第四章 船上の月 その1
それから幾日かが経った。漁に出られない漁師達は、することが無いため毎日ドックにやって来ては白鳥号の修理を手伝っていた。カナンの住人も畑仕事が終わると顔を出していた。修理に関してはトウリと船大工が中心になって働いており、ソビィも助手として毎日汗を流していた。ガグリの三兄弟も見よう見まねで、朝から晩まで修理を手伝っている。ガグリの父も母もその姿を見てとても喜んでいた。
もちろんルウとブッカも毎日顔を出していた。しかし毎日船を見に行くルウに対してアビコは(何も言わなかったが)あまりいい顔はしなかった。ルウはあの日、船を引き揚げた時の気持ちや感動をアビコに一生懸命に説明したが、その反応は「ふん」と冷ややかなものだった。
ルウはあのお祭りのように楽しかった時間を、あのみんなで引っ張り上げた時の心地よい疲れを、あの美しい女神像を見た瞬間の感動を、ただアビコとも共有したかったのだ。しかし魔女というものはまったくめんどうな生き物で、すべての出来事は起こるべくして起きるもので、ことさら心躍らせる理由が無いらしい。まったく自分も将来ああなるのかと思うと、さすがのルウもうんざり顔だった。
そんなアビコの顔色を少しは気にしながらも、やはり「白鳥号」のことが気になってしょうがない。
ブッカはというとこっちは食い気だ。引き揚げの日の大宴会ほどではないが、毎日作業終わりにはささやかな宴が開かれた。きっとみんなルウと同じ気持ちなのだろう。あの日のあの楽しさを少しでも感じていたかったのだ。
それにしてもあの日の大宴会はとても楽しかった。ルウは白鳥号の修理を眺めながら思い出していた。
あの日、遠くでフクロウの鳴き声が響いたころようやく作業は終了した。最後まで働いていた男達が浜まで戻ってくると、みんなが大きな拍手で迎え入れた。はじめにトウリ、次にカナン、マルミの代表者から挨拶があり、最後は網元の頭領が乾杯の音頭を取った。真夜中の大宴会のはじまりだ。輪の中央に大きなかがり火を焚いて銘々が酒とごちそうを手に盛り上がっていた。
ルウはトウリに呼ばれ網元の頭領や親方たちに挨拶をした。ルウは疲れや緊張から、この時どんな話をしたのかよく覚えていない。ただ網元の女将からの一言だけはとても嬉しくて覚えていた。
「この子はとてもいい魔女さんにになれるわさ」
「おーいルウ。そんなところでなに惚けているんだい。君も一緒に遊ばないかい」
ブッカの冷や水を浴びせるかのような呼びかけにルウは嫌な顔して振り返る。
「もうなによ。せっかく楽しい思い出にひたってたのに」
ルウは少し腹立たしげにブッカに言ってやった。
「なんだい、せっかく誘ってやったのに。あんまりじゃあないか」
「おあいにく様。私はこれから修理のお手伝いをするんですぅ」
ルウはそう言ってアッカンベーをしてドックに向かった。ドックを駆け上り、甲板の上に立つと、すぐにトウリとソビィの姿が見えた。ルウが近づくとトウリがすぐに気がついた。
「やあルウ。今日も来たね」
「はい先生。今日もお手伝いしますわ」
ルウはそう言いながら腕まくりをした。
「今日からいよいよ船室だぜ」
ソビィがふてくされた声で教えてくれた。修理は船の引き揚げの翌日から始まったが、船大工とトウリが調査した結果、船体にはほとんど傷みがなかった。これにはトウリも驚いた。一体この船が何年、いや何十年沈んでいたか分からないが、塗装や一部の外板が損傷していたくらいだった。それに引き換え船室の方はボロボロだった。こちらは船大工がチェックして元の素材に近い材料を調達してから修理を行うこととなった。その材料がいよいよ揃ったのだ。
「力仕事だぜ」
ソビィがぼそりそう言うとルウは目を輝かせながら、
「うん、がんばる」
と力こぶを作ってみせた。
楽しい仕事というのはあっという間に時間が過ぎる。気がつけばもう昼入りの鐘が聞こえてきた。
「おーし、昼めしにすんべ」
親方がそう言ってみんなで甲板を下りると、畑仕事を終えたカナンのおかみさん達が昼食の準備をしていた。
「やあやあみなさんご苦労さん。今日のお昼はカナンのおかみさん特製シチューだよ」
そう言いながらブッカが真ん中に陣取ってシチューをよそっている。まったく食気のブッカはこれでもう働いた気分になっている。その分遠慮なしにごちそうにありつく算段だ。むむ、それじゃあいいとこ取りじゃないの。まったくブッカったら。ルウは心の中でそうつぶやきながらシチューを啜った。
それにしてもブッカという猫はろくに働きもしなかったがだれも悪く言う者はいなかった。宴の時に少しくらいはしゃいだとしてもみんな笑っているのだ。(なんだかんだ子供なのよね)とルウは考えていたが、なんだかそういうことが許されてしまう不思議な雰囲気をもっているのだ。
「やあルウ。午後もがんばんなよ」
そんなブッカが偉そうに言ってきた。
「まったくもう」
そんなルウも結局笑ってしまった。
そんな日々が続いていた。




