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第5話「カッコいい車の運転席は男の特権」

外は荒れていた。台風なみの風が吹き、雨は窓を打ち続け濁った視界で閉じこめ、雷が落ちるたびに家には白い影が差しその直後に恐ろしいゴロゴロ音が襲ってきた。


山中大茶も、少し怖いな、と感じるだけの天気の荒れようだ。天候が急激に悪化するのは珍しくない。天気予報の的中確率は最新で51%なのだからよくあることだ。


走行中の助手席から、大茶は激しく左右に振られるワイパーと、フロントガラスで砕けた雨粒で視界ゼロの前方を見続けていた。


運転席に座っているのは、チマキだ。自動運転扱いなので、チマキには運転免許がいらない。つまり大茶は助手席に座っているだけでよかった。


「前がまったく見えないけど、大丈夫ですか?」

「問題ない。本機の加速度測定器は潜水艦の潜行時にも使われるものと同レベルである。加速度だけでどこへでも行動可能だ」

「地獄行きはやめてくださいよ」


太陽がまだ高い時間だが、車の外はライトをつけていてもなおまだ暗かった。何もわからない風景の中で、チマキだけが正しい道を知っていた。


大茶はただ、チマキに乗せられているだけだ。


外を見れないので、必然、車の中へと視点を移すことになった。大茶にとっては見慣れた車内だが、チマキという存在は別だ。


運転席に座り、自動運転の法律にのっとってハンドルを握るチマキの姿を見つめていた。


チマキの横姿は、ロボットと言えどもやはり女性的なものだ。大きく張っているバストは、横から見ることで特に大きく感じるであろうし、大きすぎてハンドルを回すたびにこすれそうだ。


胸から腰にかけてのしなやかな線は、大規模量産品のように資源節約のために、凸凹や肉抜きはされていない、滑らかな表面だ。


モノアイの頭は、女性的であるということの妨げにはあまりなっていない。チマキはやはり、中身はともかく、女性なのだと大茶に感じさせた。


「目的地はハットリジャンクデパートで変更ないか」

「チマキ、ありません」

「了解。交通規制で封鎖された道を回避する」


車のフレームを伝わる振動がかすかにシートを揺らしていた。動力も車輪も駆動系も時代の進化で静かになり、意識した呼吸が隣にまで聞こえてしまう静けさだった。


ただのドライブだ。しかし、女性の体が隣に座り並んでいるドライブというのは、大茶の経験にはなかった。


「……」


車も、そして大茶もチマキも静かであり続けていた。砕ける雨粒と、忙しのないワイパーの音だけに満ちた狭い一室である。


見ることも聞くこともないがゆえに、大茶はチマキの体に注意を取られていた。女型のアンドロイドだ。作られた機械だが、女性の性に関する部位をもっている。豊満な乳房、股間部に備わる性器。性行為を前提に作られているのだからあたりまえだが、その『女の部分』が大茶の理性を突くのだ。


「胸あるいは別の場所が気になるのならば、偵察を推奨する」

「運転しているのだから危ないですよ」

「問題ない」


アンドロイドとヒューマンのドライブはーー続く。道があるかぎり。


「ときにチマキさん」

「質問の準備を受理した、指揮官」

「何故、俺を指揮官と呼ぶのですか」

「返答する。それはなんとなくである」


今更の質問の答えは、曖昧な答えだった。


「ところでチマキさん」

「指揮官はお暇なようだ。無線機をつけましょう」

「……」


スピーカーから流れてくるラジオ番組の声。快活な女の子の声と、どこか歯切れの悪い中性的な声の二人のようだ。


「……」

「……」


大茶もチマキも特に話す理由もないので、ラジオ番組に耳を傾けた。ラジオ番組はどうやら、今日の今この瞬間から始まったばかりの新番組らしい。


『はーい!皆さん初めまして!メインパーソナリティーを務めさせていただきます、マーブのポラリスです』

『ブラヴァです』

『今日は私達がメインの初の番組にして、しかも!記念すべき第一回なのです!盛りあがっていきたいですね!』

『私達は盛りあがらせる側だと思うんだ』

『ともあれ!今この瞬間始めてを共有している人間さんたちは幸運ですよ!なんたって今、ポラリスが!ポラリスが!』

『二回も言わなくて大丈夫です』

『メインの番組の初めてですからね。何からお話しましょうか?そうですね、昨晩はお刺身を作ったんです。大きな初物同然のブリが釣れまして、活け作りにして食べたんですよ』

『冬のブリのほうが脂が多くて好きだね。あと釣りするんだ。大物だし』

『釣れます釣れます、ばんばん釣りますよ。フィッシュングのスポンサーさん、ポラリスはメーカーさんからの出資とか番組出演ずっと待ってますからねー!』

『ところでブリの話はどうなったの?』

『そうでした!そのブリなんですがーーあっ、時間がないのでお便りコーナーに巻いていきましょう。ぐるぐる巻きです。なんと第一回めなわけですがお便りがあるんだなー!これが!』


大茶はラジオの音量を三分の一にした。


『記念となることうけあり、最初の一号さんはこの人!ペンネーム、恋するアンドロイドさんです』

『ほほう、恋するとは、やはり?』

『やはりやはりだったりしちゃいますよ、ブラヴァ!恋愛相談です!』

『ポラリス、早く読んでくれ』

『最近、意中の相手と同衾しているのですが』

『同衾てもうセックスしているんでしょうか』

『ブラヴァ、ハウス。……こほん。彼はなかなか抱いてはくれないのです。あらー。理由はわかっているのです。私は完璧な肉体であり、殿方を喜ばせるように様々な勉強をしてきました。しかし、私の頭の中は男なのです。彼はこのことを何より気にしているのです。ゲイと同じ同性愛者の行為ではないのかとです』


チマキは、雨やまないな、と窓の外を見ようとしていた。ラジオのパーソナリティーは元気な声であり、ジメジメした空気が少しは変えられるようでそうでもなかった。


『私は彼に抱いてもらいたい、それが使命だと思えるほど愛しています。私はこれからさらに何をすれば彼に振り向いてもらえるのでしょうか……とのことです』

『これが質問一号は重い』

『こら!ーーそうですね、恋するアンドロイドさん。人間には様々な人がいます。肉体の99%を機械に置換していたり、首から上だけを健常な肉体に移植する人間もいます。中には馬のアレをお尻に入れられる改造をする罪深いものもいます』

『なにそれ怖い』

『しかし、恋するアンドロイドさんのこの文面からは彼氏さんへの愛を感じます。彼氏さんは幸せものですね』

『彼氏くん大変そうだけどね』

『大変でしょう。悩むでしょう。しかし人類最大の心理兵器である愛がすでに呼吸するように存在しているのは、この二人の出会いが天命そのものと言っています!』

『誰情報?』


大茶はこのラジオは放送中止にならないのだろうかと考えていた。


『恋するアンドロイドさん、まだ手はだされていないでしょうか?男という生物は、いざというときにくだらない屁理屈で武装したがる生物です。恋するアンドロイドさんは、豊満なボディをもっているのですよね?しかも同衾する仲だと。キッカケは強引にでも作るのです。さすれば後はずるずると肉体関係へと持ち込めるでしょう』

『逆レイプ?』

『説得ですよ、ブラヴァ!』


ラジオ番組のポラリスとブラヴァは次の質問へと答えていた。さくさく進行だ。


しばらくして、チマキのマイクから声をかけられた。


「先程、恋するアンドロイドというペンネームがあらわれたが、あれは本機である。メールを分間八〇通送り当選できたようだ」

「そうか」


雨は続く。


道も続く。


先が見えずとも、大茶とチマキの乗る車は白い夜の中へと消えていった。

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