6-8:一芸極まれば万事に通ず
真理恵さんを織姫に預けてから一週間ほど。
預けたら後は知らんぷりなのもどうかと思うし、俺自身どうなってるのか気になったのもあり、週一に設けている攻略定休日を利用して訓練場を訪れた。
「私は変態というものを少し侮っていたのかも知れない。“一芸極まれば万事に通ず”と言うけれど、まさか極まった変態にもそれが当てはまるなんてね」
「へ、へえ?」
軽い気持ちで「どんな感じ?」と訊ねたら、真面目な指導員モードの織姫からそんな答えが返って来た。“一芸極まれば万事に通ず”は……“一つの事に熟練していれば色々と応用を効かせられるので、新しく何かを始める際にアドバンテージが得られる”とかそんな意味だったか? 辞書通りじゃないかも知れないけど、大筋合ってる筈。
「じゃあ真理恵さんって筋は良いんだ?」
「違うわよ。筋の良し悪しで言うなら間違いなく悪いもの。はっきり言って、大盾術に限らず武道系の才能は真理恵には無いわ。でもその代わりに……かなり美化して言うと努力の才能がある」
「あー……なるほど。なんとなく判った」
“努力の才能がある”という表現、スポ根系のマンガなんかで見た事がある。地味で辛い練習を他者の何倍も黙々とこなして“スポーツの才能がある人”を上回る実力を獲得するやつだ。
織姫から努力の才能があると評された真理恵さんは訓練場の片隅で大盾術の型を繰り返し練習していた。仮想世界の仕様故に一般的な女性の体力のまま向上は望めず、しかし特殊仕様故に疲労は再現される。そんな環境下で重い大盾を振り回し続けるのは相当な苦行である筈なのに、文句一つ言わずに黙々と型を繰り返している。
という事なら美化などせずとも努力の才能があると言えるのだが、なんせ真理恵さんは苦行ウェルカムなMの人。ゼエゼエと疲労に喘ぐのではなくアフンアフンと愉悦に喘いでいる。
ゲームキャラであれば疲労の蓄積からステータスダウンを伴う状態異常へと繋がるのだが、リアルモードアバターの場合はそうしたゲーム的処理が行われないので単に“疲労を感じるだけ”となる。疲労困憊でぶっ倒れるとしたら、それは肉体的な限界ではなく精神的な限界が訪れた時になるのだ。
「放っとけば一時間でも二時間でもやり続けるんだから。型の習熟は道場の門下生の何倍も早いわね」
現実なら肉体的に、仮想世界なら精神的に、疲労が限界に達すれば休憩を挟むものだが、真理恵さんにはそれがない。基本動作を体に染み込ませるためにとにかく数をこなさなければならない型の練習において、これは大きなアドバンテージとなる。
「かと言って、ただ数をこなせば良いってものでもないのだけど、真理恵は集中力も凄い」
動作に不備があれば織姫がストップをかけ、どこが悪かったのか指摘して修正を行うことになっている。真理恵さんにとって“気持ち良い時間が中断される”ことになり、これを嫌って手の指先から足の爪先まで神経を張り巡らせ絶対におざなりな型にならないようにしているそうだ。これも型の習熟を早める一助となっている。
「しかも目を離していても絶対にサボらないんだから、こんなに手のかからない門弟はいないわね」
織姫もまた自身の訓練のためにこの加速された仮想世界にやって来た探究者だ。四六時中真理恵さんに付きっきりにはなれない。加えて「あんなエロい声をずっと聞いていたらこっちまでおかしな気分になるじゃないの!」との事で、真理恵さんはあっちの隅っこ、織姫たちは反対側という具合に距離を置いているのだとか。この疎外されたような配置でさえ、真理恵さんは放置プレイの一種と見做しているようで……。
なるほど“一芸極まれば万事に通ず”だ。変態凄え。
「真理恵の仕上がりは予想よりも早くなりそう。城太郎の方はどうなの?」
「それがなぁ……」
この一週間、俺だって何もしていなかった訳では無い。
第十九階層の残りマップも埋め終わり、タイタン突破に向けた“死に憶え”もやっている。第十一階層から第二十階層まで、めぼしい採取ポイントを経由するマラソンコースも設定して、一日二回タイタンに挑んでいる。
ところがこのタイタン、なかなかの難敵だ。
まず、俺の場合はタイタンの打撃を盾で受け止めるという選択ができない。一度試した時には盾に受けた凄まじい衝撃を支えきれず、盾ごと押し込まれた自分の左腕で胸部を強打し、吹き飛ばされた距離は真理恵さんの倍以上、HPは一撃で危険域に突入した。
大盾と小盾では備わるガード性能に差があるとは言え、この結果の違いは真理恵さんのステータスによる部分が大きいと思う。吹き飛ばされながらも盾を支えきるSTR、貫通ダメージを抑えるVIT、受けたダメージを軽微扱いにしてしまうHP量。どれもが俺よりも遥かに高いレベルで纏まっている筈だ。
そこに至るまでにどれだけの“大苦戦”が必要なのか……。俺だって対フェンリル戦の“死に憶え”で結構ステータスは育っている方なのだ。その遥か上となるともう真理恵さん凄い変態としか言えない。これもまた一芸極まれば、なのか。
「ちなみに織姫たちってどうやってタイタン倒したの? 織姫が盾役やったとか?」
「私の本業はあくまでも刀! 全部避けたに決まってるじゃない!」
「俺も回避で」
「私は近付かないから」
「まったく参考にならないな!」
「うん? タイタンの攻撃はフェンリルよりも予測しやすいだろ? 避けられないのか?」
「清一郎、自分ができるからって誰にでもできると思うなよ?」
天音流剣術は回避主体、『当たらなければどうということもない』だったか?
そういう剣術をやっててリアルなプレイヤースキルが高いから「全部回避」なんて簡単にいえるのだ。
タイタンの攻撃は確かに予測しやすい。
例の「振り上げたら、後は振り下ろすしかない」だ。『打ち下ろし』『横薙ぎ』『カチ上げ』と大別すれば三種類しかない通常攻撃は、バックスイングをどこに持っていくかに注目していれば簡単に見分けられる。その点、獣型のフェンリルよりも容易だ。
しかしながら、これを回避するには、予測したその攻撃が到達するより先に、その場から体ごといなくなっていなければならない。それが俺には難しい。
「難しいか?」
「ただ避けるだけななんとかなる。けど避けた後に反撃となるとね」
単純に“タイタンの攻撃に当たらない”だけならそこまで難しくない。なにも考えずに丸太が届かない距離まで離れてしまえば良いからだ。でも、それじゃあ反撃に繋がらない。
伝説の剣豪みたいに米一粒の見切りとかできればまた違うのだろうけれど、俺が“これなら絶対に当たらない”という距離まで下がると、即座の反撃は難しいくらいの間合いになってしまう。
回避後に反撃を行うには丸太の届く範囲内で回避する必要があった。
これを可能とするには、“タイタンの攻撃を予測”して“丸太の軌道を特定”し、“どう避けるかを判断”してから“実際に回避行動を起こす”という一連の流れを、タイタンの攻撃速度よりも短い時間に収めなければならない。
一言で言えば“反応速度”。
それが俺には足りない。“客観視”を使ってもまだ足りないのだ。
逆に言うと、清一郎たちはこうした反応が極めて速いのだろう。
「それはもう場数を踏んで鍛えるしかないなぁ……」
「だよなぁ」
身も蓋も無いが、そういう事になる。




