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第290話 『早朝の新都』

 朝の光が差し込む中、新都の街中を走る街道が黒く染まっている。

 それは地面に倒れたまま動かない、漆黒しっこくよろいを身に着けた兵士たちのむくろだった。

 夜通し街の中で暴れていた彼らだったが、今はもう立っている者も動いている者もいない。

 対照的に赤毛の女戦士たちは仁王立ちで両手を天に突き上げながら雄たけびを上げていた。


 皆、一様に汗と血にまみれ、その体から蒸気を発している。

 一晩に渡って繰り広げられた赤毛の戦士たちと漆黒しっこくの兵士たちとの戦いが終わった。

 今、大地の上に立って勝鬨かちどきの声を上げているのは銀髪の女王(ひき)いる統一ダニア軍だ。

 1500人ほどいた漆黒しっこくの兵士たちは全滅した。


 もちろん統一ダニアにも被害が出ている。

 合計で2000人以上いた戦士たちの1割である200人近くは戦死者が出た。

 それでも敵兵を蹴散けちらし、街を守ったことには大きな意味がある。

 皆が疲れた表情を見せる中、1人毅然(きぜん)と背すじを伸ばして屋根の上に立つのは、部隊を指揮しきして勝利に導いたクローディアだ。


「皆よく戦ってくれたわ! ダニアの誇りを確かに示したわね!」


 そう言って剣を天にかかげるクローディアの姿に、女戦士たちは大きな声を上げて答える。

 彼女たちのほとんどはブリジットの部下である本家の者たちだ。

 だがクローディアの強さと女王としての振る舞いを見た女たちは皆、ブリジットに向けるのと同様の尊敬の眼差まなざしをクローディアに向け、拍手喝采はくしゅかっさいを送っている。


 そんな従姉妹いとこの姿をまぶしそうに見つめるのは、同じく銀髪を振り乱して戦ったブライズだ。

 彼女もどれだけ打ち倒したか分からないほど、数多くの敵をほうむり去った。

 その両手に握られた2本の鉄棍てっこんはどちらも折れてしまっている。

 勇戦のあかしだった。


「ひとまずこの危機を乗り越えたな」


 そう声をかけるブライズにクローディアはうなづきつつも、油断のない表情で言った。


「でも本番はこれからよ。とにかくここにいる兵たちに食事と休息を取らせてちょうだい。ケガ人は治療して。それからあなたもしっかり食べて眠るのよ。ブライズ」

「分かってる。で、そっちはこれからどうするんだ?」

「ベリンダの様子も見たいし、一度作戦本部に戻るわ。黒い兵士は倒したけれど、黒き魔女はまだこの街のどこかに潜んでいるから。何としても見つけ出して倒さないと」


 そう言うとクローディアは後のことをブライズに任せ、馬に飛び乗って作戦本部へと戻るのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「派手に始まったな。昨日の戦いは音だけしか聞こえなかったが、今回はバッチリこの目で見える。特等席じゃないか」


 そう言うとイライアスは茂みで隠した天幕の隙間すきまから前方をのぞき見る。

 共和国大統領の息子である彼は祖国の使者としてこの新都の近くにある丘に潜み、新都をめぐる戦いを見届けようとしていた。

 彼の両隣りょうどなりに控える双子姉妹の従者であるエミリーとエミリアは、怪訝けげんな表情を浮かべながらつぶやきをらす。


「昨日の音なんて聞こえませんでしたけれど」

「というか、ここからじゃ私達には見えませんよ」


 いつものようにまゆひとつ動かさず冷たい表情でそう言う双子たちの言葉を気にするでもなく、イライアスはおよそ1キロメートル先で繰り広げられる赤毛の女たちの戦いに見入っていた。

 彼には常人には見えないような遠くの景色が見えたり、遠くの音が聞こえたりする。

 子供の頃から持っていたそうした能力を訓練によって伸ばしてきた結果だ。

 イライアスはそれが自分の黒髪から由来するものであることも知っている。


「しかしあの兵器はなかなかすごいな」


 イライアスは新都を守る統一ダニア軍が並べる巨大な石弓から射出される巨大な矢の威力いりょくに目を見張る。

 巨大弓砲バリスタ自体は共和国にもあるが、あれほど上手く運用しているのは見たことがない。

 その威力いりょくもさることながら、発射から次弾を装填そうてんして射出するまでの工程が短く早い。

 そして発射台も矢の射角を自在に動かせる柔軟性を見せている。


 かなり優秀な設計士がいるのだと思った。

 そしてそれを運用する兵たちもよく訓練されていて、巨大弓砲バリスタをより強力な兵器へと昇華させていた。

 さらにイライアスの目は、並べられた巨大弓砲バリスタの後ろに積まれた無数の巨大矢に向けられている。

 ハッキリとした数は分からないが、数千本はあるだろう。


「あれだけの物量。材質までは分からないけれど、仮に全て鉄(ごしら)えだとしたら大したものだ。もしかしてあの岩山からは相当な量の鉄鉱石が取れるんじゃないか? それに製鉄技術もしっかりしている」


 そう言うとイライアスは両目を大きく見開いた。

 防壁のない区間を見ただけでは、新都の中の様子まではハッキリと分からないが、もしかしたら大規模な製鉄施設があって大々的に稼働しているのかもしれない。

 そう考えたイライアスは嬉しそうに顔をかがやかせる。


「物資の調達方法はまだハッキリとは分からないが、なかなか産業能力がありそうじゃないか。世間じゃ蛮族ばんぞくなんて言われているが、そう馬鹿にしたものじゃないぞ。統一ダニアは」


 彼のその顔を見た双子姉妹は顔を見合わせる。

 2人は主の好奇心という名の悪癖あくへきをよく知っていた。


「どうか必要以上に肩入れしないで下さいね。イライアス様」

「どうぞ公正な目で御判断して下さいね。イライアス様」


 イライアスは統一ダニアと取引をしたがっている。

 新興勢力には大きな可能性があるからだ。

 それゆえイライアスが胸の内で統一ダニアの勝利を願い、未来への可能性を感じさせてほしいと考えていることは双子には手に取るように分かった。

 だが、それをいましめるのが彼女たちの役目だ。


 共和国はこの戦に介入してはならない。

 新都を攻めているのは公国のトバイアスひきいる軍勢であり、これは公国の戦ということになる。

 そこに共和国・大統領の息子が手を出すということは、共和国が公国の戦の邪魔をすることになり、国家間の問題となってしまうのだ。

 エミリーとエミリアはイライアスの父である大統領から、息子の勇み足を事前に止めるよう厳しく言い渡されている。


「統一ダニアが勝利する可能性は不透明です。あれだけの数的不利ですから」

「イライアス様はただ冷静にこの戦の行く末をお見守り下さい」


 冷然とそう言う双子にイライアスはため息をついた。


「はぁ。分かってるさ。大統領のお坊ちゃんが勇み足でロクでもない取引相手をつかまされた、なんて言われるのは俺も本意じゃない」


 そうは言いつつもイライアスは直感のようなものを感じていた。

 あの統一ダニアには面白い取引相手となる要素が十分にある。

 しかし彼女たちが戦に勝てるかどうかはイライアスにもまったく読めなかった。

 ゆえにそればかりは彼も神にいのるほかない。

 いや、彼はまだ見ぬ女王たちにいのった。


(頼むぞ。金と銀の女王たち。この運命を切り開いて見せてくれ)


 そう願うイライアスの視線の先では、早朝から始まった戦が昼になっても激しく続いていた。

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