進展と一転
大広間突入の一歩目。私は早速新規スキルの【ステップフット】を起動した。脚力の強化倍率はどうやらレベル依存らしく、チュートリアルクエストで体感した程の速度は出なかったが、それでも数秒で広間の角に到達した。
オリジンスキル【剣聖ノ圧】は移動中も発動できる。故に私が通過した場所には、まるで夏場の蚊の如く床に倒れ臥す化物達の姿があった。誰が人間蚊取り線香だ。
「出だしは好調。ならこっちも自分の役割はきっちりこなさなきゃな!」
複数のスキルでステータスを強化したルナセラが、ハチドリのような素早い動きで行動不能に陥っていない敵を片っ端から斬り裂いていく。剣の軌跡を導くかのように淡緑色に輝く瞳が魔物を刺し、次の瞬間には剣先が彼の見た点を貫いていた。事前に聞いた話では、【弱点看破】というスキルにより魔物の弱点部位を見抜いているらしい。十割幽体の幽霊は兎も角、人型である喰人種やゾンビなどに対しては有効なのだとか。
「そらそら吹き飛べ! 【風神裂破】っ!」
ルナセラの放った範囲攻撃によって図体のデカい魔物達が軒並み宙を舞う。彼らが落下し始めるよりも早く、彼は何らかの補助スキルで空中を駆けると、目にも止まらぬ速さで全員を輪切りにした。
直後、金髪のツインテールを揺らして床に降り立った彼と目が合う。こちらに気付いた彼は片目を閉じてウインクすると、至極楽し気な表情で告げた。
「オッケー。もう攻撃を始めても大丈夫だぞ!」
「思ったよりも早かったな」
「俺を誰だと思ってるんだ? 疾風迅雷のルナセラ様だぞ?」
「初めて聞いたが」
「今考えたらからな」
誇らしげにサムズアップするルナセラを即座に背中側へ回し、未だ恐慌状態にある敵を倒しに向かう。無防備な相手に刀を振り下ろすのは作業のようだが、時間が経てば動き出すので悠長にはしていられない。
先程逃げ回る途中で効果の切れたステップフットが、再び使用可能になったことを視界の端で確認する。強い踏み込みに合わせてスキルを起動。自分の正面で蠢く魑魅魍魎へ私は覚悟の突進を仕掛けた。
それから約五分後、十五体ぐらい斬ったところでふと彼の方を見ると、あちらもかなりの数を倒したようで、強敵らしい強敵も残すところあと数体といった感じだった。
「オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!」
「はあっ!!」
拘束が解けて襲ってきた喰人種の胸に思いっきり聖刀を突き立てる。ルナセラの見立て通り、武器の持つ聖なる効果っぽい何かは幽霊以外にも利くようだった。最後の一体だったそれは、傷口から溢れる白い光の粒を掴むように天を仰ぎながら消滅した。
「いやぁ、倒した倒した。やっぱりハクスラっぽい戦闘は気持ちが良いわ。再出現まではもう少しかかるから、今の内に聖水を……どうした、リュウナ?」
「……いや、何でもない。そういえばルナセラ、この屋敷は百年以上前から誰も住んでいないと言っていたな」
「おう。あくまで推測だけどな。ほら、この屋敷めっちゃ広いし部屋も大量にあっただろ? だから前にあちこち探索してみたんだ。で、その時出てきた住人のメモやら日記やらの資料を細かく精査した結果、どうやら最後の住人は百年以上前にここを去っているらしいって判ったんだ」
浄化効果の切れた双剣に聖水を振りかけながら、ルナセラは魔物のいなくなった広間を見渡した。
「ふぅん……それはお前一人でやったのか?」
「まさか。部活の先輩達と一緒に調べたんだよ。流石にあの数の部屋を一人で回るのは骨が折れるからな。レベル上げの合間にちょっとずつ手分けして探索して、それを何日か繰り返して得られた情報の断片を繋ぎ合わせたってわけさ」
「なるほど。ちなみに魔物に関して何か情報はあったのか?」
「魔物の? うーん、特には無かったはずだが。どうしてだ?」
「……私は最初、この屋敷の住人が百年以上前に何らかの理由で魔物化したんじゃないかと思っていたんだ。だが、お前の話が本当ならここの魔物は元住民の成れの果てではないということになる。それなら奴らは何故この屋敷にいるんだ?」
「あ……確かに。ゲームの世界観に慣れ過ぎて今まで気にしていなかったけど、常識的に考えてただの幽霊屋敷に本物の幽霊やゾンビがいるわけないよな」
事象には原因がつきものだ。幽霊やゾンビも元となった人間の死が無ければ生まれない。ましてや何度も蘇る程の執着を抱いているとなると、彼らがまともな死に方をしていないのは明らかだ。
「……ひょっとして、それを最初に突き留めないとクエストが始まらない仕様なのか? だから俺達が屋敷に入っても何も起こらないし、例の屋根裏部屋にも入れない……そうかそういうことか。完全に盲点だった。ちょっと先輩達に訊いてみ…………ん? なんだ?」
「……地震?」
足元から感じた僅かな振動に私達は同時に顔を上げる。それは小さな横揺れから始まり、次第に建物全体へと伝播していった。
まるでこの嘆きの屋敷そのものが巨大な生き物であり、閑散とした体内に身震いするかのように。床や壁のギシギシという軋み音から一時は建物が崩壊するのではないかとも思ったが、そこはゲームらしく謎の力が働いているのだろう。数十秒ほど続いた揺れは、屋敷に何の損壊も与えず緩やかに収まった。
「何だったんだ今の?」
「ただの横揺れにしては現実の地震と比べてかなり小刻みだったが……ルナセラ」
「お、俺は何もしてないぞ」
「そんなことは分かっている。そうじゃなく、今のみたいな現象はゲーム内ではよくあることなのか?」
「いいや。火山に近いフィールドなら兎も角、ただの樹海で地震が起きたなんて話は聞いた事も無い。さっきのは恐らく、この屋敷自体が揺れていたんだろう。元々一定周期で振動する仕様なのか、あるいは……屋敷内にある何らかのギミックが作動したのか」
「ということはつまり……私達以外のプレイヤーが、この屋敷内にいる……?」
だとすれば、それは十中八九……いや、ほぼ確実に———
どうやら思惑の一致したらしい私とルナセラが同時に顔を見合わせた次の瞬間、大広間の廊下側とは反対の壁が物凄い衝撃と勢いで砕け散り、砂埃と瓦礫が部屋内へ降り注いだ。




