五十六話 ブッケネ国のトットン村
今回は下ネタ強めです。
苦手な方は飛ばしてください。
都営バスに乗り込んだ俺達は、最速で王国領土を抜け出した。
もたもたしていると捜索の手が届いてしまうからである。
王国のヒーローから一夜にして重罪者に落ちてしまうとは、我ながらなんとも情けないというか悲しいというか。でも後悔はない。
ぶおおおおおおおおっ。
エンジン音を響かせ都営バスが車体を上下させる。
現在は深い森の中を走行中。すでに王国から西の位置にあるブッケネ国に入っている。これだけ距離をとれば、もう追いつかれる心配もないかもしれない。ここらでしっかりと休息をとるべきだろう。
バスを停車させた俺は、適当な場所を剣でなぎ払って草を刈る。
リュックから調理器具と食材を取り出すと、近くに地下シェルターの蓋をセットした。
時刻はすでに午後五時を回っている。空はほんのりと紫色に染まっていた。
今夜の夕食はエレインお手製のシチューだ。
ぐつぐつ煮込まれる肉と野菜の良い匂いが食欲をそそる。
エレインが調理中の間、ロナウドは昼間にとった獣の肉に味付けをして蒸し焼きにする。リリアは猫じゃらしでピーちゃんと遊びながらパンを炙っており、俺はその様子を見ながら金属をこすったり叩いたりしていた。
「これをこうして……完成」
何個目になるか分からないアクセサリーが完成。
それからスロットにほどほどの能力を付与する。
これは以前から考えていたアイテム屋の準備である。
もちろん冒険業の傍らで行う副業なので、ほどほどに儲けるつもりだ。
それに何らかの理由で冒険者が続けられなくなった時、やはりその穴を埋められるようにしておかないといけない。
貯蓄だって心許ないしなぁ……。
それはそうとそろそろアレの作成に取りかからなければいけない。
魔道具作成スキルを開いてウィンドウをスクロールする。
お目当ての物が出てくるとニヤリとした。
【防音機】
機能:一定の範囲を防音するアイテムだよー。誰にも話せない秘密の話をする時やあんなことやこんなことをしたい時に便利ー。義彦の場合は完全に後者が目的だよねー。このスケベさんめー。
【淫魔香】
効果:匂いを嗅ぐとムラムラしちゃうお香。
【夜獣王α】
効果:変態さんめー。
ぬふふふ、今夜はしっぽり愛し合うのだ。
実は数日前、めでたく俺はエレインと結ばれた。
もちろん物理的にである。
そう、俺は童貞を卒業したのだ。
苦節三十年余り。ここまで来るのは長かった。
俺も遅れながらようやく大人の階段を上ったのである。
……ただ、ここにきて一つ問題が生じていた。
自分でもヤバいと思うくらいに盛っているのだ。
長らく我慢してきた反動もあると思う。今まで知らなかった充足感と快感に溺れるのはむしろ当然。これで賢者になれる奴は間違いなく悟りが開けるだろう。
まぁこれが俺だけならなんとかなったかもしれない(たぶんならないが)。
エレインも俺と同じ状態なのである。
二人揃って盛りまくっていた。
なのだが、近くに仲間がいて、場所もなくて、時間もなくて、もやもやが日々募るばかり。
中途半端のまま時が過ぎるほど、互いの渇望はひどくなり辛い状況となっていた。
そこで俺はこれらの道具を作る決断をした。
いや、作らなければならない。
これは愛し合う二人にとっての急務なのである。
チラッ。
エレインと目が合うと顔がにやけそうになる。
ヤバい。俺の嫁って可愛すぎるよな。
ドキがムネムネで吐血しそうだ。もう眩しくて直視できない。
「なぁ、なんで義彦はあんなにだらしない顔をしてるんだ?」
「こういうのは見て見ぬフリをするでござるよ。知らない顔をしてやるのが大人というものでござる」
「もしかして時々エレインが泣いているのが関係しているのか」
「リリア殿! それ以上はアウトでござる!」
おい、聞こえてるぞ。
エレインが恥ずかしさに逃げたじゃないか。
それはそうとさっそく道具造りにとりかかるか。
まずは防音機。こればっかりは他人任せにできないから悲しい。
ほんとマジで普通に目的の物ができて欲しい。
防音機は住宅用火災報知器みたいな見た目で、仕組みもそれほど難しくはない。
難点は範囲がそれほど広くないことと、防音機能もあまり高くないことだ。せいぜい音の大きさを半減させる程度。
それでもないよりはマシなので一心不乱に作る。
ぺかーっ。完成した物が光る。
運の悪いことに会心の出来が出てしまった。
【鑑定結果】
道具:敵性警報器
解説:一定の範囲に入った敵意のある存在を知らせてくれるよー! これ、すっごく便利で、設定次第で一軒家から小さな島までカバーできるんだー! 良かったね義彦!
あ、うん……。
嬉しいけど今は嬉しくない。
よ、よぉぉし。次だ次。
【鑑定結果】
お香:幻楽香
解説:吸い込むと良い気持ちになって痛みとか忘れるお香だよー。おまけにすっごくリアルな幻や幻聴が聞こえるようになるから、使い方次第では割と良い道具かなー。依存性があるから気をつけてねー。
おぉぉぉぉいっ! ヤバい奴じゃねぇか!
どうせ麻酔代わりにでも使えって言いたいんだろ!
半ば投げやりに最後の道具を作る。
どうせこれも狙いからはずれてんだろ。
もう分かってんだよ。
【鑑定結果】
飲み薬:真・夜獣王α
解説:一度飲めば死にかけの年寄りでも三日間を獣のように走り抜ける秘薬。その効果はまさに絶大。男女で飲めばきっと最高の時間を過ごせること間違いなしー。義彦もこれを飲んで性なる獣になっちゃうかぁー。
きたっ! こういうのだよ!
俺が求めていたのは!
ぐふふふふふ。忘れないように作成結果をメモっておこう。
ついでにエレインの分も作ってと。
「できましたよ!」
食事の準備ができたようなのでたき火の前に移動する。
器に入れられたシチューを口に入れると、とろりと濃厚で何杯でもいけそうだ。
「お味はどうですか?」
「最高に美味い」
「ふふっ」
顔を赤くしてほころばせる彼女に内心で悶える。
なんだこの生き物。可愛すぎるだろ。
ぐふっ、好きすぎて心臓が痛い。
「どうした義彦、胸が痛いのか?」
「見てはいけないでござる。あれは一種の病気でござるよ」
「病気なら大変じゃないか」
「心配ござらん。放っておけば勝手に治るでござるよ」
ずいぶんな言い方だ。でも否定はしない。
俺は恋という病にかかってしまったのだから。
そして、このシチューのように煮込まれて恋は愛へと昇華する。
「ミャ……」
「なんだよその顔は」
ピーちゃんが呆れた眼で俺を見ている。
猫のくせに人間様を下に見るんじゃねぇ。
いや、ホムンクルスだったか。どうでもいいけど。
食事を終えると、ふと自身の腕にはめられている物に目が向いた。
偉大なる錬金術師の腕輪か……。
未だに起動方法も分からず、すっかりただの装飾品と化している。
すんごい道具ってことはなんとなく分かるが、使えないんじゃ意味はない。
せめて起動方法さえ分かればなぁ。
とりあえず使い方が分かるまで付けておくか。
その後、俺達はそれぞれ夜を過ごした。
◇
ブッケネ国は山の多い小国だ。
そのほとんどは森に覆われ未開の土地も多い。
とはいえ悪いことばかりでもない。
山の恵みは豊富だし生き物も数多く生息している。
言うなれば食料の宝庫。しかも珍しい鉱物も多く採掘されているとかで、意外にも国民は裕福な暮らしを送っていた。
「うの゛ぉ~」
「うほほほっ、モフモフでござるよ! 興奮するでござる!」
トットン村に到着した俺達は、最初に見た光景に衝撃を受ける。
羊のような牛が村の中を闊歩しているのだ。
しかも村人はほぼ全員が武装していて身体がごつい。
山賊の根城に来てしまったのかと思ってしまったほどだ。
羊のような牛に飛びついたロナウドは、白いふわふわの毛に埋もれてはぁはぁ息を荒げている。
母親が「見ちゃいけません」と子供を連れて逃げていた。
俺達もあいつとは無関係を装った方がいいかもな。
「ここには良い宿の匂いがします」
ぴぃぃん、ニュータイプのごとく何かを感じ取ったエレインが呟く。
絶対に碌な宿じゃないだろうと思いつつ、彼女の言う良い宿を探すことにした。
正直そろそろまともなベッドで寝たいと思っていた。
ここ数日バスの中や地下シェルターの中ばかりだったし。
平均睡眠時間も三時間が続いていたから、どこかでゆっくり休みたい気分だったのだ。
もちろん夜中にナニをしていたのかは語るまでもない。
「「ふわぁ~」」
「最近、エレインも義彦もよくあくびをするな。眠れてないのか」
「ね、寝てるし!」「寝てますよ!」
「ほんとはアタシに黙ってなにかやってたりして」
「「うっ」」
ヤッてます。それもめちゃくちゃに。
でもそんなこと言えるわけがない。
ロナウドも分かってるならそれとなく教えてやればいいのに。
「こ、こっちにありそうなきがしますっ!」
エレインが明らかに動揺した態度で先導する。
リリアはまるで容疑者がクロかシロか見定める熟練刑事のような眼をしていた。
こいつ……無知な割に何かに感づきつつあるぞ。
「それにしても結構大きな村だな」
「はい。このトットン村はブッケネ国の中でも有数の観光地ですからね。王国でも有名な場所と聞いていました」
「…………」
俺とエレインは連れ添って歩きつつ村を見る。
トットン村は往来が多く、それを目当てに店なども多い印象だ。
「この村には温泉というものがあるそうです。常にお湯が沸き出していて浸かると寿命が延びるとかなんとか。それに珍しい魔物も出没するみたいで、冒険者もこぞってここに来るらしいですよ」
「へぇ、じゃあ数日ここで過ごしてもいいな」
「…………」
俺とエレインは後ろを振り返った。
そこにはピーちゃんを抱いて俺達を観察するリリアがいた。
眼は細められ明らかに怪しんでいる。
まるで浮気調査をする探偵のような眼だ。
「少し前から思ってたけど、二人から変った匂いがするんだ」
「「うっ」」
「夜中さ、おしっこにいくとバスがギシギシ揺れてて……」
「「もう止めて! 許して!」」
ここまではっきり詰められると逃げられない。
というか生々しいことを聞かないでくれ。
どんだけ精神腹パンするつもりだよ。俺もエレインもHPゼロだよ。
いずれきちんと教えることを条件に、ひとまずリリアを納得させた。
「ここです」
エレインの見つけた宿は、日本式の家屋によく似た造りの大きな建物だった。
どっちかというと宿というより旅館だな。
表の看板には漢字に似た文字ででかでかと『宿』と書かれていた。
「ほう、これはもしや同胞の経営する宿でござるかな」
いつのまにか背後にいたロナウドが嬉しそうに宿を見ていた。
だとすると稲穂の国の人がここにはいるってことか。
不意に宿の奥から硫黄のような臭いが流れてくる。
もしかしてこの宿、温泉を引いてるのか。
ヤバい、エレインが選んだ宿なのにスゲぇ泊まりたい気分だ。
「いらっしゃいませ!」
引き戸を開ければ着物を着た仲居さんが迎えてくれる。
ただ顔が西洋人なので妙な感覚を覚えた。
ほんの一瞬だが日本に帰ってきたような気分になっていたからだ。
エレインがチェックインを行う。
「ご宿泊は?」
「二泊でお願いします」
「部屋数はどういたしますか」
「二人部屋を一つと、個室を二つ」
エレインが振り返って『二人の部屋だよ』と意味を込めて頷く。
俺も応じるように頷いたところで、何も分かっていないリリアが割り込んできた。
「なんで個室なんてとるんだ? いつもは男と女で二人部屋をとるじゃん」
「えっと、それはね……」
気まずい空気が漂う。
しどろもどろで視線を彷徨わせるエレインと、察しの良さで理解している仲居さんがあからさまに目をそらしていた。
ロナウドに至っては気配を消してピーちゃんをひたすらに撫でていた。
リリアの視線が俺に向く。
「なんで個室をとるのか義彦は知ってるのか?」
「うぐっ」
「なんでなんだ。なんでアタシに隠すんだ」
やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!
もう死体にむち打つような真似は止めてくれよ!
あれなのか、本当は分かってて殺しに来てんのか!?
「少々値が張ることになりますが、みなさま個室にしてはどうでしょうか?」
機転を利かせた仲居さんが素晴らしい提案をしてくれた。
それだよ。全員個室なら問題ない。
公平だし、もし誰かの部屋で寝たってなにも問題ない。
せっかくの温泉宿なんだ、贅沢してもいいよな。
「全員個室かぁ。それなら別にいっか」
よしっ! ひとまずの危機は超えた!
あぶなかったぁ。冷や汗が止まらないぜ。
俺達は部屋を案内される。
宿はところどころ洋風も入っていたが主に和風テイストだ。
扉もほとんどが引き戸で、部屋の中は畳が敷かれている。
「どうぞ、お部屋です」
最後に俺の部屋の扉が開けられた。
……うん。そうだったな。すっかり忘れてた。
ここがエレインの選んだ宿だってことを。
部屋の中央には幽霊だろうと思わしき奇怪な物体が立っていた。