6-7:不感症な潜在的M疑惑
梓に織姫と真理恵さんの縄を解いてもらい、『縛りプレイ』の何たるかを説明して真理恵さんの誤解も解いた。被虐性向をカミングアウトしたのは暴発だったと知った真理恵さんは「なんてことをしてしまったのでしょう……恥ずかしい!」と両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。そんな真理恵さんを見て気まずそうにしている織姫たちだったが、
「ああ……私の性癖を皆さんに知られてしまった……これからは訓練で息が乱れるだけでも『また発情しているのかこの変態女は!』と蔑まされてしまうのね……あんな綺麗な顔をした織姫さんに……いいえ織姫様にそんな目で見られながらどんなにツラくても私の精根尽き果てるまで許してもらえず責められるなんて……うへ、うへへへ……」
手の下から漏れ出て来る妄言と、例の気持ちの悪い笑い声を聞けば「うわぁ……」と辟易して半歩退いた。ドン引きなどという精神的なものではなく、物理的に体ごと引いている。
「この子を、私が指導するのよね?」
「そうだけど……でもまあこうなっちゃって帰ってこないようなら“やる気なし”として見捨てても構わないんじゃないか? それは最初から条件に入っているんだし」
「そう……そうよね……」
「はい! 帰って来ました! やる気あります!」
「え、ええ。やる気があるならもちろん指導はするわよ?」
凄いよ真理恵さん。あの織姫がタジタジだ。
「ところで、城太郎さんにお聞きしたいのですが……」
「ん? なんだい真理恵さん」
「先ほどの縛りプレイについてです。ええと“死に憶え”ですか? 何度もモンスターと戦って死に戻りを繰り返しながら攻略を進めるという。十階のフェンリルを一人で突破してきたのもそれなのでしょうか」
「そうだよ」
「付かぬことを窺いますが、これまでの死に戻り回数は如何ほどに?」
「フェンリル討伐前に三ケタいったくらいかな。まだ二百には届いてない」
「三ケタ!?」
俺が告げた数字に真理恵さんは目を見開き、清一郎たちもギョッとしている。
なんだ? 清一郎たちは俺が死に戻りを繰り返しているのを知っているのに、何故そこまで驚くんだ?
「あのう……城太郎さんもMなのではありませんか?」
「はあ!?」
今度は俺が驚かされた。いきなり何を言い出すんだ真理恵さんは。
「昨日、タイタンに殺されて死に戻った時も普通にしてました……あ、そうするとMではない? んー、不感症な潜在的Mの可能性も……」
「不感症なMってなんなんだよ。昨日も言ったけど、俺が普通だったのは、俺に真理恵さんみたいな趣味が無いからだって」
「いえ、ですから私が死に戻りでああなるのは」
「真理恵さんがMだからでしょ?」
「はい、そうです。ですが、Mの私がああなるということは、Mでない方なら逆の状態になる筈なのです」
「逆?」
真理恵さんは死に戻る瞬間が最高だと言っていた。
逆。
つまり、Mじゃないなら死に戻る瞬間は最低になるのか?
俺は特にそんな感じはしないのだが……ここはMじゃない奴らに訊いてみよう。
「そうなの?」
「そうだよ。痛覚再現下での死に戻りは『死の感覚の再現』って昔から言われてる。もちろん、そう言ってる誰も死んだことなんてないんだから本当に死ぬ時の感覚なのかは判らない。でもそう言われれば誰でも納得するし、俺もそう思う」
「私も弟と同感ね。痛みと苦しみ、次第にそれらも感じられなくなっていく喪失感。死に戻った後は確実に最低な気分になるわ」
……そうらしい。
梓も天音姉弟の意見にコクコクと無言の頷きを添えているから同意見のようだ。
「他のプレイヤーの方々はそもそも死なないように慎重になっています。できるだけダメージを受けないように、できるだけ痛みを感じないように。それでも死んでしまった方の中には清一郎さんが仰った『死の感覚の再現』を嫌ってモンスターとの戦闘を避けるようになってしまった方もいます。それなのに城太郎さんは自分から死ぬのを前提にしたプレイをしていて、百回以上も死に戻りをしています。どう考えても普通ではありません。ですので、城太郎さんは痛みを快感に変換するMの素質を持ちながら、不感症でもあってそれを認識できていないのではないか、と思いました」
「不感症な潜在的M」
「まさか城太郎が……」
「びっくり」
「おい待てそこの武道系探究者。ここで毎日のように殺し合いをやってるお前らには言われたくないぞ」
“始まりの街”の中にある訓練場は痛覚再現率百パーセントだ。そんな場所で試合と称した殺し合いを繰り返してケロッとしている三人こそ不感症な潜在的Mなのではないか?
「そりゃあ違うよ。斬られて痛い、死に戻れば最低の気分、そういうのは自分がヘマをしたからだろ? だから斬られないように、死なないように、ヘマをしないようにと工夫を重ねていくんだ。現実にはできない訓練を仮想世界ならできる。俺達剣術家には痛覚再現が必要なんだ。でも城太郎は違うだろ? もっと痛みを嫌っていても……いや、嫌って当然だ。“死に憶え”を繰り返すプレイスタイルを選んだと聞いて意外と根性があるんだと思っていたんだけど……まさか死に戻っても平然としているほど受け入れているなんて」
「いや、いやいやいや、俺は痛いのは嫌いだよ? 大嫌いだよ?」
どれだけ痛いのが嫌いか選手権なんてものがあれば余裕でワールドクラスになる自信がある。なれるものなら無痛症にだってなってしまいたい……というのは現実にその病気で苦労している人がいるのだから不謹慎なので口にはしないが、口にしないだけで本心からそう思う。
何故ならば。
無痛症の人は痛覚が無いため日常に潜む危険に鈍感になる。と言うのは、加速実験用の特殊仕様として痛覚再現されている理由の一端に盛り込まれているとおりだ。他には怪我をしても痛みを感じないから気付かず放置して手遅れになってしまうケースも有り得る。肉体は“痛み”として救難信号を発しているのに、無痛症だとそれを受信できない。どこが痛いのかが判らないのだ。結果、そういうのを恐れてちょっとした外出も躊躇い引き籠りっぽくなったりもするらしい。
これ普段の俺と大差無い。
引き籠りっぽいどころか、俺、ほとんど部屋から出ないし。引き籠りっぽくなれば逆に外出頻度が上がるんじゃないかとさえ思う。ランクアップだ。
それでいて大嫌いな痛みを感じなくなるなら、俺にとって歓迎すべき事態としか言えないではないか。
「でも、そこまで嫌っていながら“死に憶え”を繰り返せるのは不思議だな。まだしも不感症な潜在的Mと言われた方が納得できる」
「嫌いでも我慢はできる。我慢はできるけど嫌いなものは嫌いだ」
「だから、そこがさ。真理恵さんも言ってたろ? 逃げに入ってるプレイヤーもいるって。そこまで痛いのが嫌いなら城太郎こそ真っ先に逃げそうなもんじゃないか。どうして我慢できるのか、って」
……どうして?
それは簡単だ。
「そりゃ、仮想世界での痛みや苦しみは痛いだけで苦しいだけだから。もちろんだけったってそれも嫌いだよ? でも現実なら付いてくる“不安”とか“恐怖”、そういうものがここには無いじゃないか」
「不安と恐怖?」
「現実で痛みを感じる時は、その痛みの原因になる怪我なり病気なりが先にあるだろ?」
そして痛みが大きい程、怪我や病気は酷いわけだ。“耐え難い痛み”ともなればこの先の生活に重大な支障を来すのではないかと“不安”になるレベルだし、ともすればこのまま死んでしまうのではないかと“怖く”なる。
しかし仮想世界の痛みはダメージが元になっている。どれだけ痛くても回復薬を飲んでHPを回復させれば元通り、後遺症なんか残らない。
死?
死に戻り部屋で目を覚ませば全回復しているのに何を恐れる必要がある? 『死の感覚の再現』だってリスク無しに苦痛から解放してくれる恩恵みたいなもんだ。現実にも死に戻りのシステムがあったら利用しまくるよ俺は。
「言われてみればそりゃそうなのかも知れないけど」
「ちょっと判るかも。私も、ここでなら腕の一本くらい落とされても我慢して戦えるけど、現実だったら……もう弓が引けないんだってなったら、痛みには耐えられても心が折れそう」
「大丈夫よ! 現実で梓の腕を落としたりしないから!」
「って、織姫がやってるのかよ!」
「馬鹿ねえ! 弓使いを攻略するならまず弓を封じるでしょ! それには弓を壊すか片腕落とすのが手っ取り早いのよ!」
「織姫は容赦が無い……」
……なんか最後は話が逸れていったが、どうやら不感症な潜在的Mなる不名誉な評価は避けられたようだ。




