7-3:真理恵の病気
「うん、やっぱりそうだ。困っているようなら助けてやってほしいって雄二から資料を預かってる」
豊さんは目の前の何もない空間に指を滑らせている。
不可視化されたままのウィンドウで資料とやらを読んでいるのだろう。
「へえ、真理恵さんも推薦枠だったのか」
だとすれば俺と似たような立場なのか。
賞金レースそっちのけで趣味に没頭しているあたり、他の参加者と毛色が違うと思っていたが、参加にいたる経路自体が違っていたようだ。
「真理恵さんと雄二さんってどういう関係なんだろう? 推薦するからにはそれなりに近い関係なんだろうけど……」
一般参加の応募はかなりの高倍率になったと聞いている。放っておけば人数が確保できる状況で、敢えて推薦者として捻じ込むからには相応の関係性と理由がある筈だ。
しかし俺が見る限り、雄二さんは積極的に異性との交遊を広げていくタイプではないし、直近の数年は例の病気のせいで尚更それどころではなかっただろう。真理恵さんが学生なのか社会人なのかも俺は知らないのだが、仮に社会人だとしても雄二さんと同じゲーム畑ではないと思う。いったいどんな接点で知り合ったのだろうか。
そんな軽い気持ちでの問い掛けに豊さんは即座には応えなかった。
困惑を隠しもしないままに資料を読み続け、やがて読み終わったところで、
「これは……個人情報だから教えられない」
と、それだけを言った。
だが、それだけだからこそ、真理恵さんに特殊な事情があるのだと雄弁に物語っている。運営側に属する豊さんはプレイヤーの個人情報を知り得る立場にあり、知った情報をおいそれと他者に漏らすことができない。“職業上知り得た秘密に対する守秘義務”的なものがあるからだ。
これが単に友人や知人、縁戚、はたまた普通に付き合っている男女の仲程度であるなら豊さんもそう言っただろう。
つまり雄二さんと真理恵さんの接点には守るべき秘密が存在していることになる。
その前提で、ではどんな秘密があるのかと考え、浮かび上がった一つの可能性に、俺は腹の底がキュッと縮むような感覚を覚えた。
二人のプライベートについて俺が知る情報は驚くほど少ない。
しかし乏しい情報の中から一つだけ、浮かび上がる共通点があったのだ。
「もしかして……病院絡み?」
「!? 真行寺さんから聞いているのか!?」
俺のカマ掛けに雄二さんがくわっと目を見開く。
この反応、どうやら当りくさい。
俺としては外れてくれた方が良かったのだが……。
「俺が聞いたのは『病名の無い致死病』についてだよ」
聞いた当時は行き過ぎた変態性を指して病気を自称しているのだと勝手に解釈してしまったのだが、雄二さんとの接点を考える上ではその解釈は邪魔になる。雄二さんは数年前から例の病気に罹っているから病院に通っていたとしてもおかしくない。一方の真理恵さんも病気が自称ではないなら病院に通っていただろう。
二人に共通する『病気』という単語から安直に思い付いただけだったのに、豊さんの反応はそれが正解なのだと告げていた。
「城太郎くん、きみがどこまで知っているのか教えてくれないか? それによって僕がどこまで話せるかも変わってくる。僕には職業上の守秘義務があるけれど、既に知られているなら秘密でもなんでもないからね」
「どこまでと言われても……」
俺は無職だし、真理恵さんとの関わりもプレイヤー同士としてだから、豊さんみたいに守秘義務に縛られていたりはしない。しかしながら、俺が知る真理恵さんの情報は義務など無くても無闇に他人に漏らすのは躊躇われるような微妙な内容だ。
ぐいぐい迫ってくる真理恵さんであるが、基本の線では自らの被虐性向を隠している。屍食花と遊んでいたのは他のプレイヤーがいないと思っていたからだし、それを目撃してしまった俺には隠す意味が無いと判断したのだろう。訓練場で暴発気味に暴露してしまったのは織姫のせいで同好の士の集まりかと勘違いしてしまったからだ。以前所属していた“ノブさん達”のパーティーでは不満が限界まで溜まってぶちまけるまではゲーム的意味でのMだと思われていたそうだから、普段の取り繕いは余程徹底していたのだろう。
本人もマイノリティなのは自覚していたし。
まあ、マジョリティであっても自分の性的嗜好を大っぴらに明かすのは恥ずかしい。
そういうのを本人のいない所で勝手に話してしまうのは人としてどうなのか?
「性的嗜好とか、性癖とか、そういう話になっちゃうんだけど……」
だから探りを入れた。
豊さんも言ったとおり、既に知られているなら隠す必要もなくなる。
果たして、俺の意図を察した豊さんは「『病名の無い致死病』に関連した性的嗜好なら僕の方でも把握してる」と答え合わせをしてくれた。
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豊さんとの飲み会を早々に切り上げてマイルームに帰り、俯せにベッドに飛び込んで枕に顔を埋めた。
「あ゛~~~!」
あの後、お互いにどこまで知っているのかを探りながら豊さんとの会話を続けた。そうして知った事実に俺は自己嫌悪に陥ってしまったのだった。
結論から言おう。
真理恵さんは自称でもなんでもなく、事実として病を患っていた。
症例が真理恵さん一人だけなので今だ症候群にもなっておらず、正式な病名は定まっていない。
仮に“感覚伝達異常分岐症”と呼ばれている。
その症状は『苦痛が発生する状態に対して、苦痛と快楽を同時に感得してしまう』というもの。これが具体的にどんな影響を及ぼすのかは……普段の真理恵さんそのまんまだ。
モンスターの攻撃を受ければ痛い。真理恵さんはその痛みに相当した程度の快感を同時に得ている。そういう病気なのだ。
疲労再現下で大盾術の訓練をするのは苦しかっただろう。真理恵さんはその苦しさに相当する悦楽を同時に得ていた。そういう病気なのだ。
俺はとんでもない勘違いをしていた事になる。
何事も度を過ぎれば慣用的に“病的”や“病気だ”などと表現される。これと同じように、ドが付くMな変態性を指して病気を自称しているのだと思っていたのだが、逆だったのだ。
病気だからMになった。
ネットでSM関連の記事を探せば“調教”について知る事ができる。
痛い事と気持ち良い事を交互に、同時に、繰り返して、じっくりと長い時間をかけると痛みを快感に変換するMになるというもの。感覚伝達異常分岐症を患う真理恵さんは、言ってみれば生まれてこの方常に被調教状態だったのだ。
例えば幼少時、転んで膝を擦りむいたなんて経験は誰にでもあるだろう。うっかり体をどこかにぶつけてしまうなんてことも、頭痛や腹痛や歯痛、風邪をひいて苦しい、等々、普通に生活していても苦痛を感じる機会は多い。その全てに同等の快楽が伴うのだ。
『なるべくしてMになりました』
『Mでなくなる術もありません』
真理恵さんは確かにそう言っていた。
まさか、比喩ではなく掛け値なしの真実だったとは……。
だというのに、俺は真理恵さんが病気を自称しているのだと勝手に思い込んでいた。
病気を自称、言い換えれば詐病。軽い表現にすれば仮病だ。
仮病には嫌な思い出がある。
正確には“仮病を使ってズルをしただろうと非難された思い出”だ。高校時代、俺はズルなどしたつもりはないのに担任教師は信じてくれなかった。そこから拗れて問題化したのも俺が高校を休みがちになった理由の一つ。当時の教室の雰囲気は余り思い出したくないくらいの軽いトラウマにもなっている。
だから俺は仮病を使わないし、仮病を使うような奴からは距離を取るようになった。真理恵さんみたいな慣用句的な”病気”は許容範囲内ではあるが、やはり聞かされて良い気分にはなれない。あてつけ気味に餓死のデスペナルティを勧めてしまったのもそれが理由だ。
真理恵さんは真実病気だったし、餓死はデス御褒美にしかなっていなかったが……。
ともかくも、俺は俺自身のトラウマになっている”他人を仮病だと決めつける事”を真理恵さんにしてしまっていたことになる。
仮想世界内に病気を持ち込めるのか?
と、疑問に思われるかもしれませんが、当面は疑問のままにしておいてください。
感想で突っ込まれても今は答えられません。




