一休和尚、屏風の虎を退治する話 (十二).
あらかた事情は理解できました。ですが、まだ腑に落ちないところがございます。
「しかし……、屏風を燃やしたことで、殿様のお悩みは解決するのですか?」
「あれが解決の手段とはいい難いな」
「それならば、なぜ……」
「屏風を燃やさせたのには二つ理由がある。
ひとつは簡単な理由。
あの奥方様から、殿様の不在を告げて男を招く手段を取り上げることじゃ。
屏風が通信手段そのものだったのじゃから、屏風を失えば当然、男に報せる手立てがなくなる。
もうひとつは、殿様の気持ちが堅いのか確かめるためじゃ。
口で、いくら妻との平穏な暮らしを望んでおると申されても、そっくりそのまま受け取れるほど、わしは人間ができとらんわい。
もし、あのとき、屏風を燃やすのを拒めば、しょせん殿様の気持ちもその程度と受け止めて、わしは手を引くつもりだったのじゃ。
しかし、あの殿様の気持ちは揺るがなかった。
おそらく、わしの真意をつかむために考える時間は必要だったようじゃが、真意を理解すると、その決断は早かったの」
お師匠さまと殿様のやりとりを思い出してみると、あの光景がまた違った形で胸に蘇るのを感じました。
「殿様は、あの奥方様を失うのが屏風を失うよりよっぽど嫌だったのですね」
「そうなのじゃろうな」
「ですが、奥方様があの若い画僧のことを諦めなければ、また別の手段を使うのではありませんか?」
「あれが解決の手段たりえぬのはそこじゃ。
男女の色恋沙汰など、少々の障害で阻めるものではない。
屏風を燃やしたとて、それは一時的な障害でしかないからな。
じゃが、ふたりの逢瀬に時間を空けることはできる。
さらに、わしの狂言の意味は、当事者であれば十分にわかるものじゃ。奥方様も、若い僧も、自分たちの密会が殿様に気づかれていると悟ったであろう。
それでも密会を続けることはできるのか?
お互いがそのことを考える時間は、屏風を失ったことで十分にある。じっくりと考えたうえで答えを出せばよい。ふたりの恋が極限にまで深まっておれば、手と手を取り合って逃げるのも答えじゃ。わしは、ふたりの結論を妨げるつもりはない。ただ、時間を作ったのじゃ」
わたくしは少し身を乗り出しました。
「今朝、あの若い僧は旅立ってしまいました。あれは、修行の旅に出たのではなく、本当は逃げ出したということですか?」
「さてな。そこまではわからぬ。本人が口にしたように、これまでの自分を顧みて、改めて修行をし直す考えに至ったのかもしれんし、お前のいう通り、ただ逃げ出したのかもしれん。いずれにせよ、あの僧は奥方様から離れることにしたわけじゃ」
「残された奥方様はどうされるでしょうか? 殿様との関係は修復されるのでしょうか?」
お師匠さまは首を振りました。
「そんなことわかるものか。ただ、あの奥方様は殿様の気持ちを理解できたであろう。不義を働いた自分を責める気持ちを持たず、関係の修復を望んでいることも。
その先は夫婦の問題じゃ。わしは立ち入るつもりなど毛頭ないわい。ふたりで勝手に決めればよいのじゃ。
それに、わしは殿様にいった。
『屏風に居座る虎に説教しても、相手が聞き入れるか読めぬ。わしにどれほどのことができるかわからぬぞ』、とな」
「それって……、奥方様に殿様のお考えを気づかせても、どうなるかわからぬぞ、という意味でしたか。
つまり……、お師匠さまのいう『虎』は、奥方様のことでございましたか」
「奥方様は、殿様を『虎』になぞらえておったがな」
ようやく、お師匠さまのお考えがわかってきました。
お師匠さまは、初めから問題を解決するつもりはなく、当事者同士で答えを見つけ出させるつもりだったのです。
お師匠さまは、それを言葉でなく、とんでもない狂言で伝えたのでした。たしかに、説教臭い言葉より、あれのほうが強い印象を与えられたと思います。翌朝には、少なくともひとりは答えを出していたのですから。
真相は明らかになりました。ですが、わたくしの心はもやもやしたままです。
「ところで、お師匠さま。せめて、ご住職さまには事の真相をお伝えしてもよかったのではないですか? あの方は、お師匠さまが殿様にひどいことをなさったと本気で怒っていらっしゃったのですから」
「わしのことをとんでもない奴だと思いたければ思わせておけばよい。それに、男女の秘め事にかかる話など、あの堅い住職には刺激が強すぎるわい」
そうおっしゃると何が可笑しいのか、お師匠さまは空に向かってお笑いになりました。
わたくしはといえば、足が痺れてきたのにも気づかず、お師匠さまの横顔をただぼんやりと眺めているだけでございました……。
あれから、ずいぶんと時間が経ちました。
あの殿様と奥方様は、少なくともわたくしが知るかぎり、仲睦まじく生涯を共にされました。奥方様に浮ついた噂が聞こえることもございませんでした。ただし、おふたりがどのような答えを出されたのか存じません。お師匠さまがおっしゃった通り、よそ者が立ち入ってよい話ではないでしょう。
一方、あの若い僧は長い修行のすえ、名のある画僧としての地位を築き上げました。
どこか大きな寺をお訪ねになれば、その僧が描いた掛け軸など目にすることがあるはずです。
時が経ち、残るものがあれば、失われるものもございます。
応仁の大乱で、あの寺も、殿様のお屋敷も焼け落ちてしまい、当時を思い出させるものはことごとく失われました。
それでも、どういうわけか、あの屏風の話だけは状況や結末などが改変されながら残ったようです。
想像ですが、寺の者か、あるいはお屋敷にいた誰かが何かの折に話したことが、誤った形で広まったのではないでしょうか。
まぁ、今お話しした通り、さるお方の秘め事に関わることゆえ、これまで誰にも本当のところを話さなかったわけです。真相を知らぬ方が、勝手な想像を膨らませてあの話を違う話にしてしまっても無理はないでしょう。
ずいぶん前に入寂されたお師匠さまも、致し方ないとお考えになられるのではないでしょうか。
いや、あのひねくれたお師匠さまのことです。
ひょっとすると、いかにも苦虫を嚙みつぶしたような顔で、この世を睨んでいらっしゃるのかもしれません。
「勝手な話をでっちあげおって」などとぼやきながら……。
『少しお節介なTips集』
応仁の大乱 … 応仁元年(1467年)から文明九年(1477年)ころまで起こった内乱。将軍の後継問題をきっかけに、政所執事の伊勢氏、管領の細川氏・斯波氏・畠山氏などが東軍と西軍に分かれて争った。この内乱で京の都は壊滅し、室町幕府の威勢は衰えた。この内乱は結局、勝敗がつかないまま終息したが、この戦乱は各地に影響を及ぼし、新たな内乱や戦乱が起きるようになった。直接的な原因とまではいえないが、これをきっかけに時代は「戦国時代」へと変わっていくことになる。
『屏風の虎』のエピソードについて
一休さんのとんち話として有名な『屏風の虎』のお話。
この物語を創るにあたって、原典を参照しようと、『一休ばなし集成』という本を手に入れました。江戸時代に刊行された、一休さんの説話集『一休咄』『一休関東咄』『一休諸国物語』が収録されたものです。
これを読んで初めて知ったのですが、この『屏風の虎』のお話はどこにも載っていませんでした。あの話は、江戸時代には存在しなかったのです。
その後、いろいろ探したのですが、明確に原典と呼べるものは今も見つかっていません。かろうじて、明治時代に講談として語られていたことがわかりました。どうも講談師による創作ではないか。そう考えています。
江戸時代に成立した一休さんのお話は、いわゆる「だじゃれ系」、一休さんのキャラクター性をフィーチャーした「キャラ系」に分けられると思います。
「だじゃれ系」は、『このはし渡るべからず』に代表されるもの。一休さんは漢詩だけでなく、和歌も数多く詠まれていますが、掛詞を多用した作風に特徴があります。当時のひとは、一休さんの掛詞好きから、『このはし渡るべからず』のエピソードを考えたようです。
「キャラ系」は、風狂人として知られた一休さんらしい話のことです。僧の身でありながら、魚介を食べる話などがそうです。「それは破戒ではないのか」と問われて、「問題ない」と返す一休さんの答えの内容は、「とんちが効いている」というより、「煙に巻いている」が近いように思います。しかし、仏教とは何か、という思想に根差しているので、あまり屁理屈だと思われません。
『屏風の虎』の話は「キャラ系」に近いのですが、仏教、あるいは禅の思想が見られないので、いわゆる一休咄と異なります。その意味でも、明治以降の創作説を採りたいところです。
ピースの又吉氏が、このエピソードに対し、「(とんちが)弱いのではないか」と違和感を口にされたそうですが、すごく鋭い指摘だと思います。
とはいえ、人気も知名度も一番高いお話なので、自分なりに一休思想を盛り込んだ話に仕立て直しました。表面的なことに囚われない、本質を重視する一休さんの姿勢が表現できたと思っていただければ、この物語は成功だと思います。
参考文献:
『オトナの一休さん』NHKオトナの一休さん制作班 KADOKAWA
『一休宗純 狂雲集』柳田聖山訳 中公クラシックス
『一休道歌 三十一文字の法の歌』編注・禅文化研究所
『一休ばなし集成』 三瓶達司+禅文化研究所編
※永享十年などの一休さんの動向については、『一休宗純 狂雲集』に掲載の年譜を参考にした




