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法失き世界の人の道  作者: 大洲やとこ
第一幕 凡人の歩幅で
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2-21.誤断


 媚びるような頭の角度で向けられるエギルの目に吐き気を催す。


「あんたの力はよくわかった。ああ、俺らはあれだ。得にならねえ馬鹿はしねえ。あんたの部下にしてくれりゃあそれでいい」


 降参するから部下にしてくれ、と。エギルの言い分はそういうことらしい。

 集落を襲撃しておきながら、未知数の力を持つアユミチを見て出方を変えた。


 どこまでもふざけている。

 しかし問答無用で蹴ってしまうには問題があった。



「……」


 息が上がっている。

 相手にはアユミチが怒りで息が荒いと見えているのかもしれないが、ただ走り疲れただけだ。


 森の入り口付近からここまで走り続けた。途中転んだりもしたが、とにかく急いだ。

 足を止めて息をついたから、急に体が重くなる。

 気持ちが昂っているからまだ動けるが、体力の底が近いのは間違いない。

 経験者ではないけれど、サッカーで後半ロスタイムの選手たちはこんな感じなのかもしれない。


「お前らなんかいらない」


 いつでも都合が悪くなれば裏切るだろうし、そもそも許しがたい犯罪集団。

 手を組むなどあり得ない。


「死にたくないなら――」


 さっさと出ていけ、と。

 言っていいのかどうか、アユミチの迷いを察知したわけでもないだろうに。



「おっとぉ、そこまでだぜアユミチ兄ちゃんよぅ」


 馬鹿にした声で、囲んでいた集団とは別方向から呼びかけられた。


「仲良くしようぜって話だろ、エギル?」

「いいタイミングだ、ワーレン」


 集落の横手側の茂みから現れた男は、片手にナイフを、反対の腕でイサヤの肩から首を締めあげながらにやけた顔で。

 ワーレンと呼ばれた男は得意げに、イサヤの喉にナイフの先を向けて頷いた。


「にいちゃ、ん……」

「イサヤ……」



 人質に取られたのが他の誰かだったら、どうしただろうか。

 カヨウだったら、コーダだったら。ファニアやアスパーサ、ババ様だったとしたら?

 そんなことはわからない。とにかく今アユミチに見せつけられる人質はイサヤで、苦しそうに、申し訳なさそうに小さな声でアユミチを呼ぶ。

 当然、アユミチは身動きが取れない。


 イサヤの母と約束した。

 今際(いまわ)(きわ)に、子供を託された。

 死なせるわけにはいかない。


「やめろ、子供だぞ」

「わかってらぁ。お気に入りのガキだってのも知ってるぜ」


 下品な笑い声を漏らしながらエギルとワーレンが目くばせする。

 形勢逆転といった雰囲気で、じり、じりと包囲網が狭まってきた。



「そう怯えることぁねえよ。こっちが用があんのは死病を治しちまうあんたの薬だ。神の使いってぇあんたにしか使えねえって聞いてる」


 和睦を申し出た舌の根の乾かぬ内に、また手の平が裏返った。

 互いの立場の乱高下。


「……」

「協力してくれんなら俺らは兄弟さ。あんたの女も子供も傷つけたりしねえ。縛り付けておくくらいのもんだ」


 口の端を上げる男どもの顔を見れば、上っ面の口約束でしかない。

 アユミチの酒瓶を奪い、それを使って金儲けをするのが目的。

 酒瓶がアユミチ専用というのも知っているらしい。生かしておくだけで用が済むなら、半殺しにして拘束しておいてもいいのだ。

 アユミチがそうなれば、ファニア達も同じように、もっと陰惨な目に遭わされる。



「兄ちゃん、ごめん……」


 眼前にナイフを突きつけられたイサヤが、か細い声で詫びる。

 先端恐怖。まともな神経なら、尖ったものが目の前にあれば怖くて身がすくむもの。


 どうしたらいい。

 ノクサに寿命を捧げれば一瞬だけ驚異的な力を発揮することはできるが、位置取りが悪い。

 人質を取っているワーレンに奇襲するにしても、勢いでナイフがイサヤに突き刺さる。


「おうワーレン、気をつけろよ。そちらの兄さん、大矢みてえな勢いで飛びかかるぞ」

「へえ……」


 くそったれ。

 アユミチに多彩な攻撃手段などなく、選択肢の幅は少ない。

 魔法のような力はない。できることしかできない。



「アユミチ殿……私のことなら気にしないでくれ……もう、いい」

「……エギル、取引だ」


 ファニアの震える声を聞いて、奥歯を噛みしめてから腹から言葉を絞り出した。

 泣き出すのを必死で我慢しているイサヤに首を振って、エギルの方に向き直った。


 今、ここで死なせたくない。

 どうにか隙を見つけて事態を解決するまでは、誰も死んでほしくない。



「病気のことは協力する。病から人を助けるのが神様の命令なんだ。だから」


 事実ではないが、そう言っておいた方が後の立ち回りに役立つのではないか。

 とにかく譲歩案を引き出そうとするアユミチに、思惑通りといった意地の悪い顔を浮かべるエギル。

 深く息を吐いて、構えていた棒を下ろした。


「俺の仲間には――」


 手出しをするな。

 もちろん約束する。

 そんな、形だけの約束をしようと。



「――」


 エギルの後ろ側。

 固く閉ざされた小屋の扉が開いた。

 そっと、静かに。


「あ?」


 エギルは気づいていなかったのに。

 他の誰もがアユミチを注視して気づいていなかったのに。

 ワーレンが声を漏らした。


「おい」


 アスパーサの小屋から出てきた男たち。

 何かしら簡易な武器を手にしてエギルの後ろに忍び寄ろうとした彼らに、ワーレンは気づいた。

 エギルたちと反対側から出てきてイサヤを人質にしていた男は、逆を向いていたから。


「後ろだ、エギル!」



 勝利を確信していたエギルに、背後からの奇襲。

 ワーレンが言わなければ成功していただろう。


「なめた野郎どもをぶち殺せ!」

「くぅぅっ」


 さらに強い締め上げでイサヤが苦し気な悲鳴を上げた。

 ナイフの先を、奇襲をしかけようとしていた住民たちに向けて叫ぶ。


「抵抗するなら皆殺しだ!」



 失敗だった。

 奇襲も失敗だったけれど。

 エギルと取引のつもりでそっちを向いていなければ、この隙にイサヤを助けられたかもしれなかったのに。


 ノクサの力で超加速しても、その勢いでイサヤを潰してしまう。

 幼い少年の内臓を破裂させない方法が思いつかなくて、また致命的に判断が遅れた。



  ◆   ◇   ◆


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