3-6:訓練場
「ねえ弟、スラ……」
「ス、スライムは例外な! あれは駄目だよ、うん! 哺乳類と爬虫類がベースじゃないのは済まん、埒外だ」
織姫の声を掻き消すような勢いで清一郎が先に言い切った。とても早口だったのは突っ込まれる前に自分で言ってしまえばノーダメージの精神だろうか。骨も関節も筋肉も無いくせにぽよんぽよん跳ね回るDQ型は理不尽の塊みたいなものだ。清一郎の口振りではスライム以外にもそんな類のモンスターがいるのだろう。
まあ当面の目的であるフェンリルは哺乳類ベースだ。今回は無問題として深入りせずに流しておくのが得策か。下手に触れると織姫が調子に乗りそうだし。
「取り敢えず草原の狼で四足獣の特徴を掴んでおくと良いんじゃないかな。行動パターンは違っても体の動かし方や予測するために注目するべきポイントは参考になる筈だよ」
「なるほどなぁ。やってみるか」
これは有益なアドバイス。フェンリルには一日二回しか挑戦できないのに対して、草原の狼ならいくら狩ってもリポップしてくれる。今の防御力なら低階層の狼に殺されることもそうそうないから落ち着いて観察できるだろう。
死に憶えと攻撃予測。二つを合わせればフェンリル討伐時期がぐっと早くなりそうだ。
「後は単純に火力を上げるってのがある」
「レベルはあんまり上げたくないんだけどな」
「ん? なんでいきなりレベルの話になるんだ?」
「火力上げようと思ったらレベル上げるしかないだろ?」
武器の強化は現状手に入る素材でできるところまでやってある。雑魚狩りを繰り返して少しでも品質の良い素材に置き換える手もあるが、それで上がる攻撃力は微々たるものだ。スキルレベルだって上げようと思って簡単に上げられるようなものじゃない。火力アップとしてすぐに実行できるのはレベルアップくらいのものだ。
しかしレベルアップは今後の事も考えると最低限に抑えておきたいし、フェンリル戦だけに限ってもレベル補正によるアイテムドロップ率減少がある。これだけ苦労しているのだ。討伐の暁には最大限の報酬を得たいと思うじゃないか。
それゆえのレベルアップ否定だったのだが、清一郎は「いやいやそうじゃない」と首を振る。
「城太郎はシステムアシストを使ってるだろ? それを外すんだよ」
「……それは、逆に火力下がるんじゃないか?」
「俺達に言わせるとシステムアシストは……」
「システムアシストはクソ」
「こら梓! 女の子がクソなんて汚い言葉使っちゃ駄目!」
「じゃあ……システムアシストはうんち」
「飯食ってる時にそれは止めてくれ」
「むう……」
織姫と清一郎に続けざまに叱られて梓が不満げに口を尖らせている。
あの可愛い顔でクソだのうんちだの言い出したのは驚きだ。あとどうでも良い事だが、同じ物を指しているのにクソよりうんちの方が汚物感がある。
「まあ、実際システムアシストはク……なんだ、その……ああ、俺は男だからいいのか。クソなんだよ」
「いいのか……」
「いいのよ!」
「そうなのか……」
「特に弓を使う梓は影響が大きかったんだよ。最初に使って嫌気が差して、後は外しっぱなしだ。システムアシストを外した方が確実に火力は上がる」
「いや、しかしな」
システムアシストは現実世界では武器なんて使った事の無い一般人ゲーマーに対する救済のようなものだ。
「もちろんシステムアシストがあるから火力が上がるって場合もあるにはある。選ぶのは城太郎だけど……システムアシストがどういうものなのか、一度見て貰った方が判り易いかな」
昼飯を食い終わった後、清一郎たちが普段使っているという訓練場に連れて来られた。街中に広いスペースが確保されていて、武器を使う練習用として丸太に鎧を着せたような人形と弓の的が設置されている。
「お? なんか選択肢出たぞ?」
「ここは例外的に戦闘域扱いなんだ。リアルモードのまま入るか、ゲームキャラとして入るかを選べる。城太郎と梓はゲームキャラで入ってくれ」
街の中は非戦闘域になっていて、実験用バージョンの特殊仕様として現実の身体能力そのままのリアルモードに変更される。それをまたゲームキャラの能力に戻す形になる。清一郎たちは普段リアルモードのまま訓練場を利用しているそうだ。そうすると現実そのままの体で剣術の鍛錬ができて、さらにはここでならPVPの機能を使って実戦さながらの試合もできると……。
「じゃあさっき織姫が死に戻ってたのって」
「俺と試合した結果」
「試合って……え? 本当に斬って殺しちゃった訳?」
「そうだけど? VRが実用化されてからこういうのは普通だぞ?」
清一郎は何でもない事のように言う。
剣術に限らず武道は戦う方法――言い換えれば相手を殺す技術を学ぶ。その試合となれば殺し合いが究極の形となる。もちろん実際に殺してしまえば犯罪だから現実にやるなら模造武器を使ったり寸止めしたりする。つまりはどれだけ真剣にやっても手加減しているような状態だ。一方VRであれば斬って殺しても相手は死に戻る。本当の本気で臨めるため鍛錬の効果は現実でのそれを上回り、VR実用化後は武道家のレベルが確実に数段階上がったそうだ。
俺みたいな門外漢だってそう言われればそりゃそうなんだろうと思う。
思うのだが、よりによってここでそれをやるのか、とも思うのだ。特殊仕様の一つ、『街の中では痛覚再現率百パーセント』が適用されているこの場所で……。
ちょっとオカシイんじゃないか?
「弟! たまたま勝ったからって調子に乗るんじゃないわよ! まだ私の方が勝ち越してるんだからね!」
「一番勝率高いのは私」
いや、織姫と梓がちょっとオカシイのは今さら言うまでもないのだが、それとは別の意味でオカシイ。それは一見まともに見える清一郎も含めてだ。現実と同じ痛みを感じるこの世界で、双方同意の上の試合としてではあっても殺し合いをしているなんて、どう考えてもオカシイじゃないか。
それとも武道系の人達にはこれが普通なのだろうか。
心中慄然としている俺を他所に清一郎は淡々と事を進める。
「じゃあ城太郎は武器を弓に変えてあの的を狙って射ってくれ。梓も最初はスキル無しでな」
「お、おう。でも俺は弓なんて触った事も無いぞ?」
「その内スキルが付くから。付いたら教えてくれ」
この訓練場はチュートリアルで選ばなかった武器種の基本スキルを安全に獲得するための場所であるそうだ。言われた通りおっかなびっくり矢を射る。何も教えられずにいきなり的に当たる訳もなく、矢は明後日の方向に飛んで行ったり手前の地面に突き刺さったり、惨憺たる有様だが、
ピローン
――武器スキル『弓』を獲得しました。
――身体強化スキル『DEX上昇』を獲得しました。
繰り返すうちに新しいスキルを獲得していた。
「スキル出た」
「うん。じゃあ、ここまでの結果を見てみようか。梓もスキル無しで射ってたんだが」
「見るまでもないだろこれ」
俺の隣で俺が一本射るたびに梓も射っていた。俺の方は的に一本も刺さっておらず、梓の方はと言えば全て的の中心にある小さな円の中に集まっている。
「凄いな」
「この距離で止まっている的なら当然。自分の弓ならもっと凄い」
「もっとって」
「全部継ぎ矢も可能」
「マジか……ってかなんでそんな弓うまいの? 剣術の道場じゃないのか?」
「今は出張中」
「梓はもともと弓術やってるんだ。出張? この場合は出向か? うちの剣術の技を学びたいってんで預かってるんだよ。それより次だ。城太郎はそのまま……そうだな、あと十本射ってみようか。梓はシステムアシスト付けて同じく十本」
「えー」
無表情な中にも判り易い嫌忌を漂わせる梓。
清一郎に宥めすかされて渋々ながらメニューを開いて操作してシステムアシストを有効にする。
俺と梓が並んで再び弓を射る。
さっきまで素人丸出しだった俺がスムーズに弓を引いていっぱしの射手気取りで弓を射る。十本射った結果、バラつきはあるものの全部的に当たり、一本は中心の円に入ってさえいる。システムアシストの効果は覿面だ。
そして……。
「システムアシストはうんち」
梓の方の的も、俺のと同じような状態だった。




