第270話 『激突寸前!』
夜が明けてから4時間が経過した。
統一ダニアの新都をグルリと囲む城壁の上に作られた見張り台から、遠くに目を凝らしていた見張りの女兵士が息を飲む。
見張りには特別に視力の良い者たちが選ばれるが、そんな彼女の目はハッキリと捉えていた。
南の地平線から近付いてくる黒だかりを。
そして彼女は見張り台に備え付けられた警鐘に金槌を力いっぱい打ち付けた。
けたたましい鐘の音が鳴り響く中、兵士の金切り声が響き渡る。
「敵襲ぅぅぅぅぅ!」
その声に反応した他の見張り台からも同じように警鐘を打ち鳴らす音と叫び声がこだまし、新都は大きな緊張感に包まれるのだった。
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「あれが新都か。統一ダニアなどと嘯きおって、図々しい連中だ」
遠くに見えてきた岩山の上に城壁が建設されていた。
それを見ながらグラディスは忌々しげにそう吐き捨てる。
部下たちにも敵陣が見え始めたようで皆、戦意を昂らせている気配がヒシヒシと伝わってきた。
その時、部下である黒刃の1人がスッと近づいてくる。
「将軍。ご報告が」
「何だ?」
「昨夜、行方が分からなくなっていた第16連隊の黒刃が、水場で死んでいました。首を斬り裂かれて殺されたようです。同じく行方不明になっているデイジーは見つかっていません。ですが現場に複数の足跡が残されていたことから、外部の者らと共謀して逃げたものと推測されます」
その報告にグラディスは心底つまらないというように、その目に侮蔑の色を浮かべた。
「フンッ。捨て置け。逃げ出して寄る辺もない裏切者など惨めなものだ。次に見つけることがあれば問答無用で斬り捨てろ」
グラディスはそう言うと、部下たちの高まる士気をさらに鼓舞するように、剣を掲げて轟然と声を上げた。
「あのハリボテの都を落とすぞ! 統一ダニアなどと世迷い言を抜かす愚かな金と銀の女王たちに、真のダニアはこちらだと思い知らせてやれ!」
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警鐘と敵襲を告げる声が響き渡る。
その喧騒を2人の女王は仮庁舎の中で聞いていた。
2人とも防具を装着し、武器を携え戦支度を済ませている。
「来たか」
「ええ。いよいよね」
ブリジットとクローディアの周囲にはオーレリアやウィレミナなど紅刃血盟会の面々が集合している。
全員が戦支度を整えており、いつでも戦う準備は万端だった。
新都の周囲をグルリと守る高い城壁の上に設けられた通路には、隙間なく弓兵たちが配置されている。
この新都は元々が高い岩山の上に作られており、さらにそこに城壁を作ったため、外からそこを乗り越えて侵入してくるのはほぼ不可能だった。
そしてその高さゆえに地上から投石機を用いても城壁まで到達させるのも容易ではない。
守る上ではこの上なく有利な地形だった。
「だが敵はあの黒き魔女アメーリアだ。どのような方法で壁を超えてくるか分からん。この壁は超えられないはずだという先入観は捨てろ。命取りになる。それを全ての兵に徹底させろ」
「はいっ!」
ブリジットの言葉に紅刃血盟会の全員が声をそろえる。
皆、この日に備えて入念に準備を続けてきた。
全員がこの新都を外敵から守るために寝食を惜しんで働き続けてきたのだ。
それぞれの思いを胸に全員が各方面で指揮を振るうべく散っていく。
敵の数は多く、どこから攻め入ってくるか分からない。
各人が手分けをして自分の担当地区を守ることになる。
一方、軍本部の指揮の中枢を担うことになるオーレリアとウィレミナは、この仮庁舎前の広場に設営された軍本部の天幕へと降りて行った。
部屋に最後に残ったのは女王2人だ。
クローディアはこの新都を1から立ち上げた発起人として、自らの命を賭してこの都と民を守らなければならないという思いを噛みしめるように拳を握りしめた。
そんな彼女の肩にブリジットは手を置く。
「気負い過ぎるな。この戦いはおそらく数日では終わらん。初めから飛ばし過ぎるとヘバッてしまうぞ」
そう言うブリジットにクローディアは頷いた。
この金髪の女王とは色々あったが、こうして強大な敵を前にすると、彼女が共にいてくれることが何よりも心強い。
「ええ。そうね。下手をすると一週間以上、続くかもしれないわね」
統一ダニア軍は新都を防衛する立場だが、守ってばかりでは敵兵を効果的に減らすことは出来ない。
備蓄されている武器、食料や医薬品は無限ではないのだ。
時間が経過するほどに籠城する立場のこちらは不利になる。
守るばかりではなくこちらから打って出て、敵を蹴散らさなければならない。
そのため女王が2人いるのは好都合だった。
どちらか1人が新都防衛に当たり、もう1人が壁の外で敵を討つ遊撃部隊となる。
そして途中でその役目を交代することで、1人に負担が集中するのを避けることが出来るのだ。
「まずアタシが外で暴れる。敵を青ざめさせてやれると思うと楽しみで仕方ない」
「そうね。存分に見せてあげて。あなたの力を」
そう言うとクローディアは手を差し出した。
ブリジットは少し虚を突かれたような顔を見せたが、すぐにその手を取って握手を交わす。
「絶対に勝つわよ。ダニアの未来のために」
「ああ。アタシたちで未来を作っていくんだ。頼りにしてるぞ。相棒」
ブリジットとクローディアは結束を強めるように、互いに握る手に力を込めるのだった。
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軍の総本部として仮庁舎前の広場に設営された天幕の下で、オーレリアとウィレミナは戦闘開始前の最終確認を行っていた。
2人は入念に各部隊の配置を検めていく。
中でも最も厚い布陣を敷かなければならない城壁未完成地区は不安の種だ。
だがウィレミナは静かな戦意の炎をその目に宿して言う。
「敵はそこに多くの戦力を投入してくるでしょう。ですが、それは敵戦力を削るチャンスでもあります。地形を活かして効果的に攻撃を加えれば、敵に大きな打撃を与えることが出来ます」
ウィレミナの言葉にオーレリアは頷く。
彼女を補佐として傍に置くようになってオーレリアは度々感じることがある。
ウィレミナは常に冷静に見えるが、その心の中にはダニアの女らしい強気の炎が宿っている。
(おそらく以前は心の奥底に眠っていた気質だろう。ユーフェミア殿の死がそれを揺り起したのかもしれんな)
そう思うオーレリアは今後のウィレミナの教育方針を固めていた。
胸の中に炎を宿すのは良い。
ダニアの女は強い心が無ければ他者を引っ張っていくことはできない。
だが、その炎は飼い慣らさなければならないものであって、飲み込まれてはいけない。
感情のままに行動する者に、人の上に立つ役目は務まらないからだ。
女王たちが提唱する議会制政治を始めるとなると、おそらくウィレミナは近い将来、首長となってダニアを政治的に引っ張っていく立場になるだろう。
その時に彼女がダニアを正しく導く指導者となれるよう育てる義務が自分にはある。
それこそが亡きユーフェミアへの何よりの供養となるだろう。
オーレリアはそう心に強く念じつつ、目の前の戦いに一族が勝ち残るための策を幾重にも準備するのだった。




