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第三章 夢見る白鳥号 その2


 ルウたちが浜の真ん中へ行くと、人の輪の中にトウリがいた。


「ではそろそろはじめるかな」


 トウリはそう言うと、みんなに集まるよう声を掛けた。マルミの漁師達もカナンの住人もみんな集合した。もちろんガグリの三兄弟たちも。

 そしてトウリがまず今回の沈没船引き揚げの企画代表者として挨拶を行った。その後にそれぞれの集落の顔役の紹介をしていった。マルミの網元の頭領、その女将、漁師の親方、もりつき名人に船大工。カナンの顔役のガグリ夫妻、牛飼い、井戸掘り名人、一通り紹介し終えると、トウリは次にルウを呼んだ。突然呼ばれたルウは訳もわからずトウリのもとに行く。すると、トウリはくるりとルウの体をみんなの方に向け、


「さてみなさん、今回の船の引き揚げという大事業を発案したのは、ここにいるル

ウ嬢であります」


 とまるでブッカのように大げさな紹介をした。とんと肩をたたかれたルウはみんなに向かってぺこりとお辞儀をした。長いお辞儀の後、真っ赤に染まった顔をあげると、耳をつんざくような割れんばかりの拍手が巻き起こった。中には「ヒューヒュー」と口笛を吹く者までがいる。

 ルウはとっても恥ずかしかったけど、嫌な気分ではなかった。照れくさな笑顔で応えると拍手は一層大きくなった。


「み、見つけったのはおいらたちだっぞ」


 突然輪の外からガグリの末弟が大声で叫んだ。拍手は鳴り止み、みんなの視線が一気にガグリの三兄弟に向かった。その中で長兄も次兄も固まったように動かない。ガグリの父も母も少しばつの悪そうな顔をしている。


「おお、そうだった。発見者のガグリの三兄弟にも盛大な拍手を」


 トウリがとりなすようにそう言うと再び大きな拍手が沸き起こった。その拍手の中で三兄弟はとても誇らしい気持ちになった。

 

 そうして一通りの挨拶が終わり、作業に取りかかる前にまず、トウリを座長に、カナンとマルミからは代表者を一名づつ選ぶこととなった。カナンからはガグリの父が、マルミからは漁師の親方が選ばれた。網元の頭領は高齢のため「わしみたいなジジィはご意見番でええじゃろ」と言ってガハハと笑った。

 そしていよいよみんなで船の場所までやって来た。船の周りはすっかり水が引き、船首飾りの女神像が見えていた。しかし泥にまみれており、どんな顔かはっきりとは見えなかった。

 トウリ達はここで船の状態を見ながら作業手順の確認を行っている。その間にルウ達はもっと船に近づいてみた。


「へぇこれが怪物の正体か。全然怖くなんかないね」


 ブッカは自分の背丈よりも少し高い位置にあるその船首飾りを、ぴょんぴょん飛び跳ねながら見ていた。ルウももっと近くによって見てみた。顔一面にこびり付いている泥を手で拭おうとしたが、かぴかぴに乾いており、はがれ落ちそうにない。


「こりゃ洗い流さなきゃダメだね」


 ブッカが両手を広げながら言った。ルウは泥に隠れたその女神様の顔を想像してみた。きっと素敵なお顔に違いないわ。ルウはそう考えると一人でニヤニヤしだしたから、となりのブッカはちょっとあきれ顔だった。

 


「ではみなさん、がんばりましょう」


 トウリの号令でいよいよ作業が始まった。作業は船の前後で二つの班に分かれて行うことになった。


「さあ、野郎ども。今日の獲物はでっかいぞい。気ぃぬくなよ」


 前面を担当するのはマルミの若い漁師達だ。力の有り余っている彼らは親方の号令に「おう」と応え、どんどん掘り進めていく。


「俺たちも負けてらんねっぞ」


 後面の担当はカナンの百姓達だ。こちらは井戸掘り名人を中心に作業を進める。このときばかりはガグリの三兄弟もショベルを持って手伝いをしていた。

 トウリは船大工と一緒にその作業を見ている。ソビィは補佐役としてトウリの横に立ち、前面後面の進捗状況のチェックをしている。その眼差しは真剣そのものだ。

 さてルウも手伝う気満々でショベルを持ったが、ガグリの母に呼び止められた。


「まーだ、あたしらの出番じゃあないよ」


 ガグリの母はそう言うと、こっちこっちとルウを浜まで連れて戻った。そこではカナンとマルミのおかみさん達が、即席のかまどを作って昼食の準備に取りかかっていた。


「さあ、あんたもこっちを手伝いな」


 ガグリの母がフフンと笑いながら言うとルウは、


「えぇ、私も引き揚げのお手伝いがしたかったのに」


 と少し不満げに言った。すると網元の女将が気っ風の良い声でこう言った。


「なぁに、穴堀なんて男どもにやらしときゃいいんだよ。ここは男の見せ所さ。それにさ、あたしらが飯の用意をしてやんなきゃ誰がやってくれるんだい。まさか男どもにゃ任せらんないだろ」


 そう言われると確かにそうだがルウはやっぱりあっちを手伝いたい。きっとそんな表情をしていたんだろう。それを見た他のおかみさん達がルウの肩を叩きながら、


「なぁに、穴堀の後は引き揚げだろ。引き揚げになったらあたいらの出番だよ」


「そうそう、それまでは男達に花持たせてやんないとね」


「そうさ女はねえ、良いとこ取りだよ。それがいい女ってもんさ」


「ところであんた、かわいい服きてるねぇ」


「ねえねえあんた魔女の娘っこだろ。なんか魔法は使えんのかい」


「料理の方はどうだい。出来ないならおしえてやんよ」


「出来ないわけないっしょ。アビコばあさんの作るジャムは絶品だよ。ねぇあんた、あのジャムのレシピこっそり教えておくれよ」


 などなど好き放題にしゃべりかけて来るもんだから、ルウはもうタジタジだ。でもなんだかこういうのもいいなと思った。つまるところがルウも女だ。


「お料理ならまかせて。でもジャムのレシピは内緒なの。魔女の秘伝ですもの」


 と、腕まくりしながらかまどに向かった。



 作業は順調だった。特に前面の組は若さにまかせてがんがん掘った。掘りすぎて船大工からストップをかけられたほどだ。そこで一旦、トウリと船大工がチェックに入った。二人の指示で、今度はベテランの漁師たちが船体にロープを張りはじめる。若い漁師達が一息つくと、見物していた子供たちが一斉に水やタオルを持って「わっ」とやって来た。

 後面では一転慎重に掘り進めていた。なんせこちらは深さがある。滑車を用意して土砂をくみ上げながら作業を進めて行く。ガグリの三兄弟も掘り手としてがんばっていた。

 ソビィはその姿を見て安心した。どうやらあの三兄弟はまじめにやっているようだ。


「それに引き換え……」


 ソビィはそう呟くと後ろを振り返った。そこには見物に飽きてきた子供たちと戯れるブッカの姿があった。


「やれやれだぜ、まったく」


 ソビィはフーっとため息をついて作業に戻った。



 ルウは普段からアビコの手伝いで台所に立つことはあったが、こんなに大人数の食事を用意するなんて初めてのことだった。ガグリの母やおかみさん達に教わりながら、どんどん握り飯を握っていく。


「そうそう、あらうまいもんじゃない。さすが魔女の子、飲みこみが早いわね」


 ガグリの母に褒められてルウはとても嬉しかった。嬉しくてどんどん握っていく。


「あれまあ、これじゃうちらの仕事がなくなっちゃうわいな」


 おかみさんの一人がそう言うと、


「なぁに、あんたの仕事はおしゃべりだろうがさ」


 と、また別のおかみさんがちゃちゃを入れる。そして周りのおかみさん連中がけらけら笑う。もちろんルウも笑った。


「まあしかし楽でいいわさ」


 網元の女将がそう言いながら、ルウにウィンクしてくれた。ルウは照れ笑いを浮かべほほを染めた。ルウは今この瞬間がとても幸せだった。初めて出会った人たちともこんなに仲良くなれた。こんなに楽しい時間ならいつまでも続けばいいのにな。そんなふうにも思った。そしてやっぱりアビコにも一緒に来てほしかったなとも思った。



「おや、この子ったら。ちょっとお待ち!」


 突然おかみ衆の間から鋭い声が響いた。ルウが声のする方を見ると、なんとブッカが握り飯を口にあふれるほどに含み、おかみさんの一人に首根っこを掴まれていた。


「まあつまみ食いかい。まったくいやしんぼうだね」


 ガグリの母はあきれ顔だ。


「ちょっとブッカ、なにやってるのよ!」


 ルウはちょっと強めの口調でブッカを問いつめた。こんな猫でも身内同然だ。恥ずかしくって顔から火が出そうだった。

 ブッカは口の中でもぐもぐやって、ごっくんと握り飯を飲み込んでから、とくに悪びれもせずに言った。


「やあルウがんばってるかい。ところでこのおかみさんに言ってやってくれないかい。首根っこを掴むなんてこれじゃあまるでうさぎじゃないか。かりにもぼくは猫族のオトコだぜ。それなりの扱いを要求する」


「まあ、あきれた。どろぼう猫のくせにずうずうしい。あんたなんてせいぜい台所のネズミなみのあつかいで充分よ」


「なんてこった! よりによってネズミに例えるなんて。あんまりだよ、ひどすぎる」


「なに言ってるのよ。そもそもあなた何やってたの。まさか遊んでたんじゃないでしょうね」


「やっ、なんてこと言うんだい君は。僕は大人たちがやりたがらないもっとも大変な仕事をしていたんだぜ。それも自主的にね」


「あら、いったいどんな仕事だっていうの」


「それはねチビスケたちの子守りさ。まったく大人がほったらかしだから僕がやるしかないじゃないか」


「まあ、結局は遊んでたんじゃないの」


 ルウは憮然とした表情でブッカを見た。ブッカはといえば首根っこ掴まれたまま、むしろエヘンと得意げな顔をしている。ルウはその表情を見るとあきれたを通り越してもはやあわれみ顔だ。

 そんなルウとブッカのやり取りを見ておかみさん達は大笑いだ。


「まあこの子猫ちゃんの顔についてる泥に免じて許してあげようじゃないか」


 網元の女将がブッカの姿をジロリと見やってそう言った。ようやく解放されたブッカは、首をぶるぶるっとして、それから大きく一伸びして「やれやれ」なんて言っている。


「ほら子猫ちゃん仕事だよ。みんなを呼んで来ておくれ。そろそろお昼にするよ」


 ガグリの母がそう言うとブッカは目を輝かせ敬礼した。


「いってまいります!」 


 おかみさん達は大笑いしていたがルウは心底恥ずかしかった。



 みんなでの昼食会はさながらお祭りのようだった。組違いの者たちがお互いの労をねぎらいながらルウの作った握り飯を頬張る。

 トウリがごちそうを用意したおかみさん衆に感謝の言葉をかける。

 ブッカは輪の中心でいかに自分が働いたかを熱弁している。

 ガグリの三兄弟は漁師の子供たちに船の本当の正体は怪物だ、なんて話をしている。

 ソビィはそんな姿をやれやれといった表情で見ていたが、その目は決して冷たいものではなかった。

 ルウはおかみさん達と一緒にせわしなく動き回っていた。その間にも漁師や百姓たち、いろんな人からいっぱい声をかけてもらった。みんな笑っていた。ルウは本当に楽しかった。

 えへんと咳払いをしてトウリが立ち上がった。


「さてみなさん。午前の働きが予想以上に進みました。船の引き揚げも後少しです。午後からもがんばりましょう」


 そう挨拶するとみんなから拍手があがった。その後、それぞれの組の進捗状況と午後からの作業の段取りの確認が行われた。そして最後に網元の頭領の言葉で会はお開きになり、みんなはそれぞれの持ち場に戻って行った。

 


 ルウは午後も相変わらず、おかみさん達と昼食の片付けと夕食の仕込みをしていた。


「夜は酒が入るからね。大宴会になるよ」


 なんてガグリの母が言うもんだからルウは楽しみで仕方ない。と同時にやはり船の様子も気になってしょうがない。

 夕刻になり、船の方からソビィが駆け足でやって来て、いつもの調子でこう言った。


「いよいよ船を引き揚げます。みなさんも手伝ってください」


 ルウの胸は高鳴った。


(いよいよなのね)


 おかみさん達も腕まくりをしたり指をポキポキ鳴らしたりしている。そして頭領の女将が発破をかける。


「よーしいよいよ出番だ。気合い入れてくよ!」




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