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法失き世界の人の道  作者: 大洲やとこ
第一幕 凡人の歩幅で
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2-5.良い人



「痛い……痛いです……」


 すっぽりと頭から布を被って足をさする。

 うっかり落としてしまった石が、水底のゼラの足を潰した。水中でなければ大怪我をしていたかもしれない。

 見知らぬ男にあられもない姿を晒してしまって動揺した。

 三人の元夫にも見せたことがない裸体を。



「初夜に怪死が三件続いた、と」

「違いますわ。最後の夫は生きているのですから」

「二人変死で、一人は瀕死……はあ」


 黒アゲハを連れた男だったから。

 死を告げる不吉な黒蝶を連れていることに運命を感じた。

 結婚相手が次々に死ぬ花嫁。ゼラと符合する。


「一人目は年の離れた貴族の男でしたわ」


 ゼラが選んだわけではない。

 トローメで女の立場は強くはない。ゼラの意見など聞かれないし、それが普通のこと。不満など言うつもりはなかった。

 古い魔法書などにのめり込み社交の場に顔を出さなかったゼラに、両親が段取りした結婚相手。


 どんな男でもただ一人の夫。年が離れていても愛そうと思い、それまで読んできた魔法書にあったような淫靡(いんび)まぐわい(・・・・)をしようと心を決めた初夜に、夫は死んだ。

 極度の興奮からの心臓発作だったのだろうと医者の見立てだった。


 若く美しい妻を迎え、そんなこともあるかと。

 この一件は醜聞にはならず、むしろゼラの評判を上げる皮肉な結果になった。

 魔法かぶれの深窓令嬢は息が止まるほどの絶世の美女だと。



「二人目の夫は老舗商会の跡取り。たいそうな結納金をいただいたそうです」


 評判の美女。初婚ではなくともぜひ嫁に迎えたいと申し出があり、最初の夫の死から半年も待たずに婚姻が決まった。

 ゼラの家は古い貴族だったが財布事情は(かんば)しくない。

 好きな魔法書ばかり読みふけっていたゼラを許してくれていた両親に感謝はある。

 自分では結婚相手など見つける手段も行動力もないのだから、二度目も素直に頷いた。


 今度こそ、魂で結ばれるような熱い初夜を越えて、ゼラは己の殻を破るのだと身を清めて寝台に入った。

 二人目の夫は薄い寝間着のゼラに目を輝かせ、目を見開き、真っ赤に充血して、血の涙を流して死んだ。



「三人目は、幼い頃からの顔見知りです。平凡なだけが特徴の方です」


 二人続けて初夜に夫が変死など普通ではない。

 一度は良い方向に持ちあがった評判が叩き落される。落差の勢いはすさまじい。


 もう縁談などない。呪われた花嫁。魔女。

 そんなゼラに求婚してきたのは、身分違いの平民の青年だった。

 昔から生活品の運搬で家に出入りしていた男の息子。親の仕事の手伝いに来る彼に、ゼラも年に何度か顔を合わせることがあった。


 ――あなたは魔女なんかじゃない。俺がそれを証明する。結婚してくれ。


 この人だと思った。

 ゼラの運命の人は彼だ。

 両親が選んだ相手は運命の相手ではない。だから死んだ。


 醜聞(しゅうぶん)(まみ)れた傷物の娘について、もらってくれるならもう誰でもいいと親も認めた。

 喜ぶ彼に、今度こそ真実の愛を捧げようと初夜に臨んだ。



 唇を重ねる直前に震え出した彼は、隠し持っていた護符をゼラに押し付けて突き放した。


 ――本当に、魔女……出て、いけ!


 息絶え絶えの三人目の夫からもらった最後の言葉がそれだ。

 扉の外で問題に備えていた人々にゼラは追い出され、後に夫の無事を聞く。血を吐き苦しんだが命は助かったと。



 両親はゼラにワインを飲ませて、一緒に飲んで死んだ。

 ゼラは死ななかった。


 死ななかったものの、全身に赤い斑点が浮き上がり、都から追い出された。

 斑徂症なら返り血など誰も浴びたくない。


 どうしてこんなことに。

 ゼラは何も悪くない。何もしていないのに。

 死にたくない。ただ幸せになりたかっただけなのに、死にたくない。

 けれどこのままでは殺される。


 斑徂症ではない点魔鋲だとわかったのは、古い魔法書の中で読んだことがあったから。

 魔法書というか奇書、珍書の類。

 体に押し付けられた魔封じの護符の印と、体内の霊脈を狂わせる魔法毒。二つが重なって点魔鋲を発症させた。



「日々増していく痛みに耐えるのには、捨て森の麻痺霧が必要でした」

嘔息(くそく)ヘレボルゼの霧、本当に効果あるんだ」

「体内の霊力、魔力が無駄に膨れ上がり自身を傷つける。見えていない体内もひどく痛むのです。点魔鋲は」


 今さら説明の必要があるのかどうか知らないが、男は初めて聞いたような顔で頷いた。

 ゼラの裸体と痴態を覗き見た男。アユミチ。


「少しでも魔力を抜く為に、枯れ枝に吸わせる方法が古い魔法書にありました。空っぽの木に移し替える為に肌に押し付けて」

「あぁ、その……肌に」

「極力体内に近い方が有効なのです。好きであのようなことをしていたわけではありませんわ。妙な誤解はおやめくださいませ」


 命に近いヘソの近くや、体内と繋がる尿道などから吸い出すのが効果的だと。

 点魔鋲のせいで魔法は使えない。魔法は使えないけれど魔法の力だけが体内であふれかえる。あふれかえるから点魔鋲になる。

 別の方法で魔力を抜いて延命措置をして、どうにか生き延びる方法を探したかったけれど。



「浸透圧みたいな方法かな? 濃い塩分を空っぽの枯れ木に染み込ませるみたいに」

『――』


 ひらりと黒蝶がアユミチの隣で羽ばたいて、それに頷き返すアユミチ。本当に会話ができているように見える。


「染み込ませる……そうかもしれませんわ」

「他の病気をもらわないように集落から離れていたんだね」

「そうですが、(わずら)わしいのもあります」


 仮に点魔鋲が何かのはずみで治っても、他の死病に感染していては意味がない。

 捨て森の麻薬は必要だけど、捨て森の病人との接触は避けたい。

 森の東側の入り口は都側に近くゼラの噂を知っている者がいるかもしれないとも考え、苦しいながら西側まで進んだ。森から漂う霧で痛みがまぎれていなければ無理だったかもしれない。



「もう大丈夫なはずだ、ゼラさん」


 どういう根拠なのか、自信というか確信のある表情で。

 美男子でも精悍でもない見かけなのに、妙に心が安らぐ。


「点魔鋲は本来、魔力の強すぎる者が発症する死病です。感染はしませんが治癒方法もなく、発症して助かった例は記録にありません」

「集落にいたんだ。いや、捨て森に向かっていた女の子が一人、斑徂症じゃなくて点魔鋲だったから」

「女の子、ですか」


 点魔鋲はトローメ王国でほぼ知られていない病気だ。斑徂症と同じ扱いをされて別物だと認識されない。

 発症するのは成人前の少女が多い。という可能性がゼラの読んだ魔法書にあった。


「先ほど私に飲ませたワインですか?」

「あぁ、あれでカヨウも……」

「あなたの血を混ぜた酒で病気を治せると?」

「あ……」


 こっそりと、注ぐ時に指から血を垂らしたのは見ていた。

 自分の血を他人に飲ませるなんて、おぞましい。

 この男は狂人か、変態的な性癖持ちか。


 ただ、その。


「あなたの血がわたくしの中に」


 ぞくぞくする。

 三度の初夜で得られなかったものと近い何かが、ゼラの体をぞくりと痺れさせた。

 黒蝶を連れた神の使いが、その血を処女の体に注ぐ。淫ら。邪で背信的な儀式。

 たくさん読んできた異様な魔法書の中には、そうしたおよそ一般的なものではない性愛の儀式もいくつかあった。


 何度も読んだ。読み返した。読み返して想像して妄想して自分もその儀式の中の登場人物に写して映して追体験して何度も何度も夢の中でその頂に絶頂に昇りつめた。


 三度の結婚で辿り着かなかったのは、この運命の為かもしれない。そうに違いない。ゼラの運命はここに結ばれる為に今日まであった。ここからゼラの運命が始まる。



「本当に、わたくしの身を救って下さるなら。アユミチ」


 あぁぁぁぁ楽しみ。愉しみ。

 運命の人。運命の男。真実の良人(おっと)



「俺は一度、集落にもど――」

「足を痛めて歩けないわたくしを一人にはされませんよね? あんな姿まで見ていただいたのに」

「……」


 ゼラは知っている。

 理不尽な扱いで国を追われた者が、本当の運命の導きを得て忌まわしい故郷を焼き尽くす神話を知っている。

 亡者たちの嘆く都でまぐわうのはどれほどの快楽なのだろう。

 ゼラ一人では達し得ない愉悦に違いない。


「よくなるまで、わたくしがヨくなるまで、傍にいて下さるのでしょう? 良人(あなた)




 体が冷えて、ワインを飲んで。(もよお)して。

 小便と共に体中を痛めつけていた魔力が抜けていくのを強くぴりぴりと感じて、実感して、近くにいるアユミチに聞こえるほどの声が漏れた。



  ◆   ◇   ◆ 


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