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少年の記憶が定かであるならば。あの日見た光景は、それは一生の歩みを動かしかねない、気高さに溢れていたことになる。
気性の荒い野生の犬に追われていた少年を、見るも鮮やかな剣閃で救ってみせた粗野な男は、ぶっきらぼうに「怪我はないかボウズ」と、転んで打った頭をさすってくれた。
去り際の背中は、雄大で、まるで大地の一部のように尊厳に満ち、腰に提げる帯剣は、穏やかに揺れ、彼に私有されることを喜びとするようにさえ、感じられた。
あの日。幼い少年の胸で、夢という歯車は、確かな音を刻み始めていた。
◇◇◇
どの国にも属さなく、どの国の見聞にも記されない集落。森に守られた静 かな佇まい。集落は、森を流れる小川 に跨るように栄えていた。住人達は日向を見つけては伸びをして寝転がり、 悠々としている。彼らは、獣の外観を体に留めていた。短く柔らかな毛がフサフサと生え揃った大きな耳、同じく毛に包まれた尻尾を持ち、一様に上背は低かった。
「やあ。おはよう」
「おはよう」
「クッカは、もう出掛けたのかい?」
「うん…ほんとに、しょうがない子ね」
呆れ顔に、確かな心配の色を混ぜ、その女性の住人は呟いた。そこには、問題のある身内を抱えた人物特有の物憂げさがある。
「まあ、何日かしたら無事に帰ってくるよ」
「だといいけれど、ね……」
しかし。その女性の心配の種は、芽吹いては発育し、刈り取られることなく立派な枝葉を空に広げてしまうことになる。彼女が案じるのはただ一つ、剣士へ淡い憧れから人間の住む土地へと旅立った、まだ幼い弟の身の安全だった。




