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第11節【聖狼教会】


「怪我はないか!?」

「こっちの兵士が重傷! すぐに回復魔法を!」

「おい、包帯が足りねえぞ!」


 ラジェドの街の大通りから少し外れたところにある聖狼教会。

 俺達はガルディンと合流したあと、エリーをここへと運び込んだ。

 俺は必要ないと断ったのだが、ガルディンに無理やり連れてこられたのだった。ガルディンはやることが山程あると言って足早に去っていった。エリーが目覚め次第、館に来るように言われている。

 

「彼女は?」

「大丈夫だ。外傷はない。魔力切れで気絶しているだけだ」


 どうやら回復魔法を使えるらしき女性が声をかけてきたので、必要ないと答えた。

 エリーよりその魔法を受けるべき者がここにはたくさんいた。


 教会の中が騒がしいのは、先程の戦いで出た怪我人が皆ここに運ばれ、治療を受けているせいだ。


 しかし、俺の知っている聖狼教会とは、随分と中の様子が違う。確か前はただの宗教施設だったと思ったが……。


 聖狼教会の入口から入ったところ広いスペースになっており置くにはカウンターがあった。今は受付らしき女性が二人、そこに立ち忙しそうに仕事をしている。そのすぐ横の壁には掲示板。依頼書のような物が貼られてあった。

 

 その横の通路から今俺のいる礼拝堂に続くのだが、そこは何というか、そう、酒場のようになっていた。

 横にカウンターがあり、酒瓶が並んでいる。

 礼拝用の椅子はなく、丸テーブルと椅子のセットがいくつも壁際に置いてあった。


 辺りを見ると、結構な数の怪我人が布のひかれた床に横たわっている。

 見ればほとんどが兵士で、住民には被害はなかったようだ。


 礼拝堂の奥には、祭壇があった。そこには、一体の竜の彫刻が鎮座している。

 体毛に覆われた、一見すると獣のような竜。


「懐かしいな……元気にしているのだろうか」


 思わず独り言が漏れてしまった。

 あの彫刻がかたどっているのは、聖狼竜リュイカリス・シフレルプス、略称リュコス。光の七曜龍にして、聖狼教においての信仰の対象。おそらくこの人界で最も知名度がありかつ親しまれている竜だろう。


「……あいつ嫌い」


 俺の横にくっついて離れないウェネがぽつりと呟いた。


「そういえばお前は昔からリュコスが苦手だったな」

「むー。あたしはああいう良い子ちゃんは嫌い。すぐに妹扱いしてくるし」

「まあそういうな。気の良い奴だ」

「ふーんだ」


 なぜか拗ねたウェネ。

 さてどう宥めようかと悩んでいると、一人の男が怪我人達の間を縫ってこちらに近寄ってきた。

 良く見れば、先程の戦いで陣頭指揮を取っていた男だ。


 短く刈り上げた黒髪に、巌のような顔。筋骨隆々の姿だが、首元には聖狼教信者の証であるメダルがぶら下がっている。

 腰には剣を差しており、どう見ても歴戦の戦士といった見た目で聖職者には見えない。


「よお。オレは聖狼教会ラジェド支部長のダンリだ。あんたらがあの死竜倒したんだろ? 見てたぜ」


 ダンリと名乗ったその男が見た目通り野太い声でそう言い放った。


「うわマッチョだ。最近の聖狼教こういう奴ばっか……」


 俺はウェネの頭をはたくと、ダンリと向き合った。


「ヴァリスだ。こっちは妹のウェネ。いかにも、あの竜を倒したのは俺達だ」

「凄えなあんたら。見た目はパッとしねえが、腕は一流だ。中位竜をたった二人で倒すなんて聞いたことないぜ」

「あたし一人でもヨユーだけどね」

「こいつの事は気にしなくて良い。それで、俺達に何の用だ?」


 ダンリが、辺りを見渡した。どうやらここで話しづらい内容のようだ。


「ちょいと、こっちに来てくれるか? 寝ているお嬢ちゃんについてはうちの奴を付けておくから心配するな」

「ウェネ。エリーについててくれるか?」

「やだ」

「そう言うな」

「むー。そんな顔で見るのは反則! わかったよーもー」


 そっぽを向くウェネ。いや、どんな顔をしていたんだ俺?


「言っとくが、殺すなよ?」

「分かってるって。とりあえず、今は、殺さない」


 今は、が気になるがまあとりあえず大丈夫だろう。

 

「話は済んだか? こっちだ」


 ダンリが先を行く。何人かの信者がダンリに挨拶をして、その後俺を見つめていた。何人かは見覚えがあり、俺を見ると、親指を上げてこちらに笑顔を向けていた。


 ダンリはそのまま礼拝堂の奥に進むと、横手にある扉を開けた。

 そこは元々は懺悔室か何かだったのだろうが、今は執務室になっていた。


「まあ座れよ」


 ダンリが応接用の椅子に座った。俺はその対面に座る。


「それで、何の話だ?」

「まあ、まずは、お礼を言わせてくれ。あんたらのおかげで被害が最小限に済んだ。いくら俺達でもあのクラスの中位竜は死闘になる」

「礼なら不要だ。俺は主の命に従っていたにすぎん」

「あの赤毛のお嬢ちゃんか? ならあの子にも礼を言わねえと」

「ああ、何かあれば手助けしてやって欲しい」


 聖狼教会は随分と様変わりしている。おそらくエリーの力にもなるだろう。


「それで、あんたらガルディンのおっさんとどういう関係なんだ? 親しげだったが」


 ダンリが何気なく聞いてきたが、これが俺をここに呼んだ理由だろうか?


「エリーは、ガルディンの親戚だ。たまたま今日この街を訪れた」

「親戚ねえ……そういうことなっているってことか。まあいい。実はちょいと嫌な噂が流れててな」

「噂?」

「ああ。ガルディンが、王に対して謀反を起こそうとしているって噂だ。そしてそれを知った王は激怒して、辺境軍をここに派遣したという噂……いやこれは事実か」


 その噂は確か宿屋の酒場で聞いた。だが辺境軍をここに派遣した?


「知っていると思うがオレ達聖狼教会の支部はこの国だけでもかなりの箇所にある。それに各地を旅する【戦教師(せんきょうし)】もいる。それぞれからの情報を合わせるとどうにも信憑性が高そうでな。そんな中に、この街に王直属騎士に竜の来襲だ。どうにもきな臭い」

「辺境軍がこの街に?」

「ああ。それにな、最近神託があってな。それによると近々未曾有の大災害が起こるそうだ。俺は、それがこの街で起こるんじゃないかと思っている。そこに来て、この事件だ。なああんたらは、何者だ?」


 ダンリが鋭い目線でこちらを見ている。まるで俺達が敵か味方かを見分けようとしているかのようだ。


「俺は、エリーの味方だ。それ以上でも以下でもない」

「あんたらは、中位竜をパーティも組まずに屠るような力を持っている。その力を、こちらに向けられると困るんだよ」


 ダンリはゆっくりと何事もないように喋っているが、殺気が漏れ出ている。

 

「もし、王の軍がこちらに向かっているとすれば、貴様はどうする?」

「オレ達は、あくまでリュコス様を信仰しているだけだ。国も謀反もそれの鎮圧もクソ喰らえだ。勝手にやってろと思う。だがなあこの街やこの教会に被害が及ぶのなら、オレ達も黙っちゃいねえ」

「なるほど。少なくとも俺もエリーもリュコスの教会を攻撃する気はない」


 俺がそう言うと、ダンリの殺気が強まった。

 何かいらないことを言ってしまったか?


「ヴァリス。リュコス様の名を俺らの前で気安く呼ぶな。リュコス様に真名があって俺達信者はそれを口にするのが畏れ多いから、略称であるリュコス様と呼ぶが、あんたら一般人にリュコス様を敬称無しで呼ばれるのは気に食わん」

「ふむ。それに関しては謝ろう。すまなかったな」

「俺も他の信者も喧嘩っ早い奴が多い。気を付けてくれるならそれでいい。それにあんたらもまた、別の事情がありそうだしな。深くは聞かん」


 ダンリが殺気を収めた。しかし、俺にはまだ気になる事があった。


「ダンリ。聖狼教会は随分と変わったようだな。一昔前は、治療と祈りしか出来ない集団だったと思ったが」


 決して前線に出て戦う集団ではなかったはずだ。


「ん? 変わった? ああ、大昔の事を言っているのか。大昔はただ無力にリュコス様に縋っていただけの集団だったらしいな。だがリュコス様のお導きでオレ達は戦うようになった。元々は竜人戦争の被災者の救いの為と伝わっている。各地で居場所と職を失った者達に職を与える、職業斡旋所のような事をしていたらしい。今は、魔獣の討伐や国や街からの依頼で警備や護衛なんかもやっている。おかげで血の気の多い奴らが増えた」


 なるほど。昔でいうギルドのような物か。聖狼教会は徐々にそういったギルドを吸収し、今に至ったらしい。


「ああ、そうだ、あんたと妹、うちに登録しないか? 稼げるぜ?」


 ダンリがにやりと笑った。


「それは、おそらく難しいだろうな。特に妹が嫌がる」

「まあ無理にとは言わん」

「なあダンリ。もう一つ最後に聞きたいのだが」

「なんだ?」


 そう。俺が一番気になっている事。聖狼教会は、聖狼竜を信仰、つまり竜を信仰する宗教なのだ。一体彼らは竜を隷属するこの街についてどう思っているのだろうか。


「竜を隷属するこの街で竜を信仰するというのは、どういう気持なのだ?」


 俺は、軽くそう聞いたのだった。

 だが、どうやらそれはよろしくなかったようだ。


 ダンリは無言で抜刀。刃を俺の首に向けた。

 俺は素早く短剣を精製しつつ右手を上げ、刃を防ぐ。


 刃と刃がぶつかる澄んだ音が響いた。

 ダンリが笑い、剣を納めた。


「やるねえ。だがな、ヴァリス、もう少し考えて発言した方が良いぜ。どんな気持ちだって?」


 ダンリがこれまでにない険しい表情を浮かべていた。怒りが、悔しさが滲んだような顔。


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「それは……すまなかった」

「オレ達にも立場がある。ガルディンのおっさんにもな。だが、この街で行われている行為を、王を、オレ達は許すつもりはない。だから、ああさっきの発言は訂正させてもらう」


 ダンリはそう言うと剣を再び抜刀すると、床に突き刺した。その目には不遜な色が浮かんでいる。


「もし王が辺境軍をこの街に派遣するなら、上等だ。いつでも相手してやる」



  

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