災難と最善 あるいは出たとこ勝負
ルナセラが持ってきた弁当をもきゅもきゅと頬張りながら、装備画面と睨めっこして早三分経過。あと十二分で終了する至福の時をきんぴらごぼうと合わせて噛みしめる私は、箸で半透明の画面をつついた。
片や神寵の小太刀。自害によるデスペナルティを無効化してくれる効果が付与されているが、代わりに武器としての攻撃性能は皆無と言っていい。
片や柞木の白刀。攻撃全てに打撃属性が加わる他、敵の攻撃をパリィした時にのみ確定でその一撃がクリティカルとなる。攻撃性能は小太刀の次に低いが、耐久力の指標であるVITにデフォルトでなんと 100 もボーナスが付く。
「ふむ……どちらにすべきか」
「それ言うのもう三度目だぞ。いい加減決めればいいのに」
「決められないから迷っている。制限無しの自害か己の耐久力か、どちらもこの場においては欠かすことのできない利点を備えているからな」
「確かに後者は分かるけど、前者は別に必須というわけでもないだろ。精々この安地にすぐ戻れるぐらいだし」
「そこが重要なんだ。先の醜態から私は、次回があればその時は即自害しようと心に決めた。だが、自害を含め死亡判定後はデスペナルティが課されてしまう。その問題を解決するにはこの武器を装備……正確にはこのウェッポンスロットにセットするしかない」
つい数分前まですっかり頭の中から抜け落ちていた、聖刀の持つ規格外な性能の一つ。それをステータスの確認時に思い出した私は、手持ちの武器である小太刀と木刀のどちらかをスロットにセットしようと考えた。幸い、聖刀の武器性能は両者を遥かに上回っていたのでセットに然したる支障はない。ただ一点、スロットがまだ一つしか空いていないという事実を除けば。
「ウェッポンスロットはセットした武器の効果と基礎能力値の半分を上乗せできる。その理屈でいけば、小太刀をセットすれば聖刀での自害もペナルティ免除の対象になる。だが、私の場合は敵から二、三度攻撃を受けるだけでも瀕死になりかねない。だからVITに 50 加算できる木刀も、保険という意味では小太刀と同じぐらい心強い」
「なるほど……。でも、小太刀は別にアイテムとしても使用できるわけだろ?」
「その時になって冷静な判断が下せるかどうかも分からない。それにアイテムボックスを開けられるぐらい余裕と理性が残っているなら、そもそも自害なんてするわけないだろう」
「ごもっともで。じゃあもういっそのこと、両方共試してみて判断するのが一番合理的なんじゃないか?」
「……そうだな。そうするか」
私は唐揚げを掴もうとしていた箸を一旦弁当の縁にかけると、画面を操作して聖刀のウェッポンスロットに神寵の小太刀をセットした。選択理由は、木刀の時よりも被害想定の規模が小さいからである。
十五分後、私は束の間の安寧を惜しみながら安全地帯を後にしていた。向かうのは屋敷の一階東側に存在する大広間である。ルナセラ曰く、そこが最も魔物の出現数が多く再出現頻度も高いらしい。
「作戦はこうだ。まず俺が大広間の扉を開けたら、リュウナは部屋を走り回りながら例の【剣聖ノ圧】を使って敵の動きを封じる。その間に俺は効果の薄い、または効果の無かった敵を片っ端から倒して数を減らす。ある程度減ったら俺が言うから、そしたらリュウナは近くの敵から順次倒していく。背中は気にするな。ちゃんと守ってやる」
眼前からノロノロと這ってきたゾンビを、聖水で予め清めた武器で瞬殺しながらルナセラが言う。最後の台詞がまたもや殺し文句のようだったが、今の私にそんなことを気にする余裕など無い。壁から身体を三分の一だけ出した状態の幽霊を壁ごと斬りながら頷く。
「わかった。だが、問題はどれほどの数にこのスキルが利くかだな。もしレベルの高い魔物が多かったら私はそれに囲まれるわけだが……?」
「そん時は仕方ない。自害して安地にリスポーン後、また広間に戻ってくればいい」
「その……一人でか……?」
「俺だって単騎で大勢の魔物を相手取ることになるんだ。それぐらい我慢しろ」
「くっ……」
流石に反論の余地が無い。自らの弱点がこんなところで足を引っ張ることになろうとは。思わず唇を噛んだが、仮想世界故に痛むことも無ければ血が滲むことも無かった。
「まぁ、屋敷入る前のお前が言ってたみたいに全てを経験値と見なせば大丈夫だ。……多分」
「大丈夫じゃなかったからあんな事になっ……いや、それを蒸し返すのは野暮だな」
「ふっ……俺としては部活の皆に面白い土産話があーっとすみませんでした謝るから刀の刃先を首に当てるのはノーサンクス」
「バラしたら殺すぞ…………社会的に」
「社会的に」
双剣ごと両腕を上げながら、器用に天井の幽霊を倒したルナセラがオウム返しする。
「ま、わかってるよ。そもそも十年来の幼馴染の俺がそう簡単にお前の秘密をバラすと思うか?」
「…………それもそうか」
「今の間がちょっと気になるな」
流石に拷問されたら吐くだろう。拷問する価値があるとも思えないが。
そうこうしている内に私達は、大広間に続く扉の前へ辿り着いていた。両開きのそれは木製で、経年劣化で黒ずんだ表面は所々欠けたりしているものの、施された意匠の美しさは未だに健在であった。
取り付けられた純金のドアノックに手をかけながらルナセラがこちらを振り向く。
「準備はいいか?」
「だっ……大丈夫だ」
若干声が上ずってしまったが、それ以外特に問題は無い。居ると分かっている相手にこちらから奇襲を仕掛けるだけなのだ。背後からいきなり驚かされるよりはずっとマシである。
「よし。3……2……1……行くぞ!」
ルナセラの掛け声に合わせて扉がバンッと開かれる。途端、部屋内の魔物の視線がこちらへ注目するのが分かった。埃の混じった冷気が全身を撫でる。身震いを押し殺すように短く息を吐くと、私は広間を駆け回り始めた。
小太刀のセット時にリュウナが考えた「被害想定」とは、瀕死と暴走それぞれの先に待つ可能性の話です。前者の場合は安地からの移動時間やルナセラの足を引っ張るといった可能性であるのに対し、後者は件の不始末を繰り返す可能性となります。どちらの被害が小さいかなど、火を見るよりも明らかでしょう。




