6-11:タイタン討伐
織姫は真理恵さんに武道系の才能は言っていたが、それは本人も自覚しているようだ。大盾を攻防の両面に使用する天音流大盾術を教わりながら、彼女の攻撃と防御の割合は1:9……いや、0.5:9.5くらいだろうか。絶対確実なタイミングでしか攻撃を行わず、傍から見ているとチャンスを逃している場面も多々見受けられるのだが、反面無駄に被弾して崩れるという事が無い。受けるダメージは防御した上での貫通分だけだから回復も余裕で間に合う。
例の”観戦”の時には一度も攻撃しないまま貫通ダメージだけで削り殺されていたのを思い出せば、”石橋を叩きまくったうえで渡らずに引き返す”ような性格なのが窺える。俺だったらどこかのタイミングで多少の無茶をしてでも仕掛けていただろう。HPは徐々に削られ、痛みも積み上がっていく。このままじゃどうにもならないと思いながら、どうにもならないそのままに耐え続けるのは簡単な事じゃあないのだ。
まあ……痛みを歓迎するMだというのも大きく関係しているのだろうけれど、性格と性癖の両方が盾職に向いているのは間違い無い。
おかげで戦闘状況は極めて安定している。
メニューウィンドウを開いてインベントリ内の回復薬を消耗品枠に移すというソロだったら大慌てで済ませるような作業ですら何の心配も無く落ち着いて行える。固く安定した盾職が一人いるだけでここまで楽になるのかと驚くほどだった。
タイタンはここまで通常状態と怒り状態の繰り返しを数度経ており、HPバーもそろそろ二割のラインに近付きつつある。そのラインを割ればタイタンは凶暴化するだろう。俺一人では未だに到達できておらず、即ち死に憶えをしていない未知の領域だ。
……切実に、HPバーに目盛りが欲しいな。
贅沢は言わない。十分割………いや五分割で良い。いっそのこと二割のラインだけでもはっきり判るようになっていれば、いつ凶暴化するのかとビクビクすることもないのに。
『ゴアアアアアアッ!!』
「先に怒ってしまいましたね」
「嫌なタイミングでくるなぁ……面倒臭い」
タイタンが放った咆哮をスイッチにして、俺達はぼやきつつも怒り移行時の対応行動を取る。土砂の届かない距離まで離れ、もう一本の丸太が落ちている場所を確認して位置を調整。もう何度も繰り返しているから真理恵さんも動きに迷いが無い。俺もルーチンワーク的に回復薬を準備していたのだが、しかし何かが心に引っかかった。
――あれ? 違う、のか?
違和感があったのはタイタンの目だ。
これまでなら丸太を地面に叩き付けて土砂をまき散らしながら、タイタンの目はもう一本の丸太を探していた筈だ。なのに、今、タイタンの視線は真理恵さんから離れていない。
「っ!? これもう凶暴化だ! 真理恵さんガードして!!」
「はい!?」
咄嗟の声掛けに、真理恵さんはビクッとして大盾を構えた。
直後、タイタンが丸太を投じ、しかもその丸太を追うようにして真理恵さんに急接近している。これ見よがしに、固く握りしめた拳を振りかぶりながら。
ただ正面をガードするだけだった以前の真理恵さんなら丸太は防げても真上から落ちてくるような右拳は防げなかっただろう連続攻撃だ。しかし天音流大盾術を学んだ真理恵さんは一味違う。角度を調節しつつ横に振るような動きで丸太を受け流し、そのままくるりと回すようにして大盾を頭上に構えて拳打もガード。素人の俺から見ても素晴らしい動きだった。変態故の異常な集中力の賜物とは言え、僅か三週間でよくぞここまでと驚嘆を禁じ得ない。
だが、しかし。
「まだ終わってないぞ!」
タイタンの左拳が地面スレスレから掬い上げるように振り抜かれる。
――ホワイトファング!?
左右の拳を上下から噛み合わせるように同時に放つ様は、最近読んだ往年の名作ボクシングマンガに登場した必殺ブローに酷似していた。傍から見ている俺だから気付けたが、注意が上に行ってしまっている真理恵さんは気付けない。完全に意識外となる下からの拳打が強烈なボディブローとなって真理恵さんの腹に突き刺さった。
「がっ!? ……はぁぁーん……」
気の抜けるような声に尾を引かせながら真理恵さんが空に打ち上げられ、しかし、まだ終わらない。タイタンが巨躯に似合わぬ身軽さで跳躍し、バレーボールのスパイクのよう真理恵さんを叩き落としたのだ。
一度バウンドしてゴロゴロと転がった真理恵さんは、HPバーの九割程が消し飛んでいた。あの強烈な連撃をくらっても生きているのはさすがHPとVITが化け物な真理恵さんだと感心するしかないのだが、それだけのダメージを纏めて受けた場合に発生する痛みを想像するとヤバい。
声も発さずにビクンビクンと痙攣しているあれはもしかして……。
もしそうだとすると、女性のそういう瞬間を人生で初めて生で見た事になる訳だが、今はそんな感慨に耽っている場合ではない。あんな無防備な状態であと一撃でも受ければ真理恵さんは確実に死に戻る。
「真理恵さん早く復帰してくれよ!」
手にしていた回復薬を真理恵さんに“投げつけ”、俺はタイタンの前に立ち塞がった。
二メートルを越える高所からギョロリと睨み付けられるのが怖い。
“客観視”の深度を一つ……いや、二つ上げる。
よし、怖くなくなった。
“死に憶え”をしていない未知の領域であるならば、頼れるのは観察に基づく攻撃予測だけだ。“客観視”によって担保された冷静さをもってかつてない集中力も発揮し、些細な兆候も見逃さないように目を凝らす。
重心の移動、筋肉の膨縮、眼球の動き。
総合して予測した拳打に小盾を合わせ、圧を逃がすようにしながら小盾を支点にして体を外側に逃がすように入れ替えていく。反撃なんか考えない。真理恵さんが復帰するまで彼女が狙われないように、俺自身も死なないように、それだけを考えて防御に徹した。
「うひゃあ! 痛ぇ! うお!?」
……冷静に、防御に徹したのだ。
変な声を出しながら、頼りない屁っ放り腰だったかも知れないけれど、冷静に防御に徹したと言ったら徹したのだ。当人の俺がそう言うんだからそう事にしておいて欲しい。
「真理恵っ……さん!? そろそろ戻ってきてくれないかなぁ!?」
俺のVITと小盾じゃあ貫通ダメージだけでも馬鹿にならない。一撃防ぐ毎にHPは削られ、左腕に痛みが積もっていく。回復薬を飲む暇なんて無いから長くは持たない。いずれは削り殺される運命だ。
と、背中に何かが当たる感触と共にパリーンと効果音がして俺のHPが僅かに回復した。
そして――「『挑発』です!」――赤いエフェクト光を広げながら真理恵さんが進み出る。
「お待たせしました!」
「もう大丈夫なの?」
「余韻に浸っている場合ではありませんから!」
そうしてターゲットを取った真理恵さんの頼もしさといったらない。
まさに鉄壁。
その壁の後ろで、俺は自分でも回復薬を飲み、真理恵さんにも回復薬を“投げつけ”て二人のHPを全回復させ、無事に立て直しは完了。ピンチは脱した。
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凶暴化直後の特殊連続攻撃を辛くも凌ぎ切り、その後は比較的安定した推移となった。
まあ……凶暴化で反撃のパターンが変わったせいで俺が一回死にかけたが……。
丸太を手放して拳闘スタイルとなったタイタンは怒り時の双剣状態よりもスピードアップ・攻撃ダウンとなり、これがかえって幸いしていた。初見である事と攻撃の回転が速いのが合わさり、真理恵さんは上手く受け流せないのだが、生身の拳打ならステータスの高さと大盾の防御力によって貫通ダメージは微々たるものとなる。もう『挑発』だけ使って後は亀のように縮こまっていても問題無い。
凶暴化中の特殊攻撃として巣穴から配下のゴブリンを群れで呼び寄せるなんてのもあったが、これは俺が片付けた。雑魚ゴブリンなら特攻付きメイスで一撃である。タイタンとの戦闘中に横合いから襲撃されればかなりの脅威になるだろうけれど、真理恵さんが完璧にターゲットを取り続けてくれている間に対応できた。
そして、ついに。
――『強撃』&『三連打』!
俺の最大瞬間火力の攻撃によってタイタンは沈んだ。
ズズンと地響きを立てて倒れ伏し、キラキラ光る粒子になって散り消える。
戦闘時間はおおよそ四十分。
こうしてタイタン討伐は成功した。




