終章 その後のおはなし その1
結局雨はその後七日間降り続いた。湖の水位は上がり、元の姿を取り戻した。マルミの漁師達は「これで漁が出来る」と大喜びだったが、カナンでは雨が降りすぎて、作物が少し駄目になった。
アトラス山の噴火は治まったようだ。火口からはまだ煙が吹き出しているが、トウリの話では「もう大規模な噴火は無いだろう」とのことだった。
ウルスの行方はわからなかった。しかしその後人々は、山を降りて来た猟師たちから「北へ移動する石の怪物を見た」という目撃談を聞く事になるが、それは冬のはじまりの頃。まだ少し先の話であった。
ガグリの三兄弟は、その後カナンの住人達によって無事発見された。発見時、三人は地面に掘った穴の中で抱き合うように眠っていたという。麓へ降りてくると三兄弟はこっぴどく叱られた。叱られた後で大泣きする母にぎゅっと抱きしめられた三兄弟は、一体何を感じたのであろうか。長兄は畑仕事を率先してやるようになったそうだ。父や母だけでなく、集落の他の住人にまで教えを乞うようになったという。次兄はトウリの学校に頻繁に顔を出すようになった。聞けば本を読めるようになりたいという。後のソビィの話ではその時の次兄の顔は、照れくささを隠すように拗ねたような表情だったらしいが、それはまるで普段のソビィ自身の顔のようで、ルウは聞いていてなんだか可笑しくて思わず笑ってしまった。
末弟のその後を語るには、その前にブッカの話をしておかねばならない。
ブッカはなんと白鳥号の船長となっていた。
なぜそんなことになったのか? それはあの日、ルウが一度目覚めてから再び眠りについた後の話である。隠し沼からアビコの庵までの帰り道でのことだ。
アビコは飛びすぎて魔法の力を使い果たしていた。そのためみな徒歩での帰路となった。トウリは足を負傷しており、ソビィがルウを背負っていた。そしてブッカは先頭を陽気に歩いていた。途中、カナンの住人やマルミの漁師にも出会った。その都度おしゃべりブッカは立ち止まったが、ソビィに先を促されていた。
ブッカはあくまでも陽気だった。だからアトラス山の最後の噴火にもまったく動じず、ただ前を歩いていた。
ヒュンという音が聞こえたのはまったく意識していなかった。ただその音が響いた時、ブッカが躓いて転んでいなければ確実に大惨事になっていたであろう。ブッカが「いてて」と顔を上げた時、目の前には大きな穴が出来ていた。そしてその大穴からもくもくと煙が昇っていた。
「な、なんだ? いったい」
ブッカがその大穴の中を覗くと、真っ赤に光る物体が見えた。その物体は雨に濡れ、濡れたところから火を吹いていた。
「こ、これは龍石じゃないか!」
後ろから覗くトウリが興奮気味に言った。
「りゅうせき〜?」
そう、ブッカは龍石を拾ったのだ。しかも特大の。そしてその鉱石、いや功績によって船長になってしまったのだ。
動力を取り戻した白鳥号は、雨が上がってから幾日かたって進水式を行った。トウリが指導員となり船長はブッカ、機関士助手としてソビィ、乗組員としてマルミの漁師達、そして見習いとしてガグリの末弟が乗り込んだ。それは末弟の独り立ちの時でもあった。末弟の旅の始まりでもあったのかもしれない。
さてブッカはといえば、船長といっても船の知識なんてある訳がない。日々マルミの漁師達からしごかれて操船技術を片っ端から叩き込まれた。おかげでルウの体調がよくなった頃には漁師達も太鼓判を押すほどの腕前になっていた。
そしてルウはどうなったか。
ルウはあの後、七日七晩眠り続けた。
眠っている間どのようなことを思っていたか、ルウは今も思い出せない。ただアビコが言うには、すやすやと気持ち良さそうに眠っていたそうだから、さぞや楽しい夢でも見ていたのだろう。
そんなルウを心配して、ソビィは連日アビコの庵を訪れていた。いやソビィだけではなかった。この七日間で様々な人々がルウの元を訪れた。マルミからは網元の頭領を筆頭に女将、親方、漁師達、そしてウルスとともに机を並べた子供たちが日替わりで訪れた。カナンの住人はみんなで訪れた。なんせルウは集落を、そしてガグリの三兄弟を火の手から救ってくれた恩人だ。その三兄弟は母に連れられて照れくさそうにやってきたそうだ。
そしてルウが目覚めてからも見舞客はひっきりなしにやってきた。おかげでルウは退屈せずに日々を過ごした。ソビィは相変わらず毎日やってきたし、トウリは来るたびに新しい本を置いていってくれた。夜になればブッカ船長がその日の訓練結果を大げさに楽しく話してくれた。ルウが退屈する時間なんてなかったのだ。
それでもルウがリハビリを始めたのは、やはりじっとしていられなかったからだろう。
「病気や怪我じゃないんだからじっとしていればよくなるよ」
とアビコにはしっかり療養するように言われたが、病気や怪我じゃないからこそ体を動かしたいのだ。まあリハビリといってもお散歩程度のことなら、とアビコの許しを得たが、ルウはそれでも充分に満足だった。ただ終止ソビィが付きっきりだったのはさすがに辟易した。考えてみればそれはルウが無茶しないようにと、監視の意味合いもあったのだろう。しかしその時のルウは、
(まさか私、観察されてるんじゃないかしら)
と半ば本気で考えたほどだ。後日そんな話をソビィにしたところ、ソビィはじっと考えて、
「しまった、その手があったか。僕はみすみすそのチャンスを逃してしまったんだな」
と心底悔しそうな声を上げたもんだから、ルウは学者というのは一種の病気なんじゃないかと思ったりした。
そんな日々も後から考えれば楽しかったと思えるだろう。だがそ時のルウの思いは、ただひとつだった。
「ああ、私もはやく白鳥号に乗りたいわ」
そんなルウの願いを知ってか知らずか、時は静かに流れていく。
ようやくアビコからの許しが出たのは、それからしばらくたった風も涼しい日のことだった。
「ふん、まあそろそろいいだろう。ただしあんまり無理をするんじゃあないよ」
そんなふうに釘を刺したが、はたしてルウの耳に届いたか。アビコには甚だ疑問だったが、あえてそれ以上のことは言わなかった。
そしていよいよルウが白鳥号に乗る日がやって来た。




