第280話 『降り注ぐ災い』
自分が使っていた天幕が大きな爆発と共に吹き飛ぶのを見たベリンダは、大仰に肩をすくめて見せる。
「あのベッド。結構気に入っていたのに残念だわ」
ベリンダは自分自身が使っていた天幕に黒き魔女アメーリアが入っていったとの目撃情報を部下から聞き、これは千載一遇の好機だと即座に動いたのだ。
アメーリアが城壁を乗り越えて新都に侵入してきたとの一報を受けていたベリンダは、いかに戦闘を回避してアメーリアをクローディアのいる場所へと誘導するかを考えていた。
悔しいことだが自分ではアメーリアに勝てないことは分かっていたし、クローディアからもアメーリアと戦わないようにと言われていた。
だがベリンダには他の誰にも無い知識がある。
直接、アメーリアと対峙せずとも相手を殺せる方法を以前から考えていた。
そしてアメーリアが自分の天幕に入ったことを聞くと、即座に弓の得意な兵士を十数人招集し、天幕を狙わせたのだ。
(実験用の小麦粉が役に立ったわね)
ベリンダの天幕には実験に使う小麦粉が大袋でいくつも置かれていた。
そして弓兵らは小麦粉の小袋を結い付けた矢を無数に撃ち込んだのだ。
それらの小麦粉の小袋は衝撃で破れて中身が舞い散った。
そこにさらに火矢を射かけさせ、舞い散っていた小麦粉に引火して小規模な爆発が起きた。
それが天幕に置かれた小麦粉の大袋を破って粉塵をまき散らし、そこに引火して大規模な粉塵爆発を巻き起こしたのだ。
「いくら黒き魔女だって、肉体が鋼鉄で出来ているわけではないわ。爆発に巻き込まれれば死ぬ。それが道理よ」
ベリンダはそう言って燃え盛る天幕の残骸を見ながらニヤリと笑った。
だがすぐにその笑顔が凍り付く。
目の前からものすごい勢いで矢が飛んできたのだ。
「くっ!」
ベリンダはそれをギリギリのところで避けた。
矢は後方に繋がれている馬の首に突き刺さり、嘶きを上げてひっくり返った馬は、口から泡を吹いて体を痙攣させている。
それはクローディアに匹敵するほどの矢の速さだった。
そんなことが出来る人間は何人もいない。
驚愕の表情でベリンダは燃えている天幕の残骸を見据えた。
「そんな……本当に体が鋼鉄で出来ているとでも言うの?」
燃え盛る炎の中で何かが大きく音を立てて倒れた。
それは自分が毎晩寝ていた大きなベッドだとベリンダは悟る。
崩れ落ちたそのベッドの後方からは黒衣を纏った人物が現れた。
アメーリアだ。
左手に弓を持った彼女は自分の黒衣で顔を守るようにして立ち、さらにはその黒衣の中からも1人、赤毛の女が現れた。
煤で頬を汚したその女は四つん這いで立ち、部下からの報告にあった獣のような女だとすぐに分かる。
ベリンダは即座に部下たちに命じた。
「全員撤退! 西3番通りを通って作戦本部に向かいなさい!」
そう言うとベリンダは部下たちを次々と撤退させ、自分は殿を務めるべく得意武器である鞭を手にジリジリと後退する。
「情けないけれど時間稼ぎくらいならワタシにも出来ましてよ」
そう言うベリンダに向けてアメーリアが矢を放つ。
その矢は100メートルほどの距離を一瞬で飛び、ベリンダの左腕を掠めた。
「うぐっ!」
避け切れなかった。
掠めただけで肉が抉られ、鮮血が噴き出す。
腕は赤い血に染まり、激痛でベリンダの顔は苦痛に染まった。
それを見た部下の一人が慌てて馬で引き返してくる。
「ベリンダ様!」
「来てはダメ!」
ベリンダはそう叫ぶが時すでに遅く、飛んできた矢によって部下は頭を貫かれて落馬した。
即死だった。
「くっ!」
ベリンダは鞭を手にしたまま、死んだ部下の乗っていた馬に通常とは反対に後方を向いて飛び乗った。
そして傷付いて血で染まった片手で手綱を握って馬を走らせる。
もう片方の手はしっかりと鞭を握り、後方を見据えた。
アメーリアは続けて矢を放ってくるが、距離が開いたことでベリンダは何とかそれを鞭で叩き落とす。
ベリンダが3本目の矢を懸命に叩き落としたところで、距離が相当に開き、アメーリアはそれ以上、矢を放ってこなかった。
☆☆☆☆☆☆
「ふぅ。ひどいわね。休憩中に火矢を射かけてくるなんて。ベリンダだったわね。あの女には以前も炎を噴きかけられたのよね。近いうちに手ひどく痛めつけて殺してあげないと」
アメーリアはそう言うと横で咳き込むドローレスを抱え上げて、その場から退避していく。
火矢が射かけられた瞬間、アメーリアは即座にベッドを倒して押し上げ、爆風に対する盾としたのだ。
なぜなら彼女は天幕に入ってすぐ、入口付近に置かれていた袋を発見していたからだ。
もちろん中身も検め、それが小麦粉であることも突き止めていた。
さらには小麦粉の入った小袋が矢によって打ち込まれ、白い粉が舞い散った瞬間に敵の意図を見抜き、アメーリアは先述の方法でベッドの陰に隠れたのだった。
「誰の天幕だか知らないけれど、良質のベッドを使っていてくれて助かったわ」
ベッドが頑丈で分厚かったため、爆風の直壁を免れたのだ。
そうでなければいかにアメーリアと言えど死んでいただろう。
さらに幸運なことにベッドの裏側には防犯用と思しき弓と矢が備え付けられていたため、それを用いてベリンダたちを撃退したのだ。
炎に包まれた天幕から数百メートル離れた場所に納屋があり、そこで水樽を見つけるとアメーリアは拳でその蓋を叩き割った。
そして中の水を手ですくい、熱く火照った顔を洗う。
冷たい水で一息つくと、アメーリアは先ほどまで自分たちがいた天幕の方角を見据えた。
「ベリンダは早めに殺しておいたほうがいいわね。女王たちとは別の意味で厄介だわ」
その時、ふと何かを感じたアメーリアは北の空を見上げた。
そしてその顔に笑みを浮かべる。
それはいつもの邪悪な笑みではなく、少女のように可憐なそれだった。
そんなアメーリアの見つめる先の北の空からは、いくつもの白い球状の物体がこの新都に向けて降ってくる。
それらは次々と街中の地面や天幕の上にぶつかって跳ね転がった。
そして止まった綿毛の塊の中から、漆黒の鎧を身に着けた兵士たちが姿を現した。
死兵たちだ。
白い綿毛を引き裂いて黒い兵士が現れるその様は、まるで卵から悪魔が生まれ出てくるかのようだった。
トバイアス率いる軍勢が新型投石機で撃ち出し、城壁を越えてこの新都内に送り込んできたとのだと分かり、アメーリアは歓喜する。
「トバイアス様……早々に援軍を送って下さったのですね。嬉しい」
迅速なトバイアスの行動にアメーリアは喜び震える。
彼女を孤立無援にさせないという、愛する男からのメッセージのように思えたからだ。
そこに彼の愛を感じ取り、アメーリアは体の奥底から力がみなぎってくるのを感じた。
その隣では頬を煤で黒く汚したドローレスが対照的に元気のない顔を見せている。
アメーリアは黒衣の懐から取り出した手拭いを水に濡らして、彼女の頬を拭ってやると上機嫌で言った。
「オナカすいたのね。ドローレス。しばらくは死兵たちが暴れてくれるから、ワタクシたちはお昼ご飯でも食べましょうか」
そう言うとアメーリアはドローレスを連れてその場を離れていく。
そんな彼女たちの後方では次々と白い綿玉が降ってきて、新都の中に黒々とした死兵たちを生み出していった。
それはまさしく降り注ぐ災いそのものだった。




