有能助手のミリス君
第三王子が監視についた。
王子本人は「便宜を図るための補佐役で側仕えのようなものだから、気にしないでほしい」などと笑って言っているが、少なくともやまんちゅがそれを額面通りに捉えることはなかった。
この世界において、小国の王子が大国の王子の側仕えじみた真似をするというのはないことではなかったが、その立場には概ね「人質」という名が付く。
しかし、まだまだ前世感覚の強い元王子様のやまんちゅとしては、同格の第三王子。ましてや前世より年下ともなれば、使うのに特に遠慮も感慨もない。
そしてあまりにも自然体なやまんちゅの「王族として当たり前の態度」には、周囲も自称「元王族の魂」が嘘ではないのだと肌で知った。
口先だけで詐称しようとしても、無理なのだ。
近く在れば在るほどに、それを理解する。王族として教育された者の所作は、性格や態度如何せず、支配者側のそれでしかない。
息子の一人が禁術で喚び出した勇者は推定魔王で、しかも推定ご先祖…今上の国王がその扱いに困ったのは問うまでもない。
上手く口先で言い包めて都合良く動かすには、世に出ぬ情報の扱いも王家の使う手も知られ過ぎていた。
市井へ野放しにするにも恐ろしく、使い潰すには王家の非が勝つ。何より純粋な暴力では敵わない、そう、近衛騎士団が報告した。
王を守護するための精鋭が集められた集団でさえ勝てないのでは、国内には立ち向かえる者はいない。
如何に魔法以外に興味はなかったとしてもそれなりに剣技を叩き込まれているし、近年の歴史を知らなかったとしても王家の裏についてはほぼ同等の知識のある相手だ。歴史の闇なら時代的にはむしろ相手の方が身近ですらあり、毒も薬も手管もよくご存知だ。
何より機嫌を損ねれば「王家が禁術を用いて魔王を召喚したと、声高に世間に吹聴するつもりだ」と、本人が明言している。
力で止めることが敵わない以上、やまんちゅの機嫌次第で確かにそれは行われるのだろう。一人のバカ王子の出来心でした、なんて言い訳は絶対に通らない。
いつでも、相手は客人から魔王へと変じられる。
赤子の身で対等に会話し、身体までも簡単に成長するという「見知らぬ魔法を使える現実」が存在している。
もしも流言により王家の非が声高に語られれば、民衆の支持を失い、近隣の国からの信頼も失い、場合によっては政変も戦争も起こる。
大義名分を他国に渡した途端、今は笑顔で手を携えている友好国も、飢えた獣と化して領土を切り取りに来ることだろう。少なくとも表面上は世情も国交も安定しているこの御時世に、魔王という世界の危機を呼び込んだのだ。
そんな国の肩を持ってくれるような聖人君子は、そもそも政治家なんてやっていない。
政争で殺されたというやまんちゅに、愛国心は期待できないと現王家は見ていた。王家への恨みが勝てば文字通り魔王として活動する可能性はゼロではない。
ゼロでないのならば、絶対に敵対は出来なかった。幸いにも、「勇者」は王家に客人としての待遇を求めている。政治に介入する気もないのなら、たった一人の衣食住など王の私費で賄っても微々たるもの。
「本日は如何なさいますか、やまんちゅ様」
第三王子ミリステッド、通称ミリス君である。
前世のやまんちゅよりは若いが既に成人しており、外国との渉外業務も経験している優れもの。そのせいか、王族ながらも無駄に偉そうではない。そつのない態度の、爽やかタイプの王子様だ。
対して前世のやまんちゅは縁故採用の研究所長。
言動は偉そうで、残念ながら外交にも腹芸にもあまり向かないタイプであった。
時代的な背景もある。現王国は積極的な侵略もなく、安定した円熟期。何かにつけて俺は強いぞー偉いんだぞーとわざわざ声高に競り合わずとも、やまんちゅの生きた時代と違って下剋上一発で国盗りできるような戦国時代ではない。
「ふむ…まずは魔導具の作成が必要だな。この際、自重はせぬ」
「……何をされる気ですか…」
自重はしてほしい。そんな警戒露わな相手の言葉を鼻で笑い、やまんちゅは防御を固めることにした。
有り合わせの魔法で身を守って寝たものの、昨夜は乗り込んでくる暗殺者もなく周囲に配された者も従順さを崩しはしなかった。
それでも、いつ何時何を理由に敵に回るかと思えば気を抜くことは出来ない。
彼の基準は未だ周囲に味方などなかった前世に偏っていて、時が経つごとにそれを思い出させる王宮に居座っており、諌めるお気楽な兄もいない。
「魔力でゴリ押すよりは媒体を上手く使うほうが、いずれ私のためになる故にな。まず用意してほしいのはこれとそれとあれと…」
無配慮に材料を要求するやまんちゅ。ミリス君は素早く取り出したメモ帳に言われた物を余さず書き付けきった。実に優秀である。
「では作業には工房を手配しますが、安全性の確認などもありますから、少しお時間をいただきます。他に必要な道具類などはございますか」
「そうだな…今との技術の違いも、検証は必要になるか。だが、追々で良いな。道具は自前の物がある」
死んでいる間に発展した技術もあるだろうから、と彼が呟けば、営業スマイルを崩さぬ相手は頷くことで同意した。最新技術の書籍と宮廷技師がメモに加わった。
監視のミリス君が、この場を離れて直接何かを準備しに行くことはない。書き付けを二枚部屋付きの側仕えに渡すだけで、最速という王族ブーストが働く。
一枚は王への報告用だ。気分を損ねれば国を滅ぼせるような相手が何をいつ望んだのか、トップと共有しておくことは必要だ。
ミリス君が下手に優秀であったために、第二王子が腐って暴走したであろうことはやまんちゅの目にも明らかに見えた。傀儡にしたい者達も、さぞや楽に操れたことだろう。
とはいえ腐って唆されたとはいえ、暴走するほうが悪いので、特に第二王子への同情とかはない。召喚陣に物凄い吸引力で吸い込まれた身としては、犯人コノヤロウくらい思ってもバチは当たるまい。
ほんの少しだけ「小さな暴君に振り回されたであろう弟」という立場には親近感が湧いたとしても…お前も暴君兄なんだろう、次男だし。こちとら末弟三男様だぞ、兄たるものは全て敵。
無意識のそんな反発により親近感は秒で消滅した。王族で兄で!ましてや同国人ともなれば、今生兄のうみんちゅよりは憎き前世兄ーズの方が近い。
「まずは術の反動を弱めて解除できる時間を作る。その為に、完璧な防御を敷くこと、だな。これもいずれは、あやつに使うのだから、最終的には魔力をほぼ使わぬものが望ましいか…」
ミリス君のことなど速攻で忘れ、窓の外へと視線を遣りながら呟く。
風景は、彼の知る景色と、あまり変わらない。
今生の故郷であるティキュウの二ポーンと違って、こちらでは百年経ったらビルがニョキニョキ生えていたというようなことはない。
便利に使える魔法が存在していながら、なぜああはならなかったのか。現代日本の景色を思い出し、やまんちゅは首を傾げる。
「あやつ、とはどなたのことかお伺いしても?」
警戒を微笑みに隠すミリス君と、それを気にも留めないやまんちゅ。税金育ちの前世の借りは既に前世で清算したつもりだから、どんな知識もこの世界の発展に役立てる気などない。
有り余る知識も魔力も、もう好きなように使うのだ。
「今生の兄だ。魔法陣が私しか受け入れず、あちらに置いてきてしまったからな。あれを、いずれはこちらに迎えてやらねばならぬ」
衣食住が整えば、次いでやらねばならぬことが片割れを喚び付けるための研究だ。
異世界召喚を、如何に安全で無害にして行えるか。それこそが、優先順位第二位の大仕事だった。一度動いた魔法陣があるのなら、そこから改造していける。全く理屈のわからぬ壊れた魔法陣を動くように直すよりは時間がかからないはずだ。




