人の敵兵の首を刎《は》ね飛ばす。

 巨大弓砲《バリスタ》を狙《ねら》った10人近い敵兵は、ものの数秒で全員が死体に変わった。

 その嵐《あらし》のような攻撃を目の当たりにしたナタリーとナタリアは歓喜の声を上げる。


「ベラ先輩!」

「ソニア先輩!」

 

 双子の姉妹が目を向ける先には、槍を構えたベラと斧《おの》を肩に担いだソニアの姿があった。

 ベラとソニアは鋭い眼光を浮かべて後輩たちを見やる。


「落ち着け。このためにアタシらがいるんだろうが」

「……巨大弓砲《バリスタ》は新都防衛の要だ。絶対に破壊させない」


 2人が率《ひき》いる近接戦の防衛部隊が弓兵たちを守る様に前に出た。

 巨大矢や弓兵たちの放つ矢の雨をくぐり抜けてくる南ダニアの者たちだが、彼女たちはことごとくベラやソニアの部隊に弾き返されて巨大弓砲《バリスタ》に近付くことも出来ない。

 それでも果敢に向かってくる敵の中で部隊の長《おさ》と思《おぼ》しき、黒い腕章をつけた女は鋭い槍さばきで数名の統一ダニア兵を打ち倒し、巨大弓砲《バリスタ》へと一直線に向かった。


「ふざけた玩具《おもちゃ》をブチ壊してやる!」


 だがその前に立ちはだかるのはベラだ。


「どけっ!」


 黒い腕章の女は鋭く槍をベラの首に突き出した。

 ベラは同じく槍を相手の首に向けて鋭く突き出す。

 槍の穂先がわずかに交差して火花が散った一瞬後、ベラの槍は相手の女の眉間《みけん》を貫き、そのまま首を討ち取った。


「ケッ! こんなもんかよ」


 ベラは相手の槍にわずかに頬《ほほ》を切り裂かれながらも、瞬《まばた》き一つせずに前方を睨《にら》み据《す》える。

 後方から続く3名の敵兵らは思わず立ち止まった。

 おそらく腕自慢だった部隊長が一瞬で殺されたことに、敵兵らはたじろいだのだ。

 そんな彼女らを見据《みす》えてベラは言う。


「おい。てめえらじゃ相手にならねえんだよ。大将を連れてこい。グラディスの奴をな」

「く……調子に乗るなよ!」


 そう言ってベラに襲いかかる3名の敵兵らだが、真横から突風のように突っ込んで来たソニアが斧《おの》を一閃させた。


「フンッ!」


 3つの首が宙を舞い、頭を失った3つの体が地面に崩《くず》れ落ちる。

 ソニアは獰猛《どうもう》な顔で斧《おの》の刃に付着した哀れな敵の血を振り払うと、唸《うな》るように言った。


「足りねえ……こんなもんじゃ足りねえぞ。あの女をブチ殺す!」


 いきり立つ相棒の様子を見て満足げにベラは笑った。


「ああ。準備運動代わりに南から来た田舎《いなか》者どもを相手にして待つとしようぜ。大将のお出ましをな」

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