11-3:小田原豊:これまでの城太郎君
「痛覚再現率100パーセントか……。遅延策としての効果は大きいな」
「そりゃそうだが、これをやると相当大きな反発があるんじゃないか?」
「運営が勝手にやればそうだろう。しかしこうして要望として出ているのだし、『ユーザーの要望にお応えして』って名目が立たない訳じゃ無い。いや、それだけじゃ足りないか。仕様変更に対する承認は必要になるか?」
「承認って、プレイヤーからのか? 無理だろ、それ」
攻略遅延策としての『痛覚再現率50パーセント』は、ほぼほぼ想定通りの効果を表している。回復アイテムの一つ『回復丸』に痛覚低減効果が付加されてしまったのは想定外で、その分で攻略進度が先行してしまっているが、それもまだ誤差の範囲内。致命的な差異にはなっていない。
逆に言えば、痛覚再現は確実にプレイヤーのゲーム攻略を阻害しているのである。緩和・撤廃の要望が数多く上がっているのがその証拠だ。再現率を100パーセントにすれば確かに遅延策としての効果は大きいだろうが、それら多数の要望を無視して、ただ一人から寄せられた真逆の要望を承認させるのは無理筋というものだろう。
「そこはやりようだな。餌を吊るして……俺がログインしたこのタイミングなら小細工もし易い。過半数の承認ならどうにかなると思う」
そうして雄二が話してくれた“餌”と“小細工”は、なるほど最高責任者の雄二がログインして来たタイミングに合わせれば通りそうなものだった。後から「騙された!」との声が多々上がりそうではあるが。
「そこは『騙すつもりなんか無かった』と言い抜けられるようにするさ。騙されたのではなく、自分が不注意だったんだと思わせれば良い」
「悪辣な……」
「人聞きの悪い事を言わないで欲しいな」
餌だの小細工だのと自分で言っているのだ。人聞きが悪いもなにもない。これが実行されれば簡単に過半数の承認は得られるだろう。
「でも、待ってくれ。それだと城太郎君が……」
顔も知らないプレイヤー達はどうでも良い。
要望した本人である真行寺さんについては考えるまでもない。
ただ一人、城太郎君だけが心配だ。
彼は誰よりも痛みを嫌いながら、「嫌いだけど我慢はできるから」と言って『エクスプローラーズ』をプレイし続けている。しかし痛覚再現が100パーセントになってしまったらどうなるか。ゲームどころではなくなるかも知れない。あるいは「俺にだって意地がある」といつもの口癖を貫いて続行するかも知れない。
「僕は城太郎君に苦行を押し付けたいとは思わない。このkantanの仮想世界でだけは、心行くまでゲームを楽しんで欲しいんだ」
「城太郎君か……さっきは彼もゲームを楽しんでいると言っていたな?」
「ああ。実は城太郎君も一か月ほど遅刻してね。ソロでのスタートになったんだ。でも頑張って、今では“海辺”まで進んでいる」
「遅刻してソロスタートで、か。やるな。彼、この手のゲームが得意だったのか?」
「得意とは言えないな。城太郎のプレイスタイルは“死に憶え”だからなぁ……」
「“死に憶え”? 豊、城太郎君のこれまでの様子を詳しく教えてくれ」
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雄二の求めに応じて、僕は知る限りの“これまでの城太郎君”を話した。
Kantanの仮想世界に来て、“引き籠り”以前の快活な城太郎君に戻っている事。
エクスプローラーズを開始して直後、羊に殺されて死に戻りした事。
初めて猪と戦って痛覚再現を経験し、「どこが痛いか判るなんて凄い」と感動していた事。
「どこが痛いか、か……」
ダメージを受けた部位やダメージの大きさによって痛覚を再現する技術は何も目新しいものではない。それこそ、藤田社長が関わっていた黎明期のシステムにも実装されていたくらいの古い技術だ。関係者であれば「いまさらそんな事に感動されも」と却って困惑してしまうだろう。
「痛覚が再現される事自体にはどう言っているんだ? 彼は殊の外痛みを嫌っているだろう?」
「そこは『嫌いでも我慢できる』そうだ。それどころか死に戻りも余り苦にしていない」
初めての大ボスであるフェンリルに苦戦して死に戻りを繰り返し、“死に憶え”というプレイスタイルを確立させた事を話せば雄二は目を円くして驚いていた。
「どんなに痛くても死に戻ればリスク無しに全回復できるのだから、か。“死の感覚の再現”も城太郎君にとってはそうなるのか……」
「そういえば、ちょうどその頃か。城太郎君からちょっと責められた事があった。例の、ほら、性的なあれこれに関する個人設定。あれの説明をすっかり忘れていてね。他から聞いてきた城太郎君に『なんで教えてくれなかったんだ』って怒られたよ」
「そりゃ怒るのも無理は無い」
「どうも、城太郎君にもそういう欲求があるってがすっぽり抜けてしまっていて。雄二だって判るだろ? 城太郎君の部屋、そういう匂いが無かったじゃないか」
この点、僕が迂闊だったのは否定しないが、しかし言い訳をさせて欲しい。
十代から二十代前半男子の性欲というものは、僕だって男だし、その年代を経てきているのだから重々承知している。僕自身、母親の手によっていつの間にか自室のゴミ箱が蓋付きの物に変えられていたという経験をしている。
それほどまでに、その年代の男子は尽きる事の無い性的欲求を持て余しており、部屋に匂いが染み付くくらいに自慰に耽ってもおかしくもなんともなんともないのだ。だと言うのに、城太郎君が“引き籠り”をしている部屋にはそういう匂いが無いのだから、僕が無意識の内に城太郎君と男子としての性的欲求を切り離してしまっても無理は無いだろう?
匂いの件は、一時期何度も城太郎君の部屋を訪れていた雄二も思い当ったようで、「そう言えばそうだな……」と理解を示してくれた。
「そうそう、聞いてくれ。ようやく城太郎君と酒を飲めたんだ」
「酒? 城太郎君は確か酒で死にかけたんじゃなかったか?」
「ああ。成人直後くらいにね。一人酒して大変なことになった。あれのせいで自分からは飲もうとしなくなったし、僕からも誘うに誘えずだったんだが、仮想世界でならって事でね」
「そうか……ここでなら酒を飲んでも大丈夫なんだな」
「雄二も暫く飲んでないだろ? 今夜にでもどうだ?」
「それも良いな」
そして城太郎君はボス戦に限定した変則的なパーティーを真行寺さんと組むようになり、順調に階層を更新してきた。
「城太郎君と真行寺君が? なんだか意外な組み合わせだな」
「まあ、ある意味水と油みたいなものだからね」
「それもあるが……あの真行寺君と普通に付き合えるなんて、というのが……。俺はあの子の病気を確認するための信号採取に立ち会った。普段は極めてまともなのに、一旦スイッチが入るとかなり強烈な言動を示すようになるんだ。城太郎君じゃあまともに会話が成立しないんじゃないかと思うんだがね」
「……そんなになのか? いや、しかし、昔の快活な城太郎君に戻っているからね、社交性は高いよ? 細かい事には頓着しない良い意味での大雑把さもある。実際、上手くいってるからこそ順調に階層を更新してるんだろうし」
「社交性? ますます俺が知っている城太郎君とは別人みたいだ……」
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一通り、“これまでの城太郎君”を聞き終えた雄二は暫し黙考し、
「城太郎君なら痛覚再現率100パーセントにしても大丈夫だろう。俺には判る」
そう結論付けたのだった。




