7-2:給料の話
「城太郎くんのタイタン討伐、そして第二十一階層到達を祝して……」
「豊さんの3rdステージ完成間近を祝して……」
「「乾杯!」」
俺と豊さんの間でビールジョッキがガチンと打ちあわされる。
タイタン討伐の翌日に森ステージ突破を報告したところ、豊さんに誘われて祝勝会と銘打った飲み会となった。何故当日ではなく翌日に報告を持ち越したのかと言えば、それはひとえにこの仮想世界の仕様故なのである。
真理恵さんが短期間で天音流大盾術初伝をモノにしたのと同じ理屈だ。
この仮想世界での限界は肉体的要因ではなく精神的要因に依って訪れる。真理恵さんは疲労再現から来る苦痛を快感に変換する事で限界知らずとなっていたが、これと似たような事が、昨日、俺のムスコにも起こったのだ。
限界は肉体的要因ではなく精神的要因に依って訪れる。
平たく言うと、どれだけ遊んでも俺の精神が肉体に感じられる疲労を凌駕して高まっている限り、賢者タイム終了と同時にムスコは元気を取り戻すのである。“打ち止め”という物理的限界が存在しないのだ。
人生で初めておっぱいを揉むという経験を経て、ムスコは何度でも甦りもっと遊んでくれとせがんでいるようだった。ん? 以前織姫のを揉んだだろうって? あれは事故みたいなもんだからノーカンだな。無意識的な三揉みだけだったし。真理恵さんのは疑いようも無く自分の意思でだったし、三十分間たっぷりとだった。全然違う。次に約束された生揉みへの期待もあり、ポーション酔いが箍を緩ませたのもあり、散々に遊び倒しているうちに睡眠限界に達して強制就寝となり、結果、タイタン討伐報告が本日にずれ込んだのだった。
「……ふう。しかし、今回は早かったね。僕の方から誘えると思っていたのに先を越されるとは思わなかったよ」
乾杯のままにジョッキを空にして、次の一杯を注文しながら豊さんが言う。
現在行っているエクスプローラーズ3rdステージの開発がそろそろ最終段階に差し掛かっていて、それが終わったら打ち上げがてらの飲み会をと考えていたそうだ。それに先んじて俺がタイタンを討伐してしまったため、「完成間近」での乾杯になっている。
「本当にもうちょいだったんだけどなぁ……。まあ、雄二が来て最終確認と微調整をすればっていう完成一歩前って意味でだけど」
「雄二さんなかなか来ないね」
「現実じゃまだそんなに時間経ってないから仕方ない。できれば4thも作り始めたいから僕達としても早く来てほしいんだよな」
「それにしてもゲームの中でゲームを開発してるってなんだか変だな」
「そうでもしないと暇で仕方ない」
豊さんは苦笑する。
豊さんが属する運営チームは時間加速された仮想世界の管理と、後は普通にエクスプローラーズの運営を行っている。しかし時間加速を行うDPS・Kantanは今の所安定していて手がかからない。一方のゲーム運営に関してはプレイヤーが千人しかいない上に賞金レースに挑むようなガチ系ゲーマーばかりなので、GMコールがほとんどかからない。
そういう意味では暇を持て余している訳だ。
しかし3rd以降のステージを開発しているのは単なる暇潰しではないそうだ。
ちょっと生臭い話、給料の話だ。
「僕達は仕事としてこの加速実験に参加しているから、当然給料が発生する」
「そりゃそうだろうね」
「で、だ。午前九時に始まって午後五時に終わるこの実験中に発生する給料ってどうなると思う? いや、どうなるべきだと思う?」
「どう……って、どういうことなのさ?」
「各種手当の話は脇に置いておくとして。実験にかかる時間は八時間なんだから、給料は八時間分だ……なんて単純な話じゃないのは分かるだろ? 僕達、ここでもう何か月も過ごしてるんだから。逆に、だ。仮に実験が最長の二十年間になったとしよう。その場合にも二十年分の給料を寄越せとは言い難い。この実験自体、“探究者”からの寄付で成り立っているようなもので利益を見込んでいない。二十年分の給料なんて捻り出せっこない」
仮想世界の時間を加速させる技術は今まさにDPS・kantan社が実用化に向けて動いている段階だから、加速世界内での仕事に対する給料をどうするのかが法的にも慣例的にも定まっていない。現実での時間と仮想世界内の時間、どちらを基準にすべきなのか。
仕事時間に比例して利益が増えるなら加速倍率そのままに給料を増やすのも良いかもしれないが、この実験ではそうもいかない。とは言え、体感で二十年を過ごした末に得られる給料が八時間分では悲し過ぎる。ブラックどころの話ではない。
「で、まあ妥協案というか落としどころが、ここでのゲーム開発って訳だ。二十年分の開発作業を八時間で終わらせて、後はリリース後に上がる収益から分配を受けられる」
「でも、それで給料上がってるの?」
それだと“実験に参加”という仕事をしている最中に“ゲーム開発”という別の仕事を押し込んで、にも関わらず給料は“実験に参加”分だけになっているんじゃないだろうか。新作をリリースした後に収益から分配があるのは普通の事だろうし。
「上がるさ。従来の分配金は会社としての利益を十分に確保した後の残りを分配していたんだが、これに関しては会社側の取り分をギリギリまで削るからね。それにそういう比率の話とは別に、収益そのものも大きくなる筈なんだ」
最大の強みは開発期間が“八時間”しかかからない点だ、と豊さんは言う。
ゲームを作るには年単位の時間がかかる。このため、素晴らしく斬新なアイディアを思い付いてゲームを作ったのに、完成して売り出した時には既に陳腐になってしまっている、時期を外してしまった作品は多い。
また、一つの作品が成功すると似たような作品が雨後の竹の子の如く乱造されるのが業界の常でもあり、エクスプローラーズ1stステージのヒットを受けて追随しようとする動きは既に見られるらしい。数年後には同系統のゲームが競合しあう状況になるのはほぼ確実であるそうだ。
「実はね、この2ndステージは社内で行ったDPSの低倍率加速実験中に開発したんだ。だから1st終了直後にサービス開始できた。この調子で3rd以降もどんどん出していけば競合タイトル無しの一人勝ちになる。がっぽりだよ、がっぽり」
競合タイトルが無ければ顧客の分散が起こらずにkantan社の総取りとなる。
多分に自助努力に過ぎないような気もするが、それで豊さんの収入が増えるのは確実であるよう。まあ、保護者が裕福になるのは俺も嬉しい。
「てな訳で3rdの開発を急いでいたのに、城太郎くんのタイタン討伐が先になるとはね。きみがパーティーを組んだ相手、今時分になっても森ステージに取り残されていたっていうから余程酷いのかと思っていたけど、そうでもなかったみたいだね」
「はは、まあね」
酷いと言うならかなり酷い変態なのだが、それはここで言うべき話じゃない。プレイヤースキルは天音流大盾術で大幅に改善されているし、なによりも真理恵さんのプレイスタイルは俺との相性が良かった。
モンスターの行動パターンを憶えていき、観察から得られる行動予測と合わせて戦闘を組み立てるのが俺のプレイスタイル。これは基本的にソロ向けだ。『こちらがこう動けば相手はこう動く』を前提にしているので、パーティーメンバーが好き勝手に動き回るとその紐付けが困難になってしまうからだ。でも真理恵さんは愚直なまでに盾職の役割に徹してくれるし、俺の指示も良く聞いてくれる。有り難くもやり易い、俺のプレイスタイルに最適なパートナーなのだった。
「真理恵さんとは今後も上手くやっていきたいと思っているよ」
おっぱい揉めるし。
「真理恵さん? 女性なのか……ん? その真理恵さんて、もしかして真行寺真理恵さんか?」
俺が得た初めてのパーティーメンバが女性だと知ってニヤリとした豊さんだったが、不に眉をひそめたと思ったら真理恵さんのフルネームを言い当ててきた。
「真理恵さんを知ってるの?」
「知り合いじゃあないけど名前だけは知ってる。確か、雄二の推薦枠で参加してる筈だ」




