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弟を異世界に帰そうと思うが、俺も連れて行け  作者: 2991+


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8/8

代償は筋肉痛です。


(やまピー、何とかならん? 魔法の飴ちゃんとか魔女のコスメなんかで、俺達は大人になれたりはしないものかな)


 半ば投げやりに問う。

 いくら魔法とはいえ、何もかも思い通りにすることなんてできないだろう。

 そもそも若返りの魔法ならまだしも、成長または老化を促進したいなんて物好きはそういないはずだ。頭脳は大人な転生者二名という今の状況が異端なのだ。


 通常は赤子の身体だけ成長させたところで、何にもならない。

 具体的には、バブーと鳴く要介護の青年を作り出すだけならば全く利のない魔法と言える。

 それはもう攻撃魔法とやらのほうが確実に有用で、研究のし甲斐もあることだろう。


 そう、絵空事の部類として、言ってみただけ。

 つまり、それほど期待をこめた台詞ではなかった。


『何…そんな珍妙な魔道具が、この世に?』


(信じる否かは貴方次第…)


『いいや、信じないぞ』


 うみんちゅはストーリーテラーの気分で勿体ぶってみたが、疑り深い弟はバサッとそれをぶった切る。

 しかし直後に、ほんの僅か、躊躇するような気配を見せた。


『だが一時的に…魔法でお前を大人にすることは可能…だ…と、思う』


 それができればこの不都合ばかりの状況は、一気に引っくり返せる。

 まさかの異世界産の魔法使いの言葉に、驚いて思わず背後の相手を振り仰いだ。

 …が、荷物と壁に阻まれ、アイコンタクトをはかることはできない。


 無駄に一人で緊迫感を出してしまった赤子。無音の空間が一層の羞恥を引き立てる。

 理知的な人間とは、無人の荒野で転んだとしても辺りを見回し人目を気にしてしまうものなのだ。


(そ、その魔法について、是非詳しく)


 誰にも見られてはいないのに、赤子人生一番の真顔で振り仰いでしまった恥ずかしさに、彼は目の前の衣類の山へダイブして転がった。うおー、ぐちゃぐちゃにしてやるー。ぐわー、埃っぽいー。


『うみ? 大丈夫か、何をしている?』


 ぷしゅんぷしゅんと続くクシャミの音に、離れた位置からクリーンの魔法が飛んできた。即座に小さなお鼻はスッキリ、周囲に舞い踊った埃達も沈静化。

 前世魔法使いのやまんちゅにとって、死角の相手に魔法を飛ばすことなど造作もないことのようだ。

 弟の意外な魔法熟練度を感じつつ、うみんちゅはズビリと垂れた名残の鼻水を手近な布で除去する。

 ハンカチだと思って手に取ったら女物のパンツっぽかった気もしたけど、よく見てないし二度見はしない。よし、きっとレース付きのオシャレバンダナ。


(とにかく、それェー。我々に必要な魔法はそれだよ、やまんちゅ君! さっすが魔法使い様じゃあ!)


『ふふん、私とて現状にただ手をこまねいていただけではない。しかしこの魔法は…まだ完成していないし…』


(何、口籠ってんだよ。使えるものは何でも使わないと生き延びられんぞ! 赤子なめんな!)


 相手には見えないことを承知で、握り締めた千円札を燦然と振りかざす。

 転んでもただでは起きないうみんちゅ0歳。下敷きにしたカサカサいう怪しいズボンのポケットから、見事に資金を回収。


 そう、こんな埃っぽい洗濯物の山にもお宝が埋まっていたのだ。これは歴代の勇者達も、ツボやタンス漁りがやめられないわけである。

 資金源も概ね特定された。洗濯未済のじゅんクン服だ。どうやらパパは小銭をポッケに直入れするタイプのようだ。けしからん、後でもっとよく探そう。


 幾ばくかの資金を得た今、大人の身体さえあれば少なくとも粉ミルクを買いに行くことはできる。買い出しは彼らの命を繋ぐために必須の行為だ。

 躊躇う理由など何も有りはしない、と彼は弟の積極的な説得を試みた。

 親の財布からお金を抜き取ってなどいない。忘れ去られた埋蔵金を有効に使うだけだ。そもそも養育費としてはお安すぎるほどじゃないか。


 しかし、弟の躊躇いは簡単には払拭されない。


 やまんちゅは特に感慨のない両親から小銭をせしめることに、罪悪感など欠片もなかった。前世は王子の暴君やまんちゅ、愚民どもから活動資金を徴収することに何ら躊躇いはない。

 生命を製造したというだけでは、子供から敬われることなどないのだ。無闇矢鱈と繁殖するだけなら、アメーバにでも出来るのだから。


 とにもかくにも親の背を見て子は育つ。しかし衣食住のうちの食と住さえ何とか揃えば、親はなくとも子は育つ。

 住は必要。食だけではさすがに、雨風からの風邪とかで死ぬかもしれない。

 衣なんて後でもいい、極寒環境でなければ腰巻きでも葉っぱでも死なない。そもそもオムツマンだし、自分の家の中ならば倫理的にも裸族でも構わない。


『うみよ。現状、この魔法は半日程度しか効果を出せないだろう。そして、外に出るのなら知識を持つお前に頼むことになる。だが、これは…恐らくお前の身体に多大な負担をかける』


(構わんよ。でも、具体的にどんな感じ?)


『…解除後は…、死ぬほど筋肉痛に苦しむ、と思う』


(馬鹿にしてんのか!)


 思わずツッコミを入れてしまったが、相手からの気鬱な空気は少しも緩まずに継続していた。

 ふと、うみんちゅは理解した。

 今のは、冗談で寄越された言葉ではない。その魔法を身に受ければ確実に、暴君やまんちゅが不安視するほどの、キッツイ筋肉痛が襲い来る。


(赤子の身で、その痛みに耐えられるのか…そう思っているんだな?)


 それは兄に不完全な魔法をかけるからという理由だけではない。自分にかけた場合にも、まずは耐えられるだろうかという躊躇いなのだ。

 彼らは未だ成長しきらぬどころか、生まれて1年にもならない脆弱な身体だ。


 魔法により急激に成長を促し、一時的にその状態を留め、活動する。…本来の赤子サイズへと戻った時、動き回ったその疲労は蓄積されたままだ。

 出来上がっていないはずの筋肉を出来上がった扱いに変化させる。大人同様に駆使して過ごし、かかった負荷。

 魔法が解けた時、それを代償としてその身に受けねばならないのかもしれない。


 もしもここが魔力に溢れた世界であれば、回避の手立ては幾らでも用意できたのだとやまんちゅは言う。過去の国一番を自負する魔法使いには、それだけの知識があるのだ。


『しかし今、ティキュウのニポーンに漂う魔力はあまりに少なくて薄い』


(ィヒやっめろ、急に笑わせんなっ)


『何だ? 私は今、真面目な話をしている』


(や、俺もさっきまで真剣でしたけども!)


 返される、何が違っていたのかわからないという平坦な念話。確かに今は真剣な話をしていたのだ。あまり茶化すべきではない。ましてや、弟の小さな失敗を笑いものにするなんて。

 うみんちゅは仕方なく、顔面と赤子ボディの捩れをもって、とても留めておけない笑いを何とか体外へと排出する。

 フヒウププスゥという誤魔化し吐息を、何とか見つけたリュックの中に吹き入れた。

 そして直後、見事に無表情を取り繕う。落差がホラーだが、目撃者はいなかったので、エクソシストは呼ばれずに済んだ。


 そんなことなど欠片も知らない弟は、ベビーベッドの柵の中で思案顔。

 今の術式でも死にはしないはずだ、それでも片割れにかかる負担があまりに大きすぎる…そう、やまんちゅは思っていた。割りと真剣に心配する弟の心、兄知らずである。


 異世界に転生し、状況など見極めることもできないまま父には放棄され、言葉もわからぬお馬鹿っぽい母にも愛着など持てない。そんなやまんちゅにとって、解説と実況をこなす片割れの存在はとても大きい。

 室内の家電ひとつ取っても片割れがいなければどんな機能なのかわかりはしないし、TVのニュースひとつ取っても通訳がいないと理解できない。

 普段は、口に出しこそはしない。だが、そんな生活を続けるうちに、今生の兄を心の支えとしてしまったのは仕方のないことと言えよう。


『皮肉なことだ。調教魔法を用いて意思の疎通を叶えた結果、お前を奴隷のように使い潰すことになろうとは…。だが、うみ。お前が命だけは落とさぬよう、回復魔法は全力でかけるとここに誓おう』


(怖ッ。どんだけ拷問仕様なんだよ、その筋肉痛…。でも、そうか、筋肉痛ってのは身体的には損傷や炎症なのか)


 ゾッとしつつも、しかし、うみんちゅの意見は変わらなかった。

 ここで無理をしなければ、ジリ貧になるだけ。ミルクも尽きて瘦せ細ってから「じゃあもう手がないから」って外に出たって、その時に仕事と働く体力がなければ、結局は共倒れだ。

 外で自分が倒れてしまえば、部屋に残されるのは、世間も知らぬ無力な赤子がたったひとり。


 元から独りならば、全てをあるがまま受け入れても良かった。

 しかし共に生まれた片割れがいる以上、運命は切り開かなくては。

 大人の思考を持つが故にこの本能的な認識を表立って主張はしないが、今や彼らは互いの生命に妙な責任感を持っていた。


 見捨てる選択はない。

 ましてや片割れを蹴落として自分だけが生き延びるなど、ありえない。


 自分達は生まれながらに定められたバディである。理由は漠然としながらも、彼らには確固たる意志がある。

 赤子テレパシーはなかったが、双子の神秘はあるのかもしれない。


『…うみ。外に出る際には私も連れてゆけ』


(今時、子連れでバイトは無理じゃねぇかな)


『うみ。べいとでは見えるところに置いておくだけでいい』


(バイトな、アルバイト。いや、そういうの「本人がここでいいって言ってるんで」ってことにはならないんだわ)


 言い返しながらも、うみんちゅも不安になる。

 多少魔法が使えようとも、やまんちゅにはリアルに赤子の生活力しかない。

 近隣で火事が起こっても「火事だ」とは言葉を聞き分けられず、周囲の情報を拾えない。家電も扱えず、筋力も兄には劣る。不器用でハイハイも遅く、二足歩行もまだ巧くはない。


 それを留守宅に閉じ込めておく…?


 それに西日が暑い等と言っていた身だ。日に日に気温の上がりゆく夏の日、熱中症の危険もある。

 …自分は、母親と同じことを、しようとしているのではないか?


 ぶぶん、と頭を振って余計な思考を振り落とす。

 優先順位は何か?

 間違えれば詰むのは確実だ。動けるのは自分だけ。そして、二人揃って生き延びなければ。

 しかし合理的だと勘違いしたまま出掛け、帰宅したらどんくさい弟の頭に電気ポットが落ちて死んでいた…ミルク作成失敗、などとなっては外に出る意味がない。


(まずは状況把握、だ。…そうだな、まずは一旦、一緒に外に出てみるか。何時間効果があるのか、代償はどのくらい続くのか、やまんちゅの生活りょ…諸々を総合して見極めるためにも明日の朝から動くことにしよう。夕刻から夜に出歩いて、不良に絡まれるなんてアクシデントが起きても困る)


 大人の身体と一口に言っても、魔法が彼をどの程度の年齢にしてくれるのか、それすらやってみなければわからない。

 外見がどうなるのか。

 そうだ、服も要る。父親の服を強奪して着られるようなサイズに育つかどうかも問題だ。


 辺りを見渡して男物と思われる衣類を漁る。

 うわぁ、父親とはいえ中古パンツをお借りするの嫌だなー。そんな一瞬の思いも自らスルーして、比較的皺もなく臭いもしない一式の服を、速やかに揃えた。

 うみんちゅにとって、生存のために速やかに心理的抵抗を投げ捨てるのは、極当たり前のことだった。


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