第1話 : 『ぼんず』
先日まで投稿していた前振りの『しじゅうくにち』の本篇です。
内容・タッチは全く異なると思います。
でも最終話が近づくと、馬鹿な人間模様を描きたいと思っています。
よろしくお願いします。
9月に入ったというのに、まだ、残暑厳しい日々が続く。
そんな、ある日の明け方、さぁーっと通り雨が降った。
木々の葉からは、梢からは、それを惜しむかのように雨の雫が垂れ落ちていた。
「どうやら、間に合ったようだな、よかった、よかった」
と慶木が呟くと、
この春、芽吹いたばかりの小枝を伝わる、雨垂れとは違う、一筋が、登りはじめた朝日に照らされ、物悲しそうな暖かい光を放ち、地面へと落ちていった。
ガサッ、ゴソッ、ガサッ、ゴソッ、
「よいしょ、よいしょ、静かに、静かに、慶木さんを起こさないように、よいしょっと、……」
「ふわぁ~ぁ~ぁ、あぁ~ぁ、ぁ」
「慶木さん、おはようございます。起してしまいましたか?、すみません」
「あぁ、ぼんず……、別に構わんが気持ちのいい朝だな、ところで、どうしたんだこんな朝早くから」
「はい、今日、僕は旅立ちます!」
「そうか、明け方の雨は大丈夫だったのか」
「はい、大丈夫でした。ほら、この通りです。ところで、兄さんはもう旅に出ちゃいましたか?」
「そうだよ、ぼんずが寝坊してるから、4日前に旅立ったぞ」
「えっ、4日も前ですか」
4日も前に出ちゃたのか、また逢えないのか~、今回は会いたかったのにな、
じゃぁ、 もうちょっとで帰ってくるかなと、ぼんずは思い、
「慶木さん、今回の旅は、兄さんに会ってからにしようと思います。だから、この辺りでちょっと待ってます。」
と、言い終わるか終わらないかのうちに、慶木さんは顔を強張らせ、
「今回の旅は、御木さんのところへ行きなさい、兄さんにも行かせた。」
「えっ、また御じぃ……、」(しまった、怒られる!)
「御じぃ、じゃないだろう。御木さんだろう」
案の定、怒られてしまった。
「でも前々回も行ったし、御じ……、じゃなくて、御木さんはいろいろ知ってるし、いっぱい、いろんな事も教えてくれるし、優しいし、だけど……」
「いいから、とにかく、今回はこの慶木の言う通りに、御木さんのところに行きなさい。兄さんにも、また、次の機会に会えばいいじゃないか」
「でも、遠いしなぁ~……、はぁ~い、解りました」
と、ぼんずは旅立って行った。
「これでいいんだ、これで……」と慶木は、旅立つぼんずの後姿を見送っていた。
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なんか変だな、今回の慶木さんは……。
そして、旅の途中で、ぼんずはある事を思いついた、
「そうだ、前にもあったように、蓮花おばちゃんの所へ行って、慶木さんを説得してもらおう!」っと。
蓮花おばちゃんの近くまで行って身体を休めていると、突然
「何やってるのこんなところで、ぼんず!」
いつもと違う蓮花おばちゃんの声が聞こえた。
僕が、びっくりすると、
「ごめんごめんね、大きな声で叱ったりして、いきなりぼんずの姿が見えたから、おばちゃんも、びっくりして、…… 元気だったかい? 疲れてないかい?」
いつもの優しいおばちゃんに戻っていた。
僕が、慶木さんの事を言うと、
「今回は、御木さんのところへ行きなさい、蓮花おばちゃんもそう思う。」
と言われてしまった。
すると一匹の小さな生き物が蓮花おばちゃんの葉っぱの間から顔を出した。
「あら珍しいね、
そうそう、この子は憶病者で、いっつもこのおばちゃんの足元に居て、滅多に顔を出す事はないのよ」
すると直様また、水中に入ってしまった。
「この子はね、『プーニャ』って言うの。まだ喋れるのは。『ぷー』と『ぷーぷー』だけだけど、自分が気に入れば『ぷー』、嫌なら『ぷーぷー』ってね」
また、プーニャは顔を出し「ぷー」と言ってくれた。
「あら、ぼんずの事が気に入ったのかしら?……」
「御木さんの所に早く行きなさい」
しょうがないか今回は、
「じゃぁ、蓮花おばちゃん、これから御じぃのところに向かいます」
「そうだね、ぼんず、まだ遠いから気をつけてね、元気でね」
そして、
「また、逢いに来てね……」
と、なぜか伏目がちに僕に言った。
僕が旅立って直ぐに、蓮花おばちゃんはプーニャに対して
「早くお前もぼんず君の様に独りで……ね? あっちにある池に行きなさい。おばちゃんは、行けないけどプーニャなら行けるから……、ほら早く!!」
プーニャは、「ぷーぷー」と駄々をこねていた様である。
ここから、御じぃのとこまで行ったら、冒険もできないし、着いたら直ぐに慶木さんの処へ戻らなきゃならないし、兄さんにも逢えないだろうしな~。
でも、何か変だったな、今日の蓮花おばちゃんも……。
蓮花おばちゃんにも、御じぃの処に行くように言われたし、時間も無いし、とにかく御じぃの処にわき目も振らず向かった。
もうすぐ着く、ぼんずの目には、御じぃの胸に巻かれている綱と白い紙切れのような物が見えた。
やっと、御じぃの処にたどり着き、
「御じぃ、僕です、ぼんずです」
「おぉ、ぼんずか、よく来たな元気だったか? 遠くなかったか? 疲れてないか?」
いつも通りのやさしい御じぃだった。
「どうしたんですか、胸に巻かれている綱と、その紙切れは?」
「あぁ、数年前から始まったんだが、昨日この辺りでお祭りがあってな、少々綱はきついが、紙飾りも着けてもらってな~、
金魚すくいやら、綿菓子やら、チョコバナナやら、『御木さん』って名前の店も出て、桔梗、向日葵やら、きれいな花がたくさん、幼い苗木やらもあってな……、他にもたくさん屋台が出て楽しかったぞ、
ぼんずも寝坊しなければ、間に合ったのになぁ~」
いつも通りのやさしい御じぃだったが、矢継ぎ早にいろいろと話をしてくれて、よっぽど嬉しかったのか、僕が遅れて来たから時間が無いのを知っていたのか……、
でも、そうではなかった。
「御じぃ、すごくかっこいいですよ、その胸に巻かれている綱と紙飾り」と僕が言うと、
「そうか……」と、
ちょっと照れくさそうだった。
「ところで、兄さんとは、逢いましたか? もう慶木さんの処へ……」と僕が、
慶木さんの方を振り向きながら、しゃべり始めた途端、
「振り向くな!!」
でも、間に合わなかった、見えるはずもない遠くの慶木さんが切り倒される瞬間だった。
そして、振り向いたその先には、もう、蓮花おばちゃんの居た湖沼も埋め尽くされていた。
御じぃは泪を浮かべ、その泪は、幹をつたわり、
「ぼんず」と一言つぶやいた。
僕は、
「慶木さん、蓮花おばちゃん、
慶木さん、蓮花おばちゃん、……」
もう、飛べなくなるほど、鳴きじゃくった。
御木さんのまわりでは、通勤帰りのサラリーマンやら、学校帰りの学生達が行き交い、
「この頃、この木やけに蝉が多くないか、煩いんだよな、まったく、すごいよな」
「冷てぇ、シッコかけられた」
などと、無神経な会話が聞こえた。
御じぃは、泣きじゃくる僕に、
「慶木の処へは、もう戻れない。ここには友達もいっぱい居るし、兄さんも居る、今頃、御じぃの足元で次への旅立ちの準備をしているから、また逢えるから」
「そしてなぁ、みんながみんな悪い訳ではない、ほら、紙飾りまでつけて、神輿も御じぃの周りを回ってくれたし、御じぃの幼木まで、買っていった人もいる。
時の流れなんだよ、これが。
だから、もう泣くな」と、諭すように。
でも、僕は、ずーっと鳴いていた。