エピローグ2
乙女と会える最後の日、ガウンのまま時間より遅れてプレイルームに入って来た乙女に只ならぬ予感がした。
「乙女、どうした?」
「シンさん、私、どうしよう! 司が、司が戻って来てたの! あのおかしなお客さんが司だったのよ。結婚しようって。でも、祐一さんがいるのに。私、祐一さんのために温かい普通の家庭を作るつもりだったのに。私、私、」
縋りついてくる乙女をしっかり抱きとめ、乙女の言葉からとうとうアイツが動いたのを知る。
「落ち着け、乙女。お前、言ってる事が支離滅裂だぞ。落ち着いて話せ、な? ちゃんと聞いてやるから」
乙女を椅子に座らせ話を聞いたのはいいが、さっぱり分からん。
乙女は祐一と司の二人の間で、どうすればいいのかと悩んでいるようだが、そもそも祐一と司は同一人物なのだから、何も問題はないはずだろう?
あの野郎、何を訳の分からん事をやってるんだ。
「乙女、何も悩む必要はないじゃないか。祐一とあいつは・・・」
しまった、俺が話すわけにはいかなかった。
「えっと、ごほん、お前の気持ちはどうなんだ? 相手に申し訳がないとか、そういうのを抜きにして、好きなのはどっちなんだ?」
「どっちも好きなの。祐一さん以外の人なら司を選んでる。司と祐一さんは特別なの」
何だソレ。
乙女にモテモテじゃねえか!! むかつく野郎だな!!
「だけど、だけど、・・・私、・・・祐一さんに顔向け出来ない事しちゃったんだもん。うわぁぁぁん」
あの野郎、コロス!!
俺は、何があったのかを察した。全然、知りたくはなかったけど。
「乙女、大丈夫だ。泣かなくていい。心配するな。どう転んでも、悪いようにはならないから」
乙女を抱き寄せて頭を撫で、慰めつつも娘を奪われた父親の複雑な心境を味わう。
「そうだ、乙女、どっちも同じなら、じゃんけんで決めるか。それがいい。俺が勝ったら祐一で、乙女が勝ったらその司って奴だ」
「シンさん、ヒドい! なにそれ! じゃんけんで決めるとか、馬鹿じゃないの! 私が真剣に悩んでるっていうのに、茶化したりして! もう、ほんとにいつだって馬鹿な事ばっかり言うんだから!」
ぽかぽか俺を殴って文句を言いながらも、クスクス笑い始めた。
それからは乙女も俺も黙ったままで、ずっと抱き合っていた。
乙女がぎゅっと抱き付いて、別れの言葉を口にした。
「今までありがとう、シンさん。シンさんがいてくれたから、私、ここまで女王様をやってこれた。シンさんの事は絶対に忘れない。そうだ、シンさん、鍵返さなきゃ」
鍵を取りに、俺から離れようとする乙女を止める。
「ああ、鍵はな、乙女が持ってろ。乙女なら、結婚したって下僕の一人くらい抱えられるだろう?」
乙女が驚いた顔を向ける。
「新しい女王様を探さないの?」
「俺の可愛い女王様は乙女だけだ」
にっこり笑って言うと乙女は泣き笑いの顔をして、抱き付いてお礼を言った。
「ありがとう、シンさん」
頬に一つ口付けを残して、乙女は、とうとう俺の元を去って行った。
どうなったかの報告の連絡だけはするようにと乙女に約束させて、後ろ髪を引かれながら東京を後にする。
乙女は律儀だから連絡はしてくるだろう。
だが、渡した鍵が二度と使われる事はない。俺には分かる、乙女は、そういう女だ。
保険として残すとか、金づるとして利用するとか、乙女になら全然利用されてやるのに、考えもしない。
雛は美しく育って、巣立って行った。
乙女の幸せのためだ、寂しくても、黙って見送ってやるのだ。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
だめだ、むりだ! 俺は乙女みたいに潔くない。
要は、乙女にバレなきゃいいんだよ。
今後はこっそり可愛い雛を見守っていくことに決めた。
「ロイ、10分経ちましたよ。交代です。乙女様、今度は僕の方に寄りかかって下さい」
「いや、今度は私だ。お前達ばかりズルいぞ。ロイ、席を代われ」
「えー、ドクは愛妻家なんですから、いいじゃないですか」
「愛妻家は関係ない。つべこべ言わず、サッサと代われ」
「仕方ないですね。でも次は僕ですから。あ、トノいらしていたんですか。思いの外、早く着きましたね」
タワーマンションの鍵を開け、部屋に入ると三人はソファーに座る乙女の隣の席を取り合って、言い争いをしていた。
乙女がこの部屋にやって来ることは二度とないだろうと思っていたのに、別れた次の日、タワーマンションにいるという乙女から救いを請う電話がかかってきた。
直ぐに行ってやりたいと思ったが、あいにく俺は地元に帰っていて、精神的に参っている乙女をマンションに一人きりで置いておくのが心配だった。
それで、誰でもいいから俺が行くまで乙女についていてやって欲しいと、三人に助けを求めたのだ。
だが、月曜日の午後なのに、ハクやロイはまだしも、ドクまでいるとは思わなかった。
「ああ、今日は電車で来たからな。乙女、大丈夫か?」
俺の通常の移動手段は車だが、渋滞で余計に時間がかかってしまう可能性を考えて、側近を振り切り久方ぶりに電車に飛び乗った。
「うん、みんなが来てくれたから・・・でも、びっくりしたよ? みんなが知り合いだったなんてさ。私、全然知らなかった」
乙女は、ドクの腕を抱き枕のようにして体を巻き付けたまま、呟く。
「私って馬鹿だよね、顔、同じなのに。何で気が付かなかったのかな、祐一さんが司だって。だけど、司って昔はチャラチャラしてたんだよ? 髪は染めてたしさ、ピアスとかもしてて。七三分けに銀縁眼鏡のイメージなんて全然湧かないよ。あの客だってずっと私に償いたいって懺悔してたのに、全然気が付かなかった」
「ドク、10分経ちました。交代です。さぁ、乙女様、今度は僕の腕に」
「うん・・・」
乙女は言われるがまま、左側のドクから離れ、右側に体の向きを変え、ハクにしがみついた。
「いいですねぇ、凛々しい乙女様も素敵ですが、弱った乙女様はとても可愛らしくて。乙女様、僕達下僕がずっとあなたをお守りしますよ、だから安心して下さい。ねぇ、トノ?」
「・・・・・・」
ハクの言いたい事は、痛いほどよく分かった。
一度は諦め渋々手離した宝が、向こうから泣いて戻って来たのだ。
「トノ、乙女様は会社を辞めるそうです。家にも帰りたくないとの事なので、今日からここに住んでもいいですよね?」
「乙女、どういう事だ?」
「司の前から姿を消したいの。私、司の重荷になんてなりたくない。シンさん、司が結婚しようって言ったのはね、私に償うためだったの! 会社を買収したのも、変装して優しい恋人役を演じたのも、全部不幸な私を幸せにするためだったのよ!」
乙女は悲痛な声を上げると、わぁぁぁぁぁぁとハクの肩に顔を埋めて泣き出した。
・・・・・・
誰も入り込む余地がないほどの相思相愛のくせに、何でこんなに拗れるんだか。
どんな経緯を辿ったのかは知らんが、えらく誤解したもんだ。
俺は三人を見た。
ハクは横を向いて知らん顔をしている。ドクは鼻を掻いて気まずそうだ。ロイはきょろきょろ、日和見か。
乙女の酷い見当違いを正してやろうという正直者は、この中にはいないのか。
しょうがない奴らだな。
「ハク、10分経ちました! 交代して下さい!」
「えー、いいとこだったのに」
ハクに巻き付き、めそめそ泣いている乙女を見る。
ふむ・・・・・・
「おい、俺も順番の中に入れてくれ」
「「「えー!!」」」
何がえー!だよ、俺だって弱った乙女を可愛がりたいに決まってるだろ!
しばらく四人で順番に乙女を甘やかして遊んだ。
夜も暮れて来たしな。
「そろそろ、呼んでやるか」
「えー、もうですか?」
ハクがぶつぶつ文句を言っていたけど、無視してロイに電話を掛けてやれと合図した。




