第236話 『地下の惨劇』
「うぅぅぅ……」
うめき声を漏らしながら目を覚ましたダスティンは、自分が何者かによって引きずられていることを知った。
悪臭が鼻を突く。
地下水路の汚水の臭いと……その他に獣のような臭いがした。
襟首を掴まれて引きずられているため、首が苦しくてダスティンは必死にもがいた。
立ち上がろうとするも、右足がひどく痛んで立ち上がれない。
そこで初めて気が付いたのだが、彼の右足はあらぬ方向に曲がっていた。
どうやら落下した衝撃で骨が折れてしまったようだ。
「放してあげなさい。ドローレス」
その声が聞こえると、ダスティンの襟首を掴んでいた手が放されて、彼は石の床に頭を打った。
「ぐっ……うぅぅ」
解放されたダスティンは必死に這うようにして上半身を起こし、自分を引きずっていた人物を見上げた。
それは体にピッタリと密着する黒い薄皮の衣服を身に着けた女のようだったが、その顔は奇妙な獅子の被り物に覆われて見えない。
そしてその隣には黒髪の美しい女が立っていた。
その女の顔にどこか見覚えがあったダスティンは記憶の糸を探り、思い出した。
「き、貴様はトバイアスの……」
「その通りですよ。兄上」
そう言って地下水路の奥から歩いてきたのは白髪の美しい男だった。
ダスティンにとっては異母兄弟となるトバイアスだ。
「ト、トバイアス……そうか。この一件、貴様が手引していたのか」
憤然とそう言って見上げるダスティンを、冷然とトバイアスは見下ろす。
「ええ。その通りです。ご栄転を間近に控える兄上にご活躍の場を差し上げようと思いまして」
「な、何だと?」
「しかしそれも徒労に終わりましたな。兄上。あなたのお力ではこれが限界なのです。むしろ今の警備長というお立場すら過ぎた地位でしょうな。無能な兄上には」
「き、貴様!」
そう言って激昂するダスティンは折れていない左足で懸命に立ち上がろうとするが、トバイアスがいきなりその太ももに短剣を突き刺した。
「あぎゃあっ!」
ダスティンはたまらずに悲鳴を上げて倒れ込む。
トバイアスはそんなダスティンの傍にしゃがみ込むと、その髪の毛を掴んでその顔を引き起こした。
「小物は小物らしくしていれば命を落とさずに済んだものを。わざわざ俺に絡んできたのが貴様の運の尽きだよ。ダスティン」
傲然とそう言うとトバイアスはダスティンの太ももに突き刺さった短剣を乱暴に引き抜き、それで今度はダスティンの片耳を切り取った。
「ぎゃああああっ!」
悲鳴を上げるダスティンの耳を汚水の中に投げ捨てると、トバイアスはニヤリと笑った。
「俺の耳を笑った罰だ」
「……こ、このくそったれの落とし児野郎が」
ダスティンは目から涙を流しながら呪いの言葉を吐く。
だがそれすらもトバイアスにとっては小鳥のさえずりのようだった。
「ハッハッハ。そうだ。そしておまえはその落とし児に殺されることになる。おまえの母上や弟のディックのようにな」
「な……何だと?」
トバイアスの言葉にダスティンは愕然として言葉を失った。
「知らなかっただろう? おまえの弟はここにいる俺のかわいいアメーリアに殺され、お袋はこの俺に殺されたんだ。お袋の死に様はひどかったぞ? かなり苦しめてやったからなぁ。おまえに見せたかったよ。ククク」
「げ、外道め……父上は殺しの犯人を捕まえたおまえのことを褒めていたというのに」
そう言って憎悪の目を向けるダスティンに、トバイアスは冷笑を浮かべた。
「俺が用意したでっち上げの犯人を見てたいそう喜んでいたな。そして真犯人の俺に感謝を示す父の姿は滑稽だったぞ。老いたマヌケな父など、いくらでも丸め込めるんだよ。俺はおまえと違って有能だからな」
「貴様……殺してやる!」
「ハッハッハ。まだ吠える元気があるか。よし。おまえの殺し方を今、思いついたぞ」
そう言うとトバイアスは背後を振り返り、アメーリアに告げた。
「ドローレスに新鮮な肉を食わせてやってくれ。連夜の働きで疲れているだろうしな。生きたまま食われて死ぬ人間を見るのも一興だろう?」
そう言うトバイアスにアメーリアはニヤリと笑い、ドローレスをダスティンにけしかける。
「ドローレス。おなかすいてるでしょう? そこの男を食べていいわよ」
そう言うとアメーリアはドローレスの頭から獅子の被り物を脱がせる。
ボサボサだった赤毛は短く切られて綺麗に整えられ、汚れていた顔もさっぱり洗われて化粧を施されていた。その顔を見たトバイアスが口笛を吹く。
「ほう。これはこれは。磨けば光るじゃないか」
「まあ。トバイアス様ったら憎らしい。アメーリアだけを見て下さいまし」
そう言って微笑み合うトバイアストとアメーリアの目の前で、ドローレスは涎を垂らしながらダスティンに迫っていく。
「すぐに食べちゃダメよ。ドローレス。その男がすぐに死なないよう、ゆっくり足からかじってあげて」
ダスティンは恐怖に引きつった顔で歯をガチガチと鳴らし、命乞いしようにも満足に声も出せない有り様だった。
そんなダスティンの足にドローレスは容赦なく食らいつく。
「ひっ……や、やめ……いぎゃあああっ!」
地下水路の中に哀れな男の悲鳴が響き渡る。
残酷な血飛沫のショーをトバイアスとアメーリアは薄笑みを浮かべながら眺めて楽しむのだった。




