12-1:成長
「本当に、あんなところに採取ポイントがあったんですねぇ」
そうしみじみと真理恵さんが言うのは、第十一階層“森の砦”にある青キノコの採取ポイントの事だ。
先日実施された承認投票にポータルの限定的解禁が入っていた。
ポータル解禁は先へと進む攻略の助けになるのはもちろん、攻略済みの階層に引き返して素材を採取する助けにもなる。俺にとっては第十一階層の青キノコがそれだ。回復薬の回復量を増加させる超重要アイテムであるにも関わらず、俺が知る限り採取ポイントは“森の砦”の一か所だけ。往路はともかく復路が面倒なので、これまでは在庫切れの直前まで採りに行くのが躊躇われたのだが、これからはポータルを使って気軽に取りに行ける。
……というような話を真理恵さんにしたら、「青キノコですか?」と首を傾げられた。
なんと、真理恵さん青キノコの存在を知らなかったのだ。確かに判り難い配置になっていて、気付いていないプレイヤーも多いんじゃないかと思ってはいたのだが、全プレイヤー中、“森”ステージ滞在時間が最長になるであろう真理恵さんまで気付いていないとは意外だった。
午前中に一度採取を行い、“森の砦”から真理恵さんの部屋に転移。
昼飯を食ったらリポップを待ってもう一度採取に行くつもりだ。
現代的なマンションのような部屋、ローテーブルに差し向かいで飯を食うのに鎧姿も無い。二人して楽な格好に着替える。着替えると言ってもメニュー操作で行う一瞬の換装だ。途中で一瞬裸が見えるなんて事も無い。アナログ操作で普通に脱いで着てってのもできるが、普段からそんな面倒なことはやってられない。
さて、俺はいつものジャージ。
そして真理恵さんもジャージを着ていた。
最近になって真理恵さんもジャージを愛用しだしたのである。
これが俺の影響で、というなら良かったのだが、なんのことはない織姫リスペクトの結果だった。俺と清一郎がしばしば男同士で飲みに行くように、真理恵さんも織姫や梓と女子会を行っているらしく、師弟関係にもあるからして織姫から影響を受けるのは避けられない。まあ、あの奇天烈な言動からは一切の悪影響を受けていないようだし、結果的にジャージカップルになったのだから幸いだ。
もう一つ。
スタイルが良くて胸の大きな女性がジャージを着ると独特な色気があってとても良い。あからさまではなく、しかし適度に体のラインが出ていて、柔軟な生地は余計な締め付けをせずに豊かな双乳の曲線を素直に描き出してくれる。良い。とても良い。
「……真理恵さん、一つお願いがあるんだけど」
「? なんでしょう?」
「おっぱいを触らせてくれないだろうか」
「触るだけですか? 揉むのではなく? いえ、どちらでも構いませんけれど、城太郎さんなら別に私の許可なんか求めずに好きなようにして良いのですよ?」
「そういうわけにもいかないでしょ」
初体験のアレから真理恵さんは未だに“肉奴隷と御主人様”設定を持ち出してくる。でも俺としてはちょっと特殊なプレイを織り交ぜているだけの普通な男女の関係という線は崩したくないので、プレイ中ならともかく、普段から女性の意思を無視して振る舞うつもりはない。おっぱいに触りたければ許可を得る必要があるのだ。
ともあれ、許可は出た。
掌と指をおっぱいの曲面に沿わせてぴたりと重ねる。
ついでに揉む許可も出ているが……揉まずにそのまま十秒数えて手を引いた。
「ふう」
じんわりとした達成感が湧いてくる。
「あの、今のはどういう? どうしてそんなに満足そうな顔を?」
「俺は今自分の成長を実感しているんだ」
そう、成長したのだ。
以前の俺だったおっぱいを揉める状況にいながら揉まずにいることなんてできなかっただろう。なんなら事故で触ってしまった織姫のおっぱいを無意識のままに揉んでしまったくらいに、揉めるチャンスは逃さずに揉んでいただろう。タイタン戦の後には無我夢中に三十分くらい揉み続けていたのもある。
ところが、揉める状況にあり、実際に触れていて、後は指に力を入れれば揉みが成立する状況から、揉まずに手を引くことに成功した。揉みたいという本能を理性が凌駕したのだ。
自室に引き籠っていた俺は、女性とお付き合いするどころか知り合う機会さえなかった。だからこそ女体への憧憬ばかりが募り、理性が飛んで暴走気味になることもあった。が、真理恵さんというパートナーを得て色々と経験し、ある種の余裕が生まれた。揉める状況でも揉まずに手を引ける。本能と理性のバランスが理性の側に傾いたのだ。
これを成長と言わずして何と言う。
「私は本能のままに貪り尽そうとする城太郎さんも素敵だと思います」
「抑える必要の無い時にまで抑えるつもりはないよ」
「それでこそ城太郎さんです。……成長ということなら、そろそろコンニャクを卒業して頂けると嬉しいのですが」
「う……善処します」
未だにコンニャクでペチペチすることしかできないのをチクリと刺されてしまった。
そっちはなかなか成長できないんだよなぁ……。
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昼食後のまったりとした時間、話題に上ったのは青キノコと回復薬の件だ。
青キノコの有無で回復薬の効果が一割から二割は変わってくる。同量のHPを回復させようとするとより多くの回復薬が必要になり、HP量が多い真理恵さんだとそれは特に顕著になるだろう。ところが、これまで真理恵さんに回復量不足に悩んでいるような素振りは見受けられなかった。
「普段はあまり急いで回復しようとしませんから」
「あ……うん、そうだね」
理由を聞けば引きながらも納得してしまう。
ダメージを受けた場合、俺だけでなく普通のプレイヤーは可及的速やかにそれを回復させようとする筈だ。常にHPを満タンにしておきたいというゲーム的な理由があり、それよりも特殊仕様の痛覚再現があるから、痛みの元になるダメージを消してしまいたいからだ。自然、回復薬の使用頻度は高くなるのだが、続けざまに飲めばポーション酔いの症状が出てしまう。だから使用数を減らすためにも回復量の多寡はとても重要なのだ。
しかし変態は違う。
この仕様、変態は“ダメージを回復させなければ、快感を継続させられる”と独特な変換をしてしまうのだ。回復を急ぐ訳が無い。普段のフィールド探索は「三割減ったくらいをキープしているとムズムズするような丁度良い感じです」といった具合に、わざとダメージを残したりもするらしい。そうも言っていられないボス戦では、主に俺が“投げ付け”で回復させていた。
「城太郎さんの回復薬は効きが良いと思っていたのですが、調合レベルの差が出ているのだとばかり」
そんなプレイスタイルだから真理恵さんの調合レベルは余り上がっていない。
そんな自覚があるから俺の回復薬との違いも調合レベルの差が原因だろうで納得してしまっていたのだ。
ともあれ、これからは真理恵さんも青キノコを使ったレシピで回復薬を調合できる。
「とは言っても、回復し過ぎるのも困りものですし、念のために何本か作っておくくらいでしょうか」
……わざわざ効果の低い回復薬を使うのは真理恵さんくらいだと思う。
そんな話をしつつ、そろそろ青キノコがリポップしているだろうかという頃合い。
「お?」
「あ、運営からですね」
俺と真理恵さんが同時にメール着信した。
運営からの承認投票結果を報せるメールだ。
投票時のやたらと凝ったのとは違ういたって普通なシンプルなメールを開くと、投票の結果によって決定された採用不採用が一覧になっているのだが。
……なんだ、これは。
『プレイヤー様からの要望にありました、ゲームフィールドでの痛覚再現率を100パーセントにして欲しいという件は、賛成過半により採用されました』
投票時、そんなのは見た覚えが無いし、もちろん賛成した覚えも無い。
「あ! 私の要望が採用されてます! 駄目元だったのに、賛成過半ですか。もしかして、意外と隠れMな人がいらっしゃるのでしょうか」
……はあ!?
「ちょちょちょちょっと待ってよ真理恵さん。真理恵さんが要望したのってこれこの100パーセント!?」
「落ち着いてください城太郎さん。はい、私が出した要望はこの痛覚100パーセント再現の件です」
「いやいやいや、おかしいよ。これはおかしい」
変態な真理恵さんが痛覚再現率100パーセントを要望するのはおかしくない。いや、普通に考えればおかしいのだが、変態だから仕方ない。変態がおかしな要望をだすのは別におかしくないのだ。おかしいのは、投票した覚えが無いのに賛成過半で採用となっている点だ。
「おかしいって、どういうことですか? この間の投票にちゃんとあったじゃないですか」
「……え? あった?」
「はい。ありました」
マジか?
真理恵さんがあまりにも当り前なように言うから自分の記憶に自信が無くなってきたぞ?




