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司の事情2

 本来なら、乙女女王様を影ながら守る会は、乙女が女王様を辞めた時点で自然消滅するはずだった。

 だが、俺の失態により方向転換した会は、乙女女王様を影ながら愛でる会と改名し、今も存続している。

 会員は同志と呼ばれ、友愛精神により互いに助け合わねばならない。

 それは、会員第二十九号の俺も例外ではない。


「乙女、挨拶が済んだら、俺と一緒に来てくれ。支援者代表としてこれを渡してやって欲しい」

 俺は予め用意されていた花束を乙女に渡し、自分は祝いの品の目録を手に取った。

 

 挨拶が終わるのを待って、俺と乙女は目録と花束を渡すために男の元へと向かう。

 挨拶の最中から、男はそわそわしていて、チラチラと乙女を盗み見ていた。

 目録を受け取り、俺との固い握手を交わした後、待ちに待った乙女との対面を果たす。


「おめでとうございます」

 男は、花束を差し出しにこやかに微笑む乙女を見詰めたまま、突然ぼろぼろと涙を零し始めた。

「ありがとう・・・ございます」

 男は差し出された花束ではなく、乙女の手を両手で握ると、頭上に押し頂くようにして咽び泣く。

「感謝して・・・おります。本当に・・・ありがとう・・・ありがとう!」

「えっ、は、はい、分かりましたから、どうぞ花束を受け取って下さい」

 顔を上げた男は、手はそのままに、乙女の目を真っ直ぐに見据える。

「北条さん、僕は、僕は、」

 要らぬ事を口走りそうな男の気配を察知したトノがやって来て、なかなか手を離そうとしない男と乙女を二人で引き離した。

 


「大丈夫か?」

 乾杯用のグラスを給仕から受け取りながら、乙女に声をかけた。

「うん。あの人、何か私に言いたかったみたいだけど・・・」

「ああ、きっと深く感謝していると言いたかったんだろう。研究には金がかかるから」

 会員第三十号のこの男はドクの後輩で、強迫性神経症に陥っているところを乙女に救われたらしい。

 そして、同志会員から研究のための資金を得て、画期的な培養方法を発見したことにより、今回日本再生医療学会賞を受賞する運びとなった。

 毎日、男が乙女の顔を思い浮かべて研究に勤しんだと聞いたトノが、男へのご褒美として、乙女に会わせるためだけに、わざわざ支援者主催の祝賀パーティを開いたのだ。


 そして、このパーティーについては、褒美をもらった男は当然のこと、支援企業の男達も喜んだ。

 支援企業とは即ち、トノの会社を筆頭に俺を含む会員の企業で、つまり、乙女は気付いていないけれど、実のところ、このパーティ会場には乙女の常連客だった者達が、乙女との交流を求めていそいそとやって来ている。

 乙女の目は相変わらずの節穴だし、正体を悟らせるような馬鹿な男達でもない。

 乙女は、トノの計略通り、秘蔵っ子として注目を浴びる事に慣れてしまったから、パーティーの参加者としてゆっくり乙女を影ながら愛でる事が出来るのだ。



「「「「乾杯!」」」」 

 乙女がシャンパングラスに口をつける振りだけして、飲んでとグラスを俺に寄越した。

「飲まないのか?」

「うん」

 乙女はしばらく逡巡した後、俺にだけ聞こえるように声を潜めて、照れくさそうに言った。

「あのね、まだ、お医者様に行って確かめたわけじゃないけど、二人目ができたみたい」

 

 乙女と俺が高二の夏に描いた夢は叶った。

 乙女と心美が朝はいってらっしゃいと元気に見送ってくれて、夜はお帰りなさいと温かく出迎えてくれる。

 心美の夜泣きに起こされ、抱っこして揺すって、川の字になって眠る。

 先週は乙女にお弁当を作ってもらって、心美を連れて三人で動物園にも行った。

 親子三人睦まじく幸せに暮らしている。

 俺の四人目の家族!


「司、嬉しい?」

「ああ、もちろん! 嬉しいに決まってる!」


 月に一度の会報の作成がなんだ。

 会員のために乙女をパーティに連れ出す事なんて大した事じゃない。

 お邪魔虫の親父達がしょっちゅう家にやって来たっていいじゃないか。


 俺は幸せだ!! 


「じゃあさ、来年の春、この子が生まれたら、病院にいるお義母さんのとこに家族揃って会いに行こう?」

 幸せを胸一杯に噛み締めていたら、乙女がとんでもない事を言い出した。

 胸がぎゅっと締め付けられる。

 でも、乙女が傍にいてくれたら・・・


「・・・・・・ああ、そうだな、乙女がそう・・・言うなら」


 乙女が傍にいてくれたら、俺は何だって出来る。

 辛い過去の記憶にも向き合う事が、出来るはずだ。


「お義父さんとこも」


 ・・・・・・


「あのさ、私も恨んで憎んでたよ。だけど、お客さんの中にはやった事をすごく後悔して、苦しんでる人達が沢山いた。お義父さんだって、司から逃げた事、きっと悪かったって後悔してると思う」 


 ・・・・・・


 悪かった・・・か。

 乙女から聞くと、この世に起こる全てが何でもシンプルでカンタンで、大した事じゃないように思えるから不思議だ。


「分かった。じゃあ、乙女が十人目の子供を生んだら、会いに行く」

「じゅ、十人?!」

「俺が寂しくないように家族をいっぱい増やしてくれるって乙女言ったよ?」

 ぼろアパートで、子供時代家ではいつも一人きりで過ごしていた俺の話を聞いた乙女が、賑やかな家庭にしようねと言ってくれたのだ。


「それ、十七の時の話じゃん! 十七から始めれば、イケたかも知れないけどさ、私、今、三十なんだから、せめて五人にして!」

 真っ直ぐで、大きくて、いつでも俺の望みを叶えてくれようとする乙女が愛しくて、思わず抱き締めた。

「分かった、じゃあ、五人でいい。・・・ありがとう、乙女」


 俺を見ようとしなかった母親や、罪悪感から俺を見れなくなった父親を、俺は一生許す事はないと思う。

 だけど、乙女の温もりを腕の中に感じれば、自慢の妻と可愛い子供達を俺の家族だと見せびらかすくらいなら、悪くないかも知れないと思えた。






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