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裏事情7

 通い始めて分かったのだが、乙女は、食事も満足にとらず、稼いだ金をほとんど実家に仕送りしていた。

 今時珍しい親孝行ないい娘だと思うが、酷い貧乏暮らしで、困ったことに肌も髪も荒れ放題、着用する者がこれでは、せっかく俺がデザインした、品のある美しい女王様仕様のボンデージが台無しだ。

 仕方がないので、食べ物を運んでせっせと食わせたり、身繕いの世話をしたり、雛を育てる親鳥のように乙女の元へ通った。


 俺の努力が実を結んで、乙女は次第に美しい女王様へと進化した。

 指名が増えたのは、単純に自分の仕事が評価されたようで嬉しいが、少々気になる事がある。

「なぁ、乙女、その、な、こういう仕事やってて、辛くないか? 嫌な客も、中にはいるだろう?」

 俺が気になっているのは、この部屋で乙女が客とどういうコトをしているのか、つまりどんなプレイをさせられているのかという事だ。

「そりゃ、まぁ、おかしな客はいるよ? これのどこが楽しいんだろうって、しょっちゅう思うもん」

「・・・・・・。 なぁ、その客ってのはやっぱり、そういうプレイをしてくれって要求してくるのか?」

 天塩にかけて美しく育てた雛が、男達のおかしな性的興奮に利用されているのかと思うとムカつくし、本当にそうなら耐え難い。

「まぁ、そうね。でも、女王様はイヤならしなくてもいいんだって、リュウちゃんが言ってた。私、スカウトされた時に、付き合ってる人とのキスだって苦手なのに、知らない男性相手に性的なサービスなんて出来ないわよって言ったの。そしたら、女王様は罵倒したり鞭で打ったり命令したり、男を虐めるのが本業だから、そういう事はしなくていいって。逆に、お客さんの言いなりになる方が良くないって言われたの」

「へぇー、そういうもんなのか」

 良かった、それならまぁいいか、と思ったところで乙女が爆弾発言をした。

「そうそう、でもね、あんまり我慢ばかりさせて客が離れていくのは困るから、たまのご褒美にでいいから部屋の隅でオナニーをしろっていう命令をしてやって欲しいって、そう言えばリュウちゃんに頼まれてた。すっかり忘れてたけど」


 ・・・・・・


 汚い手で触られるのもイヤだが、それはもっとイヤだ。

 乙女が(けが)れる。

 乙女は俺が育てた美しく崇高な女王様で、崇めて愛でるもの、下劣な変態が触れていい存在ではないのだ!

 変態は、乙女にヒールで踏みつけられるとか、鞭で打たれて喜んでいればいい、それ(・・)は許さん!


 ご褒美は一生おあずけでいいからなと乙女に言い聞かせて、どうしたもんかと思案していると、またもや問題が発生する。

 乙女がストーカーに拉致されかかったのだ。

 返り討ちにしてやったわと乙女は笑って言ってるけど、俺は青くなった。

 乙女が住んでいる今のアパートはかなりのオンボロで、セキュリティーとは無縁の代物なのだ。

 もちろん、乙女は自分の正体がバレるのをすごく警戒してるから、むざむざ住んでる場所を特定されるようなヘマはしないだろうが・・・・・・

                            

 俺は最新のセキュリティーが完備されたタワーマンションの部屋の合い鍵を渡した。

 そこは俺の東京滞在用のマンションで、デザイン関連の仕事部屋兼寝室として使っている。

 部屋は余ってるし、内側に鍵を付ければ乙女も安心して使えるだろう。

 少なくともあのアパートに住むよりはうんとマシなはずと思ったのに、乙女はなかなか受け取らない。

 嫌なら別のマンションを用意してやるぞと言っても、乙女はストーカーはちゃんと退治するから問題ないと固辞するのだ。

 俺のしつこさに最終的には折れて、ストーカーをまくのに利用させてもらうと鍵を受け取ってくれたけど、乙女の危機管理の無さはどうしたものだろう、危なっかしくてとても放っておけない。

 俺は、乙女に気付かれないようにストーカーを排除せよと、忍びに命じた。

          

 マンションはとても重宝して使っていると乙女から礼を言われる。

 この頃の乙女は俺に随分懐いて、タワーマンションに車で一緒に帰ったり、泊った時には共に朝食をとったりするようになり、また一緒に過ごす時間が長くなると、乙女はプライベートな事柄に関しても、少しずつ俺に話してくれるようになった。

 俺にとっては、とうに知ってる事実だったけれど、本人から打ち明けられる秘密は信頼の証のようで、嬉しくて浮かれてしまう。



「おい、お前、最近東京に愛人を囲っているそうじゃないか。遊ぶなとは言わん。だがな、お前はまだ結婚して間もないのだぞ? 正妻の立場も考えてやれ。浮気は子の一人くらい正妻に産ませてからだ、いいな」


 地元に帰ると、東京に通い詰めているのを知った親父に、いきなり詰め寄られた。 

 まずいな・・・

 実際は違うが、乙女に関しては、周囲の人間にそう勘ぐられても仕方がないような事をしている自覚はある。


 妻は怒っているだろうかと思いながら、恐る恐る家に戻ってみると、なんの事は無い、妻は通常通りの鉄仮面だった。

 良かったとホッとする反面、物足りなさも感じる。

 政略結婚なのだからと、妻は最初から割り切っているのかも知れない。


 その夜、俺は、子を作れと親父に言われたのを思い出して、久しぶりに床を共にするかと妻を誘った。

 ところが、従順な人形のような妻が意外にも俺を拒否してつっぱねる。

 やっぱり怒っていたのかと思っていると、突然妻が床に突っ伏して泣きながら俺を詰り始めた。

 家に帰りたくないほど疎んじるなら離縁すればいいとか、その女性を妻にして子供を産んでもらえばいいとか、おおよそ普通の女が拗ねて言うような事を言っている。

 それはとどまる事無く延々と続き、鉄仮面のこの妻がと、俺はただただ驚いてあっけにとられていた。

 

 なんだ、ちゃんと感情はあるんじゃないか。

 こんな冷たい女とは分かりあえないと、早々に諦めた自分がいけなかった。

 抱き寄せて、済まなかったと謝った。

 泣き顔は、普段のとり澄ました顔よりずっと年相応に見えて可愛かった。

 口付けて、今度は笑い顔を見せてくれと言うと、ほんの少しはにかんだ笑みを見せる。


 妻は忠義に厚い家の中でずっと育てられてきたのだ。

「離婚はしない。俺の妻はお前だ。俺と共に生きてくれ」

 押し倒して深く口付ける。今度は抵抗しない。

 抱きながら思う、妻は昔の俺と同じ、目が見えていないのだ。


 俺の目は麗美さんによって開かれた。

 妻の目は、俺が開いてやればいい。

 その日を境に、東京ではなく地元で過ごす日が増えていった。





 


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