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行きはよいよい


 あまりにも仕事がないため、ついにきちんとした雇用契約ではなく、ちょっぴり怪しげな「各所へのお手伝いとお小遣い」というお仕事に手を出したうみんちゅ。

 日払いかつ契約期間は送迎や連絡用スマホまで支給される手厚さが怪しさ爆発でありながらも、今のところは犯罪臭のしない荷物の積み下ろしにありつけている。

 だが、いつどうなるかはわからない。


 今とてビル陰に沈みゆく夕日の姿こそ見えないが、夜になる前にと送迎車が幾つかある送迎ポイントを回って、従業員達を送ってくれているところだ。

 周囲の同僚達のように、この手厚さを純粋な好意だと考える程、うみんちゅはお人好しではなかった。油断したら内臓でも売られるのではないかと不安にもなる。


 積み下ろす荷は野菜や魚等の量と重さのあるもので、力仕事が多い。こういうので油断させておいて、慣れてきたら徐々に怪しい仕事が振られるのかも知れない。

 そんな疑いをうみんちゅは捨てていない。荷物が中身の不明な人が入れる大きさのナニカ等になったら、脱兎の如く逃走する予定である。


『呼ばれている…ような。…うみ、今日は場所が分かりそうな気がするぞ。あっちだ!』


 そんな弟の言葉に、うみんちゅは目だけで頷いた。

 赤子はテレパシーだけを放ってくるので、あやしているフリで対応している。誰もが無言で、決して居心地の良くはない送迎車の中、片手を上げて降車申告をする。


「あの、ちょっと用事があるので、ここらでいいです」


「…そ? じゃあお疲れ様!」


 送迎車の運転手も、同乗していた疲れ果てた顔の同僚達も、特に理由を問うことはなかった。場合によってはやたらと話しかけてくる同乗者に当たるのだが、本日はセーフ。

 道路脇の駐車禁止マークの真ん前にて停車する。急いで下車したうみんちゅは「どうも」と笑顔で会釈を放った。

 だが…どなたからも、笑顔は返されない。誰も、目すら合わせようとしない。凄く無関心だ。


 全く見知らぬ場所で車を降ろされたうみんちゅだが、まずはきっちりと送迎車を見送る。相手がわざわざ後をつけてくるなどと考えたわけではないが、何となく信用できないままなので、しっかりと車が見えなくなってから動くことにする。

 弟の顔を見て方向を確認した。


「あっちで良かったんだな?」


『うむ。お前には見えないか。感じないのか。…まぁ、そうであろうなという気もする』


 やまんちゅには、流れてくる力に馴染みがあった。

 五感で感じ取ることはできなくとも、魔力にもうっすらと特色がある。例えるならば、色や匂いや手触りのようなそれは、ぼんやりとした手応えのなさでありながら、それでも明確な質の違いを示してくる。

 それに気が付いたのは、大味で薄味なこの世界の魔力を吟味し尽くしたから。だからこそ差異が判別できた。

 流れてくるその魔力には覚えがある、と。


 かつて生きた世界の匂いを纏う、チカラ。

 やまんちゅの魂にやけに訴えかけるそれは、恐らくは前世に嫌というほど扱ったのと同じ魔力(モノ)

 鈴の音にも似た高い音で微かに空気を震わせ、どこか不安定な世界の隙間から、今も細く漏れ出し続けている。


 今となっては、懐かしいような匂いがする魔力だ。

 やまんちゅの中に、如何に効率良く身の内にそれを取り込むか試行錯誤した日々が、まるで昨日のことのように甦る。

 薄皮一枚の向こう側…すぐそこに、かつて過ごした別の世界があるのだ。


 勤務時間も不規則で疲れ果てているはずの兄は、愚痴一つなく弟の指示に従う。

 謎の力に向けて無意識に伸ばされた小さな手に示されるまま、詳細も尋ねずに歩いた。行ってどうするのか、突き止めて何があるのかと問うこともない。ただ、腕に抱えた赤子の目線の先へと歩き出す。

 問いかけたのはやまんちゅの方だ。


『この、先には何があるのだ? 魔力の少ないこの地から繋がる場があるというなら…明らかにこの世のものではあるまい』


「いや、怖いし。知るかよ…でも、あー。もしかしてアレかもな。多分ナントカ神社って…ほら、そこに看板出てるだろ」


 日本語がインストールされていない弟の為に少しでも情報を得ようと、消えかけて物理的に読めない文字をしかめっ面で見つめる。

 道路沿いに立てられていた、木造の古そうな看板。街灯に照らされ、ただの朽ちた柱にも見紛う、ボロボロの…今にも崩れそうなそれに、書かれた文字もあまりに達筆で…辛うじて読めるのはやはり、恐らくは「神社」であろう二文字の漢字だけ。その前に付く名と思しき文字も、何を祀る神社なのかも、全く読み取れなかった。


「管理されてるのかどうかまではわかんないけど、看板がアレでは期待できないかもね」


 真顔で視線を固定したままの赤子を抱いて、うみんちゅは怪しげな看板へと近付いた。ひっそりと木々に隠れるようにして、獣道じみた細道と鳥居が現れる。


「怖ぁ。マジ怖ぁ。怪談、嫌だぁ」


『意外と臆病なのだな、お前…』


「何とでも言えばいいよ、ミスター超常現象くん。なぜ夜だし。昼間なら、昼間ならまだ怖くないのに!」


 意外な兄の弱音。しかし運動を存分に行ってこなかったツケか、やまんちゅは自力で長く歩くことがまだ出来ない。伝い歩きもサボり気味。兄の方がずっと運動能力は高いと言える。


『ほら、うみ行くぞ』


 つまり、うみんちゅ号に乗っていなければ雑草蔓延る道の探検など叶うはずもない。

 スギナの群れに押されて、かき消えそうな分かれ道。やまんちゅは迷わず先を示した。


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