幕間
薄暗い部屋の中、幾人もの貴族やシンパたちが、唯一光の当たる壇上を見つめている。
その壇上に、伯爵クレマン・ラクロアが上がり、声を上げた。
「諸君!待ちに待った時がきた!!現国王カレイドが王に即位して早十余年・・・・・我々にとってそれは、筆舌に堪えない屈辱にまみれた日々であった・・・・だが、それも今日まで!明日、我らはこの国を在るべき姿へと戻す!!我らが主君、アストーア様より王位を奪いし痴れ者とその傀儡どもを駆逐する!!皆も顧みて欲しい・・・・前国王ジェラード陛下が・・・・・・」
クレマンの演説によって、熱気に包まれだした”会場”を、ガラスで仕切られた上の観覧席から見下ろす人影があった。
「まぁ、よく周る舌を持ってるわね。随分と調子のいいこと言っちゃって・・・・・あんなホラ話に引っかかるなんて、意外に貴族もバカばっかよね」
「まぁ、人間と言うのは嘘の中に真実を少し混ぜてやれば、容易く信じてしまいますからね。特に、自分たちが信頼する者の語る耳障りのいい言葉は、効果絶大ですよ」
”勇者”ユーリ・ペンドラゴンの腹心であるマギハと巫女のレーアは、下に聞こえないからと、そんなこと言いながら眼下の”集会”の様子を物笑いの種にして、覗いていた。
「全く・・・・・・あんなことやって、明日の結果が変わるのか?オレにはサッパリわかんねぇ」
二人の後ろでは、ボトルを片手に獣人のディエゴが酒を呷っている。
彼の前のテーブルには、すでに空となった酒瓶が何本も転がり、その殆どがアルコール度数五十%を軽く越えている物ばかりだった。
そんな強力な酒を、ディアゴは再び一気に流し込む。
「ああやって、団結力を高めるのです。そうして、裏切りにくい空気を作っておけば、計画に支障が出にくいのですよ」
「はっ!弱っちい人間らしい考えだな!!」
空になったビンを棄て、未開封のビンを手に取り封を開けると、そのまま一気飲みして胃に流し込んでしまった。
豪快にゲップをするディエゴに、レーアは顰め面してため息をついた。
「あんたさ、そんなに飲んで明日大丈夫なの?あんたのせいで、「失敗しました!」なんての、ウチ御免だからね!」
レーアの言葉に、ディアゴは目線だけ動かし睨みつけると、乱暴に空になったビンをテーブルに叩きつけるように置いた。
「バカにするな、人間と身体のつくりが違うんだよ・・・・・・・それよりお前こそ、妙にイラついてるじゃないか。なんだ?・・・あぁ、ユーリがあの”お姫様”にベッタリだから、ヤキモチやいてるのかよ?行き遅れの女は必死だな」
酔いに任せて言葉を吐き出すディアゴ。
一番気にしていたことを、一番言われたくない人物に言われ、レーアが顔を真っ赤にして立ち上がった。
「なっ!!うるさいわね、ほっといてよ!!」
確かに、そろそろ三十が目前に迫っているレーアは、この世界の基準で考えれば、大分婚期を逃していると言える。
だが彼女は、自分の魅力なら小娘なんかに負けるはずが無いと、自分に言い聞かせて、普段は平静を保っていた。
「お二人とも、幾らここが防音設備の整った場所だからといって、大声でケンカしないでください」
大事な計画を明日に控える今、このような状況ででもケンカができる二人に、マギハは呆れるような頼もしいような複雑な感情を抱いていた。
そんなことをしていると、部屋のドアが開きアルトリアが入ってきた。
「おや、お帰りなさい。フレミリア様の”お着替え”は終わりましたか?」
「はい・・・・」
マギハの問いに、気の無い返事をするアルトリアを見て、レーアが意地の悪い笑みを浮かべる。
「なんだ、アルトリアも追い出されたのね」
アルトリアの抜け駆けを警戒していたレーアは、彼女の様子から何も無かったと分かり、ほくそえんでいると、新しくあけた酒を飲んでいたディエゴが鼻を鳴らす。
「お前の場合は、呼ばれもしなかったけどな」
いちいち癇に障ることを言ってくるディエゴに、レーアの額に青筋が立つ。
「うっさい!!」
第二回戦とばかりに、口ゲンカを再開するレーアとディエゴを横目に、マギハはアルトリアの様子に首をかしげた。
「どうされましたか?」
「いえ・・・・・勇者様は、どうしてあの方に、あんな”格好”をさせたのかと・・・・それに」
アルトリアの呟きの様な問いと怯える素振りを見て、マギハは彼女が何に疑問を持ったのかを理解した。
「勇者様には勇者様のお考えがあるのですよ。我々下々には窺い知れない考えが、ね」
ユーリが手に入れた聖剣プロウェス・カリバーを収める鞘の製作と同じくして、マギハはユーリ自身からある”服”の製作を依頼されていた。
しかも、デザインや生地の質感まで事細かに指定し、ある種異常ともいえるユーリの姿を見て、マギハは初めて驚きを隠せなかった。
そして、出来上がった”二着”の服を見て、ユーリが狂気とも取れる笑みを浮かべていたのを、マギハは忘れることが出来ないでいた。
「・・・・・フレミリア様の様子はどうでしたか?」
思い出していたことを、振り払うように頭を振り、フレミーの様子を尋ねるマギハ。
計画通り、大公の娘であるフレミーを手中に収め、彼女に対して洗脳まで成功したが、マギハはレーアの洗脳術をまだ信用しきれていなかった。
何かの拍子に、洗脳が解けたりしないか、マギハは心配していた。
「ぐっすり眠られています。ワタシが着替えさせている最中も、一度も目を覚ましませんでした」
アルトリアの言葉に、ディエゴと口ゲンカしていたレーアが、ケンカを切り上げる合図のようにディアゴを押しのけながら、マギハたちの方へと顔を向ける。
「当然よ、今あの子は人形だもの。ユーリ様が”命令”しないと、動かないわよ」
レーアがフレミーを洗脳するに当たって、フレミーに対して「ユーリの命令のみ反応する」という刷り込みを行っている。
なので、ユーリが命令しなければ、フレミーは何もしないまさに”人形”となってしまっているのだ。
「アルターレ護国は、思った以上に恐ろしい国ですね」
マギハもこれまでの人生で、洗脳などの技術を見てはきていたが、ここまで対象者に完璧に作用するモノは一度見たことはなかった。
「娯楽が少ない国だもの。一部の巫女とかが、おかしな方向へ走ったりすることが間々あるのよ」
娯楽でそんな恐ろしい技術が生み出されているのか、とマギハもアルトリアも顔を引きつらせる。
「・・・・・・最終確認ですが、フレミリア様に施した洗脳は”絶対”に解けないのですね?」
とは言え、どこまでも慎重なマギハに、レーアの表情が真剣なものへと変わる。
「それに関しては、ウチが保障する。もし、あの洗脳を解ける奴がいたとしたら、そいつは人間じゃないわ」
レーアが知る限り、一度この洗脳が施された人間は、二度と元に戻ることは無い。
もし、元に戻せる存在が居るのなら、それは奇跡を起こせる神だけね、とレーアはありえない可能性を思い浮かべ、そんなことを考えた自分自身を笑った。
「さぁ、そろそろ我々は休むとしましょう。下の彼らと違い、明日は”やらなければならないこと”が多いですから」
下の会場では、クレマンの演説が最高潮に達する中、マギハの号令で勇者パーティ全員が自分の部屋へと戻って行くのだった。
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アルトリアに部屋を出て行かせた後、ユーリは何をするわけでもなく、椅子に座り眠っているフレミーを眺めていた。
フレミーは、アルトリアの言っていた通り眠ったまま、椅子に座らされている。
力なく椅子に座るその姿は、本当に人形のような印象を受ける。
そして、彼女に施された格好も、その印象付けに拍車をかけていた。
全体的にシースルーの生地を使い、服を着ているのに、殆ど着ていないのと同じに見えるほど素肌が透けて見え、デザインとも相まって、まさに女神か天女のように見える。
そんなフレミーを見つめるユーリは、アルトリアがフレミーを着せ替えさせた時からずっと笑みを浮かべていた。
アルトリアが怯えていた理由が、これである。
普段から、他人を蔑むように笑うことはあっても、それ以外でユーリが笑みを浮かべた所を、アルトリアは見たことがなかった。
そんな彼が、聖剣を手に入れたときにも見せなかった笑みを・・・・狂気とも取れる笑みをフレミーに向けていたことに、アルトリアは嫉妬よりも恐怖を感じてしまったのだった。
フレミーを見ていたユーリは、彼女から視線を外し、その横にある本物の人形へと視線を移す。
人形は、フレミーが纏っている服と全く同じデザインの服を着せられていた。
「もう少しだ・・・・・待っていろ、フェリシア。お前も、この我の物となるのだ」
目の前の服を纏ったフェリシアの姿を想像し、ユーリは衝動を抑えることなく、ただひたすら笑い続けるのだった。
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執務に追われ、カレイドが気が付くと、外はすっかり夜の帳が降りていた。
「・・・・・もうこんな時間か」
目を瞬かせながら、カレイドは冷めてしまったお茶の入ったカップを取ろうとすると、スッと新しいカップが差し出された。
「やぁ、マリア・・・まだ起きていたのかい?」
新しいカップを差し出したのが妻のマリアだと分かり、カレイドの表情が和らぐ。
「夫を置いて先に眠るほど、私は不出来な妻はありません・・・・・・それより、大丈夫?ここ最近、ちゃんと寝てないでしょ?」
ここ最近、カレイドは眠りが浅いのか、寝入ったかと思えば、一時間もしない内に目覚めて部屋を出て行く姿をマリアは何度も見ていた。
そんなマリアの指摘に、カレイドは短く息を吐いた。
「・・・・・仕方ないさ。王として、やらなければならないことを、しているだけだよ」
彼の言うとおり、執務室の机には、まだ多くの書類が積まれている。
大国の王として、やらなければならないことが多いのはマリアも重々承知していた。
だが、長年カレイドの妻をやってきたマリアには、夫が別の理由で自分に無茶を課している、と見抜いていた。
「嘘ね・・・・聖剣が盗まれたのはあなただけのせいでは無いわ。あなたのお父様でも、防ぐことは出来なかったはず・・・・・・そんなに自分を責めないで」
カレイドが、聖剣を何者かに盗まれたのは、自分の責任だと自分自身を責め、そんな自分が休むことなど許されるはずが無いと、思い込んでいるんじゃないか、とマリアは思った。
――何があっても、あなたはレイを信じ、支えてあげて
義理の母であり、マリアが最も尊敬する女性の言葉を、彼女は思い出していた。
寝る間を惜しみ、執務の合間を縫って上がってくる捜査情報に目を通すカレイドを、自分なりに支えてきたマリアだったが、だがやはり自分は後ろで支えるより、結婚する前ようにカレイドの隣で、ともに歩みたいと考えていた。
だからこそ、もっと自分を頼ってほしいと、期待するマリア。
「いいや、私の責任だ。私が、もっと木漏れ日の森の警備に力を割いていれば、こんなことには・・・・・・私には、王として先祖より託された義務があるんだ。このような失態、父上やご先祖様たちに何とお詫びすれば・・・」
だが、カレイドは妻の気持ちを察することなく、頑なに自分を責める。
頭を抱えるカレイドを見て、彼が浮き足立っているとマリアは感じた。
元アルバート騎士団術士隊の隊長を務めたマリアにとって、そんな夫がとても危うく見えてしまうのだった。
「ねぇ、レイ・・・・焦る気持ちは分かるわ。でも、こういう時こそ、落ち着かないと。ドラグたちが有力な情報をつかんだ時に、万全な体制でいる為にも、休める時にきちんと休んで。いざと言う時、あなたに倒れたら元も子もないわ」
カレイドの肩にそっと手を置き、説得するマリア。
「ドラグだって、今のあなたを見たら、同じ事を言うと思うわ」
「分かっている・・・・分かっているさ!!」
だが、余裕の無いカレイドが感情まま、怒りを露にして叫ぶ。
「?!・・・・・・・・・」
カレイドの怒りに、彼の肩に置いていた手をどけ、押し黙ってしまうマリア。
険悪な空気の中、沈黙の訪れた執務室に、ドアのノック音が響く。
『あの、国王様・・・・・・いいですか?』
声から、ドアの外に居る人物を察し、二人は努めて平静を装う。
そうでもしないと、今のままの自分たちを見たら、表にいる少女を怖がらせてしまうと分かっているからだ。
「・・・・ミユ様?構わないよ、入ってきなさい」
カレイドに促され、ミユが執務室の中へと入ってくる。
寝る準備を整えてからきたのか、彼女は何着か持っているパジャマの内の一着を着ていた。
十四歳とは言え、あまりそんな格好で部屋の外を出歩くのはよくないと注意しようとしたが、今の二人の心理状況なら確実に怒鳴ってしまうと、カレイドもマリアもミユの格好には触れないでおこうと、示し合わせる。
「夜遅くに、すみません」
部屋の中ほどまで進み、ミユが頭を下げる。
「どうされたのかしら?」
ほんの少し、声が固いままのマリアが、ミユに尋ねてきた理由を聞く。
「えっと・・・・・これを国王様に」
そう言ってミユは、手に持っていた手紙を二人に差し出す。
ミユの持って来た手紙を受け取り、カレイドは宛名を見て目を見開いた。
”私の可愛いレイへ”
「まさか!」と、急いで裏に書かれた差出人を確認するカレイド。
”あなたのもう一人の母より”
この差出人名で、誰からの手紙か分かり、カレイドと横で見ていたマリアは、揃ってミユを見つめた。
「今日、ミユ宛に届いた手紙と一緒に入っていました。ミユ宛の手紙には、夜になって人目につかないように、国王様へ直接渡すように書かれていました」
何故、”彼女”が義理の娘にそこまで指定したのか、カレイドたちは疑問に思ったが、手紙の内容を見てその理由を知ることとなるのだった。
今回は、いつもより短めです。
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次回更新は、5月27日(火)PM11:00過ぎを予定しています。
変更の場合は、活動報告にてご連絡したします。




