3-8:天音流剣術
清一郎たちと別れた後、午後のフェンリル挑戦は取り止めて武器の検証を行った。片手剣以外はベース武器のままなので第一階層の狼が相手だ。各種の武器をシステムアシストの有無と組み合わせてダメージ効率を測ってみた結果、畑違いであっても武道を専門的にやっている清一郎の助言は確かなものだったと判った。
オススメされたメイスと槍が良い感じなのである。
二か月間、アシスト有りとはいえ片手剣を使ってきて“武器を振り回す”という動作そのものには体が慣れてきている。アシスト無しでも無様にならない程度には、だが。片手剣の場合はアシストが無いと“刃筋を立てる”の方ができなくなるのでダメージがガクンと落ちるのだが、メイスは「振り回して当たれば効く」との言葉通り、アシストを切った方が火力を出せていた。現時点で既に確率以上に扱えている証拠だ。
槍に関しては現状ではまだアシスト有りの方がダメージは出る。しかし使い慣れればすぐに逆転できそうな差に過ぎない。それに間合いが広い分で今までよりもモンスターから離れた位置で立ち回れるのが良い。初撃を外しても肉薄される前にもう一度攻撃チャンスがあり、この余裕のお蔭で客観視を使わなくても落ち着いて対応できる。
そして狼の観察である。
これまでは漠然と全体像をしか見ていなかったのだと思い知らされた。骨と関節と筋肉、重心と力を溜めている部位。注意すべき点を意識して観察してみれば驚くほどに得られる情報が多い。これらを全て読み取り、そこからどういう動きに繋がるのかを把握できれば、猪が前足で地面を掻くような判り易い予備動作でなくても動きや攻撃を予測するのは不可能ではないと思えた。
まあ、今は観察する方に注力してしまって攻撃も防御も疎かになってしまうのだが……これは数をこなして慣れるしかないだろう。
今日聞いていきなり明日討伐成功とはならないが、道筋がだいぶ明るくなった確かな手応えを得られた。
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その日の夜、検証を終えてマイルームに戻った俺にフレンドチャットが届いた。豊さんからかと思えば、なんと相手は清一郎である。「何かあったら連絡してくれ」とフレンド登録をしていた訳だが、まさか今日聞いていきなり今日、何も無いのに連絡してくるとは思わなかった。
「姉ちゃんたちは抜きで、男同士で飯でも食いに行かないか?」
とのお誘いを俺は二つ返事で了承した。
俺の加速世界での生活は大遅刻から始まったせいで未だにボッチなままだ。外の街をぶらつけば他のプレイヤーを見かける事もあるけれど、いきなり声を掛けるのは躊躇われる。外の街は仮想世界の中でありながら感覚としては現実世界の扱いだからだ。オンとオフでいうとオフの方なのである。オンであるゲームパートでパーティーを組むなどの交流を経て、オフである外の街でも行動を共にするという流れであれば自然だ。しかしオンでの関わり無しにいきなりオフで声を掛けるのは……例えるなら普通に街を歩いていたら見ず知らずの他人から「食事でも一緒にどうだい?」と言われるようなものだ。異性であれば多少図々しいナンパ、同性であれば何ってんだコイツはという扱いになるだろう。
そんな訳で俺は基本ボッチ、たまに豊さんに会うくらい、孤独を癒すのは頭突きをしてくる羊のみであった。
正直言って、誘ってくれたのがめちゃくちゃ嬉しい。
喜び勇んで、しかし男と会うのにあまり浮かれていてはあらぬ疑いを受けそうなので平静を装い、待ち合わせ場所の焼肉太郎に移動。食べ放題のお店だ。太郎繋がりで俺としては何となく親近感の湧く店だが、清一郎ならもっとお洒落なお店の方が似合いそうなものだ。
「俺はこじゃれた店でお上品に食うより、こういうところでガッと食う方が好きなんだ。気楽で良いじゃん」
そう言う清一郎のお召し物はジャージだった。
俺もジャージだが。
似たようなジャージを着ていても顔面偏差値の差は如実に表れる。俺が野暮ったいジャージを着ればそのまま野暮ったくなるのに、美形の清一郎が野暮ったいジャージを着ると逆に格好良くなるのだから。
俺がジャージを愛用しているのは単純に安かったからだ。外の街にはいろいろなお店があるけれど、ここで使うお金はゲーム内通貨と共用だ。レベルアップ毎に高くなる食費に武器防具アイテムにかかるお金を確保して、余剰資金は有料コンテンツに注ぎ込んでいる俺にお洒落に金と気を回す余裕など無い。映画にアニメにマンガに小説。見たい読みたいコンテンツは幾らでもあるのだ。
一方の清一郎によれば「ジャージは楽で良いよ。俺も姉ちゃんもずっとジャージ派だな」との事で、天音姉弟は普段からジャージを着用しているらしい。もちろん時と場所は弁えて、出るところに出るなら相応しい恰好をするが、家で寛いでいる時や近所にちょっと買い物に行くくらいなら基本ジャージで通すそうだ。
ジャージを着た織姫か……清一郎がこうなら織姫もきっと格好良くなるのだろう。いや、あの胸だとエッチな感じになるのだろうか。見てみたい気もする。
「城太郎に会えて良かったよ。一緒に来てるのが俺以外女ばっかりでさ。気楽に話せる同年代の男の知り合いが欲しかったんだ」
「俺は一人飯ばっかりだったからな。誘ってくれて嬉しかったよ」
「意外だな。城太郎はコミュ力高そうなのに」
「いや、俺は遅刻しちゃったから」
遅刻から始まるボッチ歴を語れば清一郎も「そうかぁ」と納得と同情を示したのだが、その前にどうして俺のコミュ力が高いと思ったのかが不思議だ。
「え? だって初対面なのに姉ちゃんと普通に話してただろ?」
「それが判断基準なのか?」
「圧倒もされず引きもせずに姉ちゃんと会話できるならコミュ力高いよ絶対に」
「絶対とまで言うのか……まあ確かに織姫のアレはなぁ……」
妙なテンションの高さとズケズケと無遠慮に踏み込んでくるような押しの強さ、自分の外見を理解しているだろうに唐突に差し込んでくるエロい言動。俺も途中からは清一郎を主な話し相手にしていたからどうにかなったようなもので、サシだったら途中で逃げ出していたかも知れない。
弟である清一郎に言うのは憚れるが、
「いくら美人でスタイル良くても姉ちゃんと付き合うのは御免だ、とか思わなかったか?」
「な、なんで判った!? あ、いや」
憚った内心をそのまま言い当てられ、思わず認めてしまった。慌てて取り繕おうとする俺に「いいんだよ」と苦笑交じりに清一郎が言う。
「姉ちゃんのあれは半分演技なんだ。城太郎みたいに『こんな女は御免だ』と思わせるためのね」
「どうしてまたそんなことを」
「姉ちゃん自身と俺を守るためだよ。うちの流派はそうとう儲けててさ」
「天音流剣術、か?」
「やっぱり判ってた?」
「ありふれた姓ではないし、それで剣術とくればね」
天音流剣術は俺でも知ってる有名どころだ。
テレビ中継や動画配信に流れる『キング・オブ・デュエリスト』という大会がある。略称はKOD。企業が後援するチームがあったり、個人で活動しながら賞金やスポンサー契約料で生計を立てる選手がいたりと、その在り方は昔ながらのプロスポーツと同様であるが、やっているのは完全没入型VRの仮想世界における“安全な殺し合い”に他ならない。個人戦と団体戦があり、様々な武器や技術を駆使して戦い、王者を決めるトーナメント制の大会になっている。大手のチームが選手に支払う年俸は高額だし、スター選手になれば一躍富豪の仲間入りだ。
小学校の卒業アルバムに『将来の夢はKOD選手』と書く奴がちらほらいるくらいには浸透しており、そうなると当然の需要として戦闘技術を教える場が求められるようになる。天音流剣術の道場は国内最大手と言えるだろう。KOD上位入賞者の出身として名前が出る事も多く、日本だけでなく海外にも支部があり通信教育も手広くやっている。清一郎が言ったとおり、そうとうに儲けている事間違いない。
天音清一郎と天音織姫は、そのそうとうに儲けている天音流剣術道場の息子と娘ということになる。
「そういうバックがあるのを踏まえると姉ちゃんってもの凄い優良物件なんだよな。実家の経済力に加えて本人は美人でスタイルもそこそこ良い」
「それ遠回しにお前自身も優良物件だって言ってないか? 実際その通りなんだろうけどさ」
「否定はしないよ」
スタイルの良さに男女の違いはあれども同じ実家とほぼ瓜二つの顔だ。結婚相手として優良物件なのは疑いようが無い。玉の輿か逆玉かの違いだけだ。
「でな、そういうのが視野に入る年頃になるともうこれが酷いのなんの」
「群がられたのか」
「姉ちゃんが演技し始めたのはその頃からだよ。『こんな女は御免だ』って具合に有象無象が遠ざかるようにね」
「なるほどなぁ……ん? それで清一郎も守るってのは?」
「俺と結婚するともれなく姉ちゃんが義姉になる」
「ああ、そっちも『こんな女は御免だ』になるのか」
「そういうこと。だからまあ、大変だろうけど姉ちゃんとも仲良くしてくれると嬉しい」
こういう話を聞くと織姫を見る目も変わるな。
あの強烈な言動が半分演技だったとは……。
「半分? ちょっと待った。演技なのは半分だけなのか?」
「そうだよ」
「マジで? じゃあ残りの半分は……」
「言ったろ? 身内の俺から見ても姉ちゃんはちょっとオカシイって」
なるほど。あれの半分が素なのだとしたら、確かにちょっとオカシイ。




