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すべてを許せても、もう遅い  作者: ねこまんまときみどりのことり


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50/50

マローニとガロウ

 1cmに満たない釣り鐘のような体と、80本の細い足。透明の(ボディー)は、赤い消化器官が丸見えだ。


 ベニクラゲは、死ぬほど傷ついても幼体に若返り死を逃れる。

 干からびても復活する。

 でも普通は、脳も心臓も血管もなく泳ぐこともない。   

 文字通り、普通は海を漂うだけの存在。



 それが今のロバートの姿である。


 …………ただ彼には、人間の時と同じ思考があった。




 ロバートは、ある条件下では不死身のベニクラゲの研究をマローニから引き継ぎ、長く研究してきた。

 海洋生物の生体に幼い時から興味があり、クラゲには親近感もあった。

 何れアンシー達に行った人魚化計画へのように、人間に適応させるつもりだった。



 救いであったのは内戦の混乱で、人体への実験がされていなかったことである。

 人魚の研究が軍用化し、そこまで手が回らなかった。

 予想外なのは、彼自身(ロバート)が被検体の第一号になったことだろう。


 既存データが何もない、予測もつかない生体実験は、とてつもない恐怖を彼に与えた。

 理論上で完成を予測したことはあっても、あくまでも机上のこと。

 普段の実験ならば、大勢の犠牲者からデータを取りながら修正を繰り返し、成功に近付くトライアンドエラー(試行錯誤)の試算。


 そう考えると今の彼は、正解には辿り着かないただの叩き台と言えた。捨て駒とも言えるだろう。





「私の為の尊い犠牲なんだから、光栄に思いなさい。

 おほほほっ」


 そんな感じで彼は、多くの犠牲者に心一つ動かさず、淡々と己の妄想を具現化することを選んできた。

 多くの人々の苦痛と恐怖を彼が償えることはなく、その当時には考えることもなかっただろう。


 それが今、自分に跳ね返ったのだ。



 マローニはロバートの実験を終えたら、今度は自分の番だと思いながら、かなりタイトなスケジュールで工程を熟していた。


 彼に休息を与える代わりに、睡眠薬を与えた時間を休息と換算し、激痛を緩和しながら日程を詰めていったのである。


 どうせ救いのない、死を待つだけの命。

 自分(ロバート)の研究の通りに進むなら、思考しただけで狂おしいだろう。


『人間をベニクラゲ化し、その組織細胞を調査する』


 クラゲの体細胞を人体に注入する。

 人体に入れられたのは、増殖させたベニクラゲの生体細胞。


 人間の細胞との融合、または入れ替わらせて、人間の細胞を可能な限り排除し、クラゲ化させる。


 人間の大きさのベニクラゲを作ると言うものだ。


 自分の体がどうなるのか、心臓のないクラゲとなり果たして生きていられるのか?

 脳は? 視力は? 聴力は?

 もし生きていたとして、それは人間と呼べるものなのか?



 さんざん他人を切り刻んでおきながら、恐怖心だけは人一倍強く、注入前の心拍数は激しく拍動し負荷に耐えられないと判断され、緊張をほぐす薬剤を使われていた。


 ある意味明確な開始を覚えておらず、激しく騒ぎ出す余裕もなく進められた実験は、彼にとって僅かに救いだった。




 たださすが研究者(ロバートとマローニ)だけに、後世に役立つ生物に目を付けていた。

 人体への融合などと考えたりせず、その生物を研究したならば、何十年か後には必ず結果となったはずだった。

 二人は確かに、天才なのだから。


『不老不死の研究』


 それは老化(アルツハイマーなど)による病に救いを、病気や外傷による損傷を治す足掛かりを、肉体の衰えの再生をと、他分野に希望を与えるものだった。


 それが出来うる研究者だった。

 もし平和であったなら、普通にその研究は続けられただろうに。



◇◇◇

 この実験の被験者は第一号だけで、第二号は作られない。それはアンシーやラウス達が認めず、絶対に阻止するからだ。


 これはロバートへの私刑だった。



 どうせ逃れられない運命なら、可能な限り早期の死を迎えられるように、少しでも苦痛から解放してあげられるようにと願ったマローニ。

 その先にあるのは死だけだが、それが救いに思えたからだ。

 だがいい加減な実験は、出来ないとも考えた。

 それがマローニなりの矜持だから。




「そして次は自分が償う番だ……」


 その恐怖に震えながらも、ただ自らの苦痛の先の死、罪悪感からの解放を考えながら、彼女(マローニ)その(ロバートの研究)期間を生きていた。



 まさかロバートが、全身浮腫の透明な状態からその体内で合成が起こり、体が凝縮され続けて小さなベニクラゲになるとは考えていなかった。


 ベッドから体が消えたと思った時、溶けて無に還ったのだと思った。

 眼球に嵌められていたルビーだけが、枕元に転がっていたから。


 シーツの中央に残った赤い点、ベニクラゲの消化器官が赤く存在を主張してくれて良かった。

 すぐに彼を見つけることが出来た。


「ねえ、先輩なんだよね。生きているの? 

 ねえってば……」


 涙に濡れるマローニの心境は、どんなものだったのか。

 それは彼女にも、よく解らなかった。

 ただすぐ浮かんだ感情は、「置いていかれてなかった」という気持ちだった。


 彼女もまた、心の中ではロバートを頼りにしていたのだ。





◇◇◇

 マローニが研究を続けて来たものは、ベニクラゲの代わりにロバートから引き継いだ、クマムシの研究だった。

 活動状態のクマムシの寿命は、数ヵ月と短い。

 けれどクマムシは、最強生物と言われている。


 その理由は、陸生クマムシの乾眠状態にある。

  乾眠とは、周辺環境が乾燥すると体内の水分を数%まで減らして無代謝(全ての生命活動の停止)状態に入ることであり、乾眠時は乾燥に強いだけではなく、-273~100℃まで耐えられ、放射線や高圧にも強い。

 しかも、給水により数十分で生命活動を再開できるのだ。

 

 マグマの活動する火山にも住める、クマムシの強さを明確にするのが目的だった。


 熊のように人間が冬眠、またはクマムシのように乾眠が出来れば、現代の治療では治せない疾患を持つ者の時を、ゆっくりと進めることが出来る。

 軍事転用出来れば、環境をものともしない強い兵士を作ることも出来るだろう。



 マローニはガロウが死なないで、いつまでも傍にいてくれるように乾眠の研究をしていた。

 それはガロウの意思を無視した、飼い主のエゴである。


 ガロウの寿命が延びるなら、それに越したことはないが、現実的ではないと彼女自身も解っていた。

 実用化には、まだまだ長い時間がかかるだろう。


 だからこそ、ベニクラゲより比較的解明が進んでいるクマムシの方にシフトチェンジしたのである。



 でも………………。

 彼女の研究は、ここで終わりとなる。

 彼女もロバートと同じように、自身にクマムシの細胞を注入し、身体機能の変化を観察して欲しいとアンシーに頼んでいた。


 国はもうすぐ滅んで、退路はなくなるだろう。

 どうせ殺されるくらいなら、自らの実験の被験体になって、成果を役立てて貰おうと思ったのだ。

 苦しくても怖くても、自らも手を汚してきたから。


 長く机上で考えるよりも、人体で反応を見る方が何百倍も貴重なデータが取れることを、経験上彼女は知っていた。


 

 自らの懺悔の為に、ロバートを巻き込んでここまで来たのに、ロバートの苦痛を見たり無意識で口から漏れる懺悔を聞いて、とても辛く苦しかった。


 こんなことなら、自分が先に実験を施して貰えば良かったと思えるくらいに。


 ロバートが苦痛にのたうちまわり、絶叫をあげたり、時には懺悔を口にし泣き濡れるのを見るのは、想像以上だった。

 負荷に耐えられず心停止をした時、何度そのまま永遠の眠りに就くことを考えたか解らない。


 けれどロゼフに会いに行くには、あまりにも罪を犯し過ぎた私達だから、最期まで苦しむことが償いだと思った。


先輩(ロバート)が亡くなったら、次は自分(マローニ)の番。逃げたりしない…………」



 そう思っていたのに、先輩は生き残ってしまった。


 アンシーさんにも、「専門家にロバートの変化を観察して貰えないと困るぞ。こういう分野の伝手が少ないからな」と言われた。



 私には先輩の声は聞こえない。

 でもずっと先輩が、私に訴えているとアンシーさんが言う。


「俺は生きているから、観察を続けてくれ」

「マローニが見てくれないと、俺の変化は誰にも解らないぞ」

「被験体になるのは、俺が死んでからにしてくれ」

「後100年は生きる」

 そんな言葉で、私に観察をするように依頼をしていると。



 さらにアンシーが言う。

「マローニを許してくれって」ずっと叫んでいると………………。


 私の実験は、先輩が死んでからと言う約束だった。

 だから次の私の実験は、まだ行えないと言う。



 私はベニクラゲの観察は出来ても、先輩の声はぜんぜん聞こえない。


 テレパシー能力を持つ人魚達が、時々先輩を見に来ては、感情を吐露して泣きながら帰って行く。

 会話にすることなく、ただ見つめあっているように見えたが、きっと何かを伝えあっていたのだろう。


 逃げられないベニクラゲを殺すのは、簡単だ。

 けれど、そのような行動をする人達はいなかった。


 たぶん生かすことが、罰になると思っているのだと思う。



◇◇◇

 今日も先輩は、用意された水槽で泳いでいた。

 普通のベニクラゲは流されるように動くが、先輩は自ら動いているように思えた。


 まるで私を慰めるように。


 4階の部屋は、直射日光が当たらない位置に水槽が置かれ、私はコンピュータに状況を入力していく。


 観察と共に、週に1回1mm程の組織を切除し、細胞の解析を行っている。

 切除後は、一時的にポリプ(ポリプはクラゲの前の状態)に戻り、止まって見えた。


 痛いのだろうか?


 その後、遺伝子の解析で人間にもベニクラゲにもない染色体が発見されたらしい。

 恐らく2つが、融合されたものなのだろう?



 ウルツァイトさんの召集した極秘の研究チームが、分析を開始したらしい。

 私もそちらに参加した方が役に立てる気がするが、引き続き先輩の観察を指示され、分析したものを見せて貰うことになった。


 ある日、アンシーさんが教えてくれた。

「ロバートがガロウの寿命が尽きそうだから、大事にしてやれって。

 俺のことは、暫く放って置いても大丈夫だからって」



 その悲しそうな表情は、本当に別れが迫っていると言っているようだった。




◇◇◇

 私はアンシーさんに暫くこの建物から離れて、最近建てた民家(になる予定の場所)で暮らすように言われた。


「この島にはこれから人が住み始める。まずは建てた家で暮らして、感想を聞かせて欲しい。不備がなければ同じものをたくさん建てていくから」


 私はアンシーさんの敵だったのに、どうしてこんなに良くしてくれるのか尋ねた。

 

「そんなのは、当然さ。これからこき使って、たくさん働いて貰うんだから!」だって。


 全て諦めて、ガロウを託して逝くのが忍びないと思っていたから、すごくありがたい提案だと思って泣いてしまった。

 ガロウが慌てて私の回りを駆け回り、アンシーさんが頭を撫でてくれた。


 ガロウの様子はぜんぜんいつもと変わらないが、もう高齢ではあるし、一緒にいたいと思って提案に乗らせて貰った。




 その後すぐ、ガロウと2人で暮らし始めた。

 寝ても起きても、ガロウだけがいる生活。

 私はアンシーさんに頼んで、レーションを纏めて購入して貰っていた。

 私はそれを食べて、ガロウの餌はガロウがここに来た時にアンシーさんが用意してくれたものを食べさせた。


 貯金だけはあるから、全額おろしてアンシーさんに預かって貰った。何れガハウェム国が倒れる前に引き出した形だ。

 私に何かあっても、ガロウのことを託せるように。


 アンシーさんには、野菜や肉も手に入ると言われたが、今まで料理をしたこともないから断った。

 ベニクラゲの組織分析の為に、定期的にヘリコプターが飛んでいるので、遠慮はしなくて良いと言われた。


 それでも料理をする時間も惜しいから、レーションで丁度良い。


 この島に今いるのは、(マローニ)とガロウ、アンシーさん、ラウスさん、そして先輩(ロバート)だけだ。

 

 たくさんいた科学者と軍人、レイテストさんは、先輩がベニクラゲに変わってからそれぞれの場所に戻って行った。

 レイテストさんは、アンシーさんのことを心配していたが、弟妹のことを任され戻って行った。

 ラウスさんは用心の為に残ったと言っていた。


 ラウスさんも私に優しかった。

 後に彼の家族のことを聞いて、ベスタエート様が酷い政治をしてきたことが解った。

 ずっと世界情勢を知ろうとせず、狭い場所(研究室)だけで生きたことを後悔した。




◇◇◇

 海が綺麗な場所だから、島を散歩をして1日が終わる。

 山には果物が鈴なりで、山菜等もたくさん這えていた。


(ああ、誰にも採取されず、ひっそりと生き残ったのね)

 元は人に植えられた果物は弱いから、淘汰されてなくなることもあるのに、生き残る強さを見た気がした。


 きっと人間が戻るのを待っているだなと。



 ある小高い丘には、大きな慰霊碑があった。

 何となく、ロバートが殺した人達が眠っているのだと思った。


 今思えば後悔しかないのに、何故あんなに残酷なことが出来たのだろう?

(マローニはこの島には関わっていない。生まれる前のことだった)


 戦争と言う免罪符のせいだろうか?

 自分は優れているから、人とは違うと驕っていたのかもしれない。


 私の先輩(ロバート)は国王の従兄で、国王のベスタエート様にも寵妃のシエラ様にも仲良くして貰って、感覚がおかしくなっていた。

 3人とも雲の上の人だったから、余計に有頂天だった。


 私はただの貴族の下っぱ令嬢なのに、周囲に国王達がいたから、周囲に一目置かれて優遇されてしまった。

 完全に調子に乗っていた。


 私はその空気にのまれ、ガロウまで傷つけてしまっていた。


 そんな異常さを正してくれたのは、ロゼフだった。



 亡くなった人には謝れない。

 生きている人に許されても、どうにもならないことがある。


 もう既に遅いのだ。



 けれど私は慰霊碑に向かって謝罪した。

「すみませんでした。これからは出来ることで、償いをしていきます。

 私が言う権利はないですが、どうかゆっくり眠って下さい」


 許してなんて言えない。

 許されることではない。



「クゥン、クゥ」

 心配して足にすり寄るガロウを、私は強く抱きしめた。


「ガロウにも酷いことをしたよね。それでも傍にいてくれてありがとう。うっ、ひぐっ、あぁ…………」

「クンクン、クゥン」


 涙を舐めてくれるガロウ。

 全てを受け入れてくれる私の家族。


 本当に居なくなってしまうのだろうか?

 私の前から?


「ガロウ、死なないでね。いつまでも一緒にいてね」

「ワフゥ、ワフォン!」

「約束だよ、絶対だよ!」

「ワッフ、ウファン!」


 たくさん泣いて、泣いて、元気にガロウが吠えて、涙を拭いて家に戻る。

 幸せな日々が続くように、毎日を噛みしめてずっと一緒に。


 

 不安な言葉を頭から消して、でも寝るのが怖くてガロウの存在をいつも感じながら過ごした。




 そして2週間が過ぎた朝、ガロウは目を覚まさなかった。





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