23 覚悟を決める
食堂を開くため、建物の修繕に必要な材木と、新たな食材。
そしてレモンキーという強力な仲間を手に入れた私たち……だったんだけど。
全てが良いことづくめ、というわけにはいかなかった。
一族の代表としてマンドラ騎士団に加入することになったフライス。
彼を引き連れ、大人数でゾロゾロと魔境の村に帰還した私たちを待ち受けていたのは、立派な鎧を装備した一団だった。
「む、来たか……」
向こうもこちらに気付いたのか、集団の中でも特に豪奢な装備をした男の人が私に近寄ってきた。
あれ? この人ってもしかして……。
「……其方がジュリアか?」
「は、はい……」
視界の端で、フライスが前に出ようとするのが目に入った。
それをクロードがギリギリで止めてくれた。良かった、今はそれで正解だ。
突然の事でビックリしたけれど、やっぱり私、この人の顔に見覚えがある。
いや、正確には似た容貌の人を、という意味でだけれど。
「おい、貴様! モノルワー殿下の御前であるぞ! さっさと跪け!!」
「あっ、申し訳ありません!!」
「ふんっ、面倒なのでそのままでよい。……大した要件では無いから手短に話すぞ。私も暇ではないのでな」
道理でこの人、私が助けた王子様に似ていると思った。
やっぱりこの人が、魔境村の軍を率いているモノルワー殿下だ。
「其方は我が兄、ヘインター兄上の呪いを解いたそうだな」
「はっ、はい!! マナコンダによる石化呪いは、私が浄化いたしました……」
「……そうか。まぁ、今はその話は良い。それよりも……なんなんだ、この集団は」
「うっ、それは。その……」
ギロ、と音が鳴るかと思うほどに、威圧の乗った睨みが私に向かう。
たぶん今の私は、誰の目から見ても青褪めていただろう。
いや、自分でも分かるほどに顔面は蒼白、冷や汗はダラダラ、身体はガタガタと震えていた。
やばい、軍に目を付けられた……。
別に私が魔境の村で大人しく過ごしている分には、ファウマス国や軍も何も言わなかったかもしれない。
だけどここへやってきて僅か三日で、私はかなり目立つことをやってしまっていた。
もはや言い逃れの出来ない状況に、どう説明したらよいのか分からずに頭が混乱する私。
「村に傭兵の出入りを許可しているとはいえ、あくまでもここは軍の管轄地だ。たとえ兄上を救った者であろうと、問題を起こし、治安を乱すようであれば我が厳正な処罰を下す。……それは分かっているな?」
「はい……御尤もでございます……」
「ここより先に追放するとならば、魔王の前に餌として吊るすしかなくなる。……この意味も理解できるか?」
それは暗に、私がこの村でこれ以上余計な事をするな、という意味だ。
これから魔境で食堂をやろうとしていることも、もしかしたら把握しているのかもしれない。
つまりモノルワー殿下は、事前に私へ釘を刺しに来たのだ。
直接、会いに来てまで。
「しょ、承知いたしました……!!」
だけど私は嫌だ、とは言えなかった。
やりたい、やらせてくださいという言葉が出なかった。
――この私が、恐怖で屈してしまっていた。
威厳と殺気を混ぜたオーラに当てられ、身体のありとあらゆる場所から液体を垂れ流す私。
それを吸った何かの植物が芽吹いて足元が草原になりかけている。
やめて、今は本当に何もしないでよ、私の浄化能力……!!
幸いにも、モノルワー殿下はそれに気付かなかったようだ。
もはや私には興味も失ってしまったのか、「用は済んだ。帰るぞ」と言って隊を連れて去っていった。
危なかった、これ以上なにかをやらかしたらこの場で餌にされるところだった。
「こ、怖かったぁ……」
「ジュリア、大丈夫……?」
「クロード……」
ホッとしてペタン、と地面の腰を落としてしまった私を、クロードが優しく抱き寄せる。
優しく頭を撫でながら「大丈夫だから」と宥めてくれる彼の表情は、とても複雑そうだ。
きっと私への心配と、権力者相手に何もできなかった悔しさがない交ぜになっているんだろう。
うぅ、申し訳ない。
私の考え無しの行動の所為で、無関係な彼にまで心配を掛けちゃった。
『ふんっ、クロードが止めなかったらボクがあんな奴ぶっ飛ばしたのに』
『やめとけ、フライス。事態をややこしくさせて、姫を困らせる気か? それに、だ。クロードの坊主は、俺たちのことも考えてくれたんだ。逆にこっちが礼を言わなきゃならねぇんだぞ』
……残念だけれど、キャロの言う通りだ。
モノルワー殿下は王子であると共に、軍の騎士団長でもある。
つまり軍にとっても、傭兵にとっても、私より彼の方が魔境にとって必要な存在なのだ。
そんな彼を怒らせたら、間違いなく私の居場所は無くなってしまう。
それだけじゃない。
本来の住人では無いマンドラゴラやレモンキーたちだって、みんなから敵視される可能性だってあったのだ。いくら元騎士団長だったブルーノートさんが知人に居るとはいえ、庇い切れることじゃないと思う。
なにより、モノルワー殿下は少なくとも間違ったことは言っていなかった。
……言い方は、兎も角として。
「ありがとう、クロード。また守ってもらっちゃったね」
「……いや、重ね重ね自分の非力さが嫌になるよ。親父ならもっと上手くやったと思う」
「……」
そんなことないよ、と口を開きかけて……何も言わずにそのまま閉じた。
私が今そんな事を言ったって、何の慰めにもならない。
……私も悔しいよ。
何も持たない私が、ようやくここで出来ることを見つけられた。
夢が、家族が……って喜んでいたところだったのに。
このまま普通に食堂を開こうとしても、絶対に潰される。
もしそうなったら――私だけじゃない、みんなもきっと悲しんでしまう。
そんなの、絶対に嫌だ。
もっと成長しなくっちゃ。
自分のやりたいことを貫き通せるぐらいの、強さを持たないと。
周りに迷惑を掛けないぐらいの見識と経験を身に着けよう。
じゃないと私はただ、この先も誰かに頼り切った生活しかできない。
そんな私は、この村の住人として相応しくない。
キャロやフライスたちと一緒に居る資格もない。
そしてクロードの隣りに立つことだって……。
「私、絶対に魔境食堂を成功させる。この村の住人として、ちゃんと皆の役に立てるんだって証明する。……それで、あの皮肉臭い殿下にだっていつか私を認めさせてやるわ」
――私は今日味わったこの悔しさを、絶対に忘れない。
こちらで第一部終了です。
次回は書き溜め次第更新いたします。