第279話 『不吉な爆音』
仮庁舎1階の避難室で待機するボルドは、先ほどから感じている悪寒が一気に強くなったことにその顔を引きつらせた。
小姓らが心配そうに見つめる中、ボルドは苦い顔で立ち上がると重苦しい足取りで西側の方角の壁に歩み寄る。
そしてその壁に両手をついて声を絞り出した。
「……は、入って来ました。アメーリアがこの街に」
そう言いながらボルドは自分の声が震えていることに気付いた。
震えているのは声だけじゃない。
体全体が震えている。
自分たちの街に恐ろしい災いをもたらす人物が侵入した。
そのことが怖くてたまらなかった。
ボルドは自らを落ち着かせるように大きく息を吐くと、部屋の壁に貼られた地図を見つめた。
それはこの新都の地図だ。
ボルドはその地図に指を這わせる。
アメーリアの放つ禍々しい気配がどの方角から自分の頭に伝わって来るのか、ボルドには手に取る様に分かった。
それは黒髪術者としての彼の能力だ。
明確な距離までは分からないが、そう遠くない場所に黒き魔女がいる。
「……この方角です。作戦本部に伝えて下さい」
ボルドの言葉を聞いた小姓は即座に部屋の外の衛兵たちに用件を伝え、彼女らが開けた扉から部屋を出ると急いで走って行った。
だが彼はボルドからの伝言を作戦本部に届けることに夢中で気付いていなかったのだ。
仮庁舎の廊下の角から出て来て、自分の後方を音もなく影のように追ってくる赤毛の女の姿に。
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「西のこの方角にアメーリアがいるとボルド様が申しております」
仮庁舎前の作戦本部では机の上に広げられた新都の地図の周りに人が集まっている。
その地図に指を這わせながらの小姓の説明にクローディア、オーレリアとウィレミナは地図を食い入るように見つめた。
オーレリアが深刻な表情で西地区の辺りを指差す。
「……この辺りは天幕が集中的に集まっている場所で、ベリンダ様の天幕もあります。おそらくアメーリアはここに身を潜めているでしょう」
「監視を強化して情報を出来るだけ早く特定して。西地区なら馬を走らせればここから10分以内に到着できるわ」
クローディアはそう言った。
確実にアメーリアの居所を掴んで自分が叩く。
現状ではそれ以外に対処のしようがない。
ブリジットがいてくれればここを任せて自分がアメーリアの捜索に出ることも出来たが、今のところそれは不可能だ。
だがアメーリアの居場所を確実に把握できたのならば、自分が出向いて直接叩くことが出来る。
しかし、そうしたクローディアの言葉にウィレミナは自分の胸に手を当てながら申し出た。
「クローディア。不敬を承知で発言することをお許し下さい」
「いいわよ。ウィレミナ」
鷹揚に頷くクローディアにウィレミナは深々と頭を下げてから己の考えを告げた。
「ブリジットが不在の今、クローディアはアメーリアに対する最後の切り札となります。ですが、だからこそ1対1で確実にアメーリアを仕留められる公算が無い限り、クローディア御自らが動かれるべきではありません」
「言葉が過ぎるぞ。ウィレミナ」
脇から厳しい口調でそう言うオーレリアだが、彼女自身もウィレミナの考えは理解できた。
クローディアが出れば確実にアメーリアを討ち取れるとは限らない。
逆に1対1でクローディアが負けて殺されてしまう恐れもあるのだ。
もちろんクローディアには必ずアメーリアを倒すという強い決意がある。
だが、そうした決意と現実の結果が常に一致するとは限らない。
そのことを理解するクローディアは、ウィレミナを叱るオーレリアを手で制して言った。
「いいのよ。オーレリア。ウィレミナの言うことは正しいわ。よく臆することなく進言してくれたわね。ウィレミナ。そういう真の忠義が一族を救うのだと覚えていて。大事なことだから」
真に一族のことを思うのであれば、不敬を咎められることを恐れず、目上の者にも言うべきことを言わねばならない時がある。
女王の顔色を窺うだけの偽りの忠臣では、一族を救うことは出来ない。
だからこそウィレミナの芯の強さがクローディアには頼もしく感じられた。
「分かったわ。ブリジットが戻るまでワタシはここで待機する。そして彼女が戻ったらここを任せて、ワタシはアメーリアの捜索に出るわ。そしてアメーリアを叩く時は皆と協力して確実に仕留められる可能性の高い方法を選択する」
クローディアの言葉にオーレリアとウィレミナは頷いた。
2人とも少しだけ安堵の表情を浮かべている。
その時だった。
どこかでボンッという爆発音が響き渡ったのだ。
その不吉な音と衝撃に今度はオーレリアとウィレミナのみならず、クローディアまでが顔を強張らせるのだった。
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「ボルド……ボルドって言ったわね」
小姓がクローディアにそう報告する様子を離れた場所から見ていたイーディスは、声までは聞き取れなかったが彼の唇の動きを読んだ。
仮庁舎の中に潜んでいたイーディスは、例の見張りのいる部屋から1人の小姓が慌てて飛び出していくのを見て、その後を追ったのだ。
そして仮庁舎の外に出ると、抱えていた水樽を別の場所に運ぶフリをしながら作戦本部を静かに観察していた。
「ふ~ん。いいこと知っちゃった」
小姓はあの部屋から出てクローディアのいる作戦本部に何かを報告しに行ったのだ。
その内容を知ったイーディスは内心でほくそ笑んだ。
アメーリアが壁を乗り越えて新都に侵入してきた。
まさかそんな無茶をするとはイーディスも思わなかったが、あの黒き魔女ならばそのくらいの芸当はやってのけるだろうと思った。
それよりイーディスはあの仮庁舎1階の部屋にいると判明した人物の名を胸の内で反芻する。
(ボルド……ブリジットの情夫だわ。彼がアメーリア様の侵入を察知した……ということはボルドも黒髪術者ということね。なるほど。だから地下に潜らずにあんな場所に避難しているわけか。色々と合点がいったわ)
イーディスにとってそれは非常に面白い事態だった。
出来ればすぐにでもあの部屋に押しかけ、扉を守る衛兵たちを殺してボルドの身柄を手に入れたい。
彼はいくらでも利用価値のある人質になるだろう。
しかしイーディスは逸る気持ちを抑え込んだ。
仮庁舎の目の前に設けられた作戦本部にはクローディアがいる。
かつて分家に潜入していた頃にその女王の姿を幾度か見たことがあるので間違いない。
彼女は自分では絶対に勝てない相手だ。
クローディアがこの場にいる限り、下手に動くべきではないとイーディスは思った。
(チャンスを待つしかない。おそらくクローディアがこの場を離れるタイミングがあるはずだわ。その前にこのおじいさんを隠さないとね)
イーディスはダンカンの亡骸を押し込んだ水樽を、どこか目立たない場所で処分すべく、静かにその場から去っていった。




