第十二章 雨 その1
ブッカはその時、白鳥号の甲板の上にいた。
ガグリの三兄弟を追ってルウとソビィが行ってしまった時、当然ブッカも後を追うつもりだった。
(でもよく考えたら船に誰もいなくなっちゃうと火がせまった時にどうするんだ。誰もいなくなったからしかたなくぼくが残ったんだ。断じて言うが怖かったから残った訳じゃないぞ。たまたまぼくが最後に残ってしまったんだ。ガグリのことはルウとソビィに任せておけばいいんだ。なんてったってぼくはあのふたりを信じてるんだから)
ブッカが後ろめたさからか、そんな言い訳を考えていた時、浜の入り口あたりに明かりが見えた。松明の火がいくつか近づいてくる。
「ん、誰か来るぞ」
ブッカは無意識に姿を隠した。そっと覗いていると、みんな見覚えのある顔だった。それはカナンの住人とマルミの漁師達だった。
「なんだ、君たちか。どうしたんだい? こんな時に」
ブッカが甲板からひょっこりと顔を出す。
「おお、ブッカ先生かい? どうもこうもよ、ガグリんとこの三兄弟がいねぇっつうからよ。みんなして探しに来たんよ」
聞けばカナンの方にもガグリの親父達が向かったらしい。ガグリの母親などは心配のあまり倒れてしまったそうだ。そんな話を聞いたブッカは首を振りお手あげをした。
「残念。あの三人ならさっきまでいたんだけど山に行っちまったぜ」
そう言ってさっきまでの出来事を、ブッカらしく大げさな口調で話して聞かせた。
「なんだって、そりゃいけねぇ。山んほうはもう火が来てんだぞ。早く助けに行かなきゃなんね」
漁師達は腕まくりをして今にも走り出す勢いだったが、
「まあまあ落ち着きな。それより君たちもこっちへ来なよ」
とブッカに言われて、出端をくじかれてしまった。ブッカにしてみればひとりでこの船を守るといっても心細かったのだ。これだけ人数がいれば一安心。カナンにはガグリの親父たち一行も向かってるんだし心配することなんてない。それに、
「ルウとソビィが追っかけてったんだしね!」
「うわ、あ、あれ見ろ!」
甲板に上ってきた若い漁師がカナンの方角を指差した。見るとカナンの方角からもくもくと煙が沸き上がっていた。
「うわ、なんだあれは」
ブッカが船から身を乗り出して見ていると、巨大カップがガタガタと揺れはじめた。
「なんだ、なんだ」
ブッカはまた地響きかと身構えたがそうではないようだ。カップだけが揺れている。ブッカが船の甲板につかまりながらそっと見ていると、カップの中の水がブルブルと激しく震えて、突然『ブワッ』と水柱となってそのまま空の向こうへ消えてしまった。
「な、なんだ、今のは」
ブッカもみんなも甲板にへたれ込み、ただ水柱の消えた方向を見て呆然としていた。
ゴオオオンン
どこかで爆発音がした。ブッカはその方角を見る。そこはアトラス山の頂上。火口付近から大量のマグマが噴き出していた。
ブッカも漁師達もぼんやりと口を開けてその光景を見ていた。何がなんだか訳がわからない。その口の中に一滴の水が落ちてきた。何だこれは? そう考える暇もなく、次々と水滴は落ちてくる。気づいた時にはただ一言だけが、その開いた口から出ていた。
「雨だ」
* * *
ウルスはその時、マグマの中にいた。燃え盛る火の海の中を声の方向へ突き進む。体が焼かれても進む。
(モウスグ トドク トドクンダ)
ウルスはマグマの奥へと進む。そしてついに聞こえた。とても小さく、か細い声が。
『オギャア』
ウルスはその小さな小さな岩の固まりを、ついにその手に掴んだ。やさしく、壊れないようにそっと抱きかかえる。
(ヤット ミツケタ)
ウルスはただその固まりをじっと見つめていた。よく見るとウルスと同じように顔があり小さな手と足もあった。
赤ん坊だった。山の子、いや山の赤ん坊だった。
『ヤッタ ヤッタ ボクハミツケタゾ キミガ ボクヲ ヨンデイタンダネ!』
ウルスは嬉しくて嬉しくて叫んだ。
その時、体に衝撃が走った。ウルスは赤ん坊を守るように抱きかかえ体を丸めた。その衝撃はマグマの奥深くから込み上がってくる。
ゴオオオンン
ウルスは弾き飛ばされた。火山が噴火したのだ。火口から吹き飛ばされたウルスは、焼かれた体が急速に冷やされていくのを感じていた。そして地上に落下していく中で、空から降ってくる小さな水滴に気づいた。
『コレハ ナンダロウ ナンダロウネ ネエキミ ヨノナカハ フシギデアフレテイルヨ トテモ タノシクテ ステキナセカイナンダヨ キミハ ソンナセカイニ ウマレタンダ オメデトウ オメデトウ!』




