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法失き世界の人の道  作者: 大洲やとこ
第一幕 凡人の歩幅で
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2-24.心乱す病


 突如現れたゼラの一振りで、アユミチたちを囲んでいたうちの数人が潰れる。

 盾にしようと構えた剣は砕け、腕も腰骨もまとめてひしゃげながら薙ぎ払われた。



「このアマぁ!」


 戸惑いが伝波する中でも判断の早い男もいる。

 振りぬいたゼラの背中に襲いかかろうと。

 隙だらけの大振り。ゼラは異常な膂力を発揮しているが、戦いに慣れているわけではない。


「無礼者」


 両腕で振り回した岩塊を、その振り回した勢いのまま左手一本でさらに回転した。


「ぶふっ!?」


 空を舞う燕のように。

 一瞬スローに緩んだかと思えば、目にも止まらぬクイックターン。

 背中を刺せるタイミングだったはずなのに、くるりと踊るようなスイングでぶん殴られる。

 強い。

 戦いに慣れた様子はないのに強い。



「これは、武舞……か」


 国軍にいたファニアでも、実戦で使われるのを見るのは初めてだ。

 儀礼的な意味合いで舞われる剣舞の類。

 祭り以外で目にすることなどないと思っていたが、ゼラは淀みないステップで敵との距離を空け、また詰めて巨大な棍棒を振るう。


 美しい。美しくて強い。

 アユミチの妻を名乗り、アユミチも否定しなかった。

 ということは、彼女こそがアユミチの女神なのか。



 銀の細糸のような長い髪がゼラの回転と共に花弁のように広がり、すぼまる。

 赤い瞳は、アユミチがつける黒蝶のブローチの瞳に似ている。


 洗練された独り舞踊。

 何十、何百と繰り返したことをなぞるように。

 誰かと踊る形式ではないそれは、名を忘れられた神が孤独に積み重ねてきたものなのかもしれない。


 よもや、人付き合いの苦手な引きこもり貴族娘が、舞いの練習相手もいないから独り練習を続けてきたわけでもあるまい。



「に、にげっ!」

「くそっ!」


 囲んでいた十人のうち五人目の腹が棍棒の形にひしゃげて転がったところで、野盗どもが逃げに入った。

 魔法使いなどそうそう相手にしたことはないだろう。

 戦いに適した魔法使いもいれば、まったく不向きなタイプもいる。目の前で血肉をまき散らすゼラがどちらなのか考えるまでもない。



「くそっ、ちくしょうめ」


 間の悪い奴もいる。

 ファニアとアユミチを取り囲み、奥側にいた男が一人。

 仲間が逃げていく方向にゼラを挟み、迷った。

 迷ってから、手にしていた剣を捨ててへつらうように笑う。


「や、参った……こうさ――」

「見苦しい」


 とと、と二歩進んだ後に振り上げられた棍棒が、男の股の骨を砕きながら空中に打ち上げた。

 からからと、地面に捨てられた剣の音が止んでから、捨て森の茂みの中にどじゃりと落ちていった。



「は、ふぅ……」


 ゼラが切なそうに息を吐く。

 色の薄い肌が上気して、ひどく(つや)っぽい。

 手にしていた岩塊のごとき棍棒を地面に着いて体を支えたが、岩塊がずしゃりと崩れ落ちた。


「病み明けに、急ごしらえの間に合わせではこんなところですか」

「悪い、ゼラ。助かった」


 野盗どもがリーダーのエギルと合流して、牽制していた集落の住民たちを威嚇してから逃げていく。

 ちらりとそれを確認しながら上着を脱ぐアユミチ。

 何をするのかと思ったら、それをファニアにかぶせた。


「あ、アユミチ殿……」

「ごめん、ファニア。女の子に無理をさせた」

「その……」


 破られた衣服の代わりに覆いかぶされたアユミチの服。

 女の子。女の子扱い。


 違う。そうじゃない。

 ファニアこそ任された役目を果たせなかった。

 無様(ぶざま)な醜態をさらしたところをアユミチに助けてもらって、また救ってもらって。


 きゅうぅって、なる。

 胸の奥がきゅうってなって、ファニアにはうまく言葉にできなくて、アユミチにかけてもらった上着の裾を掴んできゅうって小さくなってしまう。



「アユミチ兄ちゃん!」

「アユミチさん!」

「ああ、無事でよかった。イサヤ、カヨウ」


 駆け寄ってきた二人に向いたアユミチがファニアから少し遠のいて、また胸がきゅうってなる。

 おかしい。

 ファニアはこんな気持ちを知らない。


「俺はあいつらを追うから、ゼラと一緒に皆を頼む」

「でも兄ちゃん……」

「このまま逃がすのは面倒だ。イサヤ、頼んだぞ」


 リーダーを含んだ野盗の残党を野放しにしたら危険だ。

 アユミチの判断は正しい。ただ一人で行くのは……ファニアが万全なら一緒に行けるのに。

 ファニアなら、アユミチと肩を並べて戦えるはずなのに。

 妻にはなれなくてもできることがある。本来なら。



「わたくしが――」

「ゼラも相当疲れているだろ。ここを頼む。俺一人ならどうにでもなる」

「……わかりましたわ、良人(あなた)


 妻だから、アユミチの意志を尊重するのか。どこか余裕を感じさせるゼラ。

 魔法の疲労が決して小さいはずはない。

 ファニアが聞いた話なら、強い魔法を使うと畑ひとつを耕すくらいの疲労感があるとか。

 連続で使うのは困難だし、無理に使えば雑になる。

 金属の武器も砕いていた岩塊の魔法が、簡易な魔法とはとても思えない。



「……アユミチ殿」


 助けてもらった。

 アユミチと、彼の妻ゼラに。

 礼を言いたいけど、うまく言葉にできない。

 ファニアの胸の中はなんだかもうぐちゃぐちゃだ。



「奥方様と、ここでお待ちします……」


 絞り出すように(うめ)いた。

 ファニアはあなたの妻ではないけれど、あなたの言う通りにします。

 奥方様にもお仕えします。

 そう意思表示したつもりで、ゼラはファニアの気持ちを察して微笑んだ。勝者の微笑み。


「ええ」

「それは誤解なんだけど……まあいい、後で」

「え?」


 違うの?

 まあいいって、よくない。

 こんな時に問い質すことじゃないのに、またファニアの頭が混乱して胸が切なくなる。胸が高まるし胸が苦しくなる。



「ふふっ、いってらっしゃいませ。良人」

「あ、え……?」

「……」


 何か言いかけたアユミチが口を閉ざして走り出す。

 その背中に妻のような顔で言葉を送るゼラと、困惑するファニアと、唇を尖らせるカヨウと。


「……」


 きゅうっと、アユミチの上着で自分の体を包んで俯いた。

 仲間とは言い切れないけれど多くの住民が犠牲になった中で、ファニアの感情はひどくあさましい。卑しい。くだらない。



 だけど、二度目だったのだもの。

 自ら舌を噛んで死のうと考えたことも。それくらい怖いと思ったのも。

 その窮地を、同じ人に救ってもらって。


 好き。

 すごく好き。


 前回は、一時的な好意とか、好いた惚れたなんて世俗の話、程度の低い関係性と切り分けられたのだけれど。


「アユミチ殿……」


 愛だとか恋だとかを何より優先して世を乱す馬鹿がいる。

 今はそんな場合じゃないと、どれだけ周りが言っても聞き入れない。

 ファニアは自分がそういう性分じゃないと思っていたのに。


 トバをはじめとした住民の死や、安否のわからない人々のことを考えることができない。

 アユミチさえ無事ならいい。

 色恋が人を愚かにする例を、己の身をもって思い知った。



  ◆   ◇   ◆



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