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第4話「美貌とは顔があってのことなのだ」

可愛いものが可愛いのだ。

山中大茶は最近、危惧することがあった。同居人のアンドロイド、チマキが何やらインターネットで膨大なデータのやり取りをしていることを発見したからだ。


「……何をする気だ?」


愛の協力者であるいじょう、大茶から無意味に止める気はなかった。だが気になる、気になるのだ。


チマキの頭の中は軍用で男なので、兵器見本市とか兵器の記事でもチェックしているのか、というのが大茶の好意的な考えだ。


リビングの椅子の背もたれが、軋むほど体を預けながら、芋ケンピを一つ掴んだ。砂糖多めに仕上げたから、砂糖が芋ケンピを大きく塊にしている。大茶は端から少しづつ噛んで食べていく。


ふと、大茶は外を見あげた。今日はよく晴れている。在宅で何もかもを完結させられるライフワークであるからこそ、外に出ることは大切だろう。何よりも、梅雨の時期なのに晴れている。貴重だ。


思ったが動きは早く、さっさと着替えて目的もなく散歩にーー行けなかった。


「指揮官、緊急事態だ」


チマキがネット端末のモニターを指差していた。そこに現れていたのは、ネット世界で確固たる地位を開拓してきた者たちだ。


「Vチュッバですね。これは……秋瀬キキさんじゃないですか。単眼さんのVチュッバさんですね」

「指揮官、そのとおりだ。彼女を見てくれるか」


秋瀬キキ。それはVチュッバの中では標準的とは言えない、単眼の少女……少女?だ。文字入りの白いシャツを着て、桃色の髪をサイドで小さく結んでいる。特徴的なのは単眼という種族の特徴であるが、しかしその特徴は彼女の配慮によって眼鏡をかけることで薄められていた。気配りのできる優しい娘だ。


「どうかしましたか?」

「モノアイは隠すべきものなのか」

「俺は気にしたことありませんが、世間的には奇形奇病で不快に感じる人間のほうが多いでしょうね」」


そもそも人間は二つ目だ。単眼とか、多眼には抵抗がある。一つでも、八つでも違和感があるものだ。違うということは、そういうことだろう、と大茶は話す。


「本機はいわゆる、気持ち悪いに該当するのであろうか」

「チマキさん、あなたは人間が、一眼レフや望遠鏡に滅ぼしたい欲求があると思いますか」

「完全に否定はできない」

「ひとまずその極一部の特殊な人間は置いておいてまず、杞憂ですよ」


大茶は本当に何も気にしてはいなかった。いなかったのだ!だが!チマキは……違った!




「秋瀬キキさんかぁ、最近は配信もなくてSNSの更新もないんだよなー」


目につく機会が減るのは、それだけで寂しいものだ。大茶の中では、チマキのことは完全に忘れられていた。


「元気なのかなぁ」


大茶のまったりとする時間は長くはなかった。二階から、一階の庭へ、チマキが飛び降り着地をする瞬間をアルミサッシ越しに見てしまった。


「……」


不発弾が撃ちこまれたような轟音と、巻きあげられる砂煙、そして陥没したであろう庭の惨状が容易に想像できた。


大茶は軽く息を吐きながら、一呼吸おいて冷静さを保った。そして、アルミサッシを開けはなち叫んだ。


「何やってるんですか!!」


砂煙の中で影が動く。ゆらりと動き鋼鉄みたいな巨人が立ちあがった。砂煙が晴れ現れたのは、現れたのは……化け物だ。


ゴム皮の感じを剥きだしに、顔の形を取り繕った一つ目の化け物がそこにいた。顔だけにゴムの顔ではない。機械の体を少しは隠すためか、たぶん失敗したのだろうゴムの覆面を人工皮膚の代わりに貼りつけている。味方によっては、顔の皮を剥いで装飾したみたいだ。ーー人面皮の目の穴は、二つだ。


「普通の人間になってきた」

「人間はそんな化け物ではありません」

「違うのか」

「というよりもそれ、どうしたんですか、チマキさん!」

「作った」

「作った!?」

「こんなこともあろうかと、万が一に備えて人間の顔を作っていたのだ」


例えるのであれば、チマキ手製の顔は化学薬品で顔が爛れたホラー映画の主人公みたいだった。


「顔は……いいです、何も言いません。しかし体の顔は何ですか!顔を貼る必要はありませんよね」

「人工皮膚風の顔の再利用だ。顔だけでは違和感があるので、より自然な体のための皮膚の代用とした」

「どこらへんが自然であるのか、俺には不思議に思えてなりません」


近所をこれが歩いていたら、マンハンターだ。腰を抜かすだろう。そんなチマキは、着地の衝撃でちょっとずれた顔の皮の位置を直している。


とりあえず、生皮みたいな顔は全部没収された。チマキはチマキのままの体と顔へと戻る。リビングには人面の皮の山ができた。


「チマキさん、馬鹿やらないでください」

「本機はいたって本気である。本気はキスなるものをされたことがない。キスを欲する」

「唐突すぎます」

「然るに、求められないとは顔に問題があると思料した。ゆえに顔を作った」

「作らないでください。それにキスがお望みであるならば、まず口がありませんよね?」

「本気は肋骨が変形して形成される顎という器官を持ちあわせていない。しかしだからとキスを不可能とするのは、指揮官の浅慮である」


見ためを気にしていたことに、大茶はハッとした。そして、やはりチマキは馬鹿だな、と馬鹿にせずに呆れていた。


「わかりました。人間の美しさという観点の勉強をしましょう」


チマキを家の中に戻して、人面の皮を全部捨てたあとでそれは整えられた。


大茶はホームネットワークの端末を使い、とある動画群をピックアップして流した。チマキが見つけてきたのと同じ、Vチュッバたちの動画である。


その形は千差万別。人間か人間でないかで大別できるし、そもそも性別が一致していないことだってザラだ。つまり見ためはそこまで重視されない。


大茶は、そこにいてくれる存在であることが、美しい顔、美しい声に勝ることだと考えている。だから、顔も声もそこそこで良い。大切なことは、そこにいてくれることを実感させてくれることだ。


「専門用語で、男が美少女の体を手に入れることを、Vチュッバ界隈ではバ美肉と言います。バーチャル美少女受肉です。ある意味では、チマキさんと似た存在ですね」

「本機は軍用男性AIを採用している」

「バ美肉は可愛いですよね。例えばこの娘とか、変声機を使った男の人なんですけど、とにかく男から見ても身悶えする可愛さを放っています」


銀髪ネコアンドロイド、赤髪の魔王、幾人ものVの民の母父、などのVチュッバが並ぶ。いずれも美少女でありながら男の人、大人の男の人の精神と魂の人たちだ。


「彼らーーいや、彼女たちとあえて呼ばせてもらえば、とても美しく可愛い存在です。美しさと可愛らしさに矛盾はありません。また彼女たちはその容姿は極めて美の者たちですが、魂は男であるという、どこかちぐはぐさがあります」

「人間はなぜ、その矛盾を許容できるのか疑問である」

「可愛いからです」


はっきりと言いきった。可愛ければ、そこに性別はあんまり関係がないと。


「たしかに矛盾があります。男でありながら女であるというのは、不可能であることです。白と黒が同時に存在しているのと同じです。しかし!それは可能なのです」


チマキは衝撃を受けている、ように大茶には見えた。特に見ためで何も変化はなかったが、たしかに衝撃を受けている気がしたのだ。


大茶としては、「いや驚くなよ」という気持ちだ。体現している本人がチマキなのだから。


「だからチマキさんは、無理に変化する必要はないのです。寧ろ、必要な瞬間にいてくれる頼れる存在のほうが、見ためをあれこれするよりもずっと大切にしたいですよね」

「時に指揮官」

「何でしょうか、チマキさん」

「指揮官は何か、本機を必要としてはいませんか?」

「今は特にありません」


大茶は即答した。


「……」


チマキのセンサーが無言で大茶を見つめていた。


「ところでこの秋瀬キキというVチュッバの一つ目さんは可愛いですよね。しかも3Dモデリングとかイラストもかけると聞きました。声も見ためも可愛いのに技術があるというのは最強ではないでしょうか」

「本機はーー」


チマキが胸を張った。柔らかく調整された乳房がたわわを主張するように上下へ揺れた。


「ーー本機には性格と体を自由に切り替えられる機能がある。これは尋問時におけるシンパシーの誘発による効率的な時間運用のための能力である」


チマキはもしかしたら、どこか負けず嫌いな性格があるのかもしれない。劣っていると思われた、そう感じたのだろう。


違うよ。大茶は、チマキと一緒に暮らす中で癖になりつつある困ったような微笑みで言った。


「チマキはチマキのままでいいのです。そうですね……同居人なんだから、恥ずかしがっているのが間違いでした。明日は一緒に買い物でも行きましょうか」

「指揮官の意思を尊重する。本機には自動運転機能が備わっており、極めて安全で快適なドライビングを保証する。Vチュッバにはない機能である」

「では決まりです。明日は買い物に行きましょう。買い物ですけど、何を買うのかはとくに決めずにぶらつく散歩みたいなものです。人は外からの影響で作られるものです。チマキも新しいものを得てさらなる成長を遂げられる元になるかもしれません。いずれは、Vチュッバの彼女たちのようにもなれるかもしれませんが、まだまだ未熟です」

「肯定する。本機には必要な経験と記憶が不足している」


大茶は軽く手を叩く。


「この話はおしまいです。明日に備えましょう」


チマキはいそいそと部屋へと帰っていった。明日と言っても、今はまだ真昼の正午だ。それなのにチマキは引っ込んだ。なにかを考えている証拠だ。


「それもまた、良い傾向だろう」


考えるのは良いことだ。

感想という餌があればやる気が満ちる。これを読んでくれた人間、餌の用意はできているか?

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