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第二十三話①『フラグのような』



 嶺歌(れか)は黙々と食していたせいか、二人に訪れていた沈黙を食べ終えたところで認識していた。しかし不思議と嫌な沈黙ではない。


 兜悟朗(とうごろう)も丁重に口元を拭いながらその場で時間を過ごしてる。


 今日一日見ていて分かった事だが、彼は沈黙の状態でも形南からの通知が鳴るまではスマホに手を伸ばそうとはしなかった。


 今の世代の若者は、暇さえあればスマホを見てしまう人間ばかりだ。嶺歌もそれは否めない。


 だが兜悟朗はそのような事なく、綺麗な姿勢で静かに座っている。


(本当に完璧な人だな)


 嶺歌はただただ目の前にいる兜悟朗にそんな感想を抱きながらスマホに目を向けてみる。


 時間は十二時半だ。あと三十分は休憩時間なわけだが、この後はどうしたものだろうか。


 そんなことを思いながら兜悟朗の方に視線を向ける。


 兜悟朗の食事の摂り方はまさに紳士という名を体現したような美しいものだった。作法を心得ているのだろう。


 食べ残しなど一切なく、食べている時の姿勢も品があり、それがまた彼の紳士さを際立たせていた。


 食事にかける時間も早くも遅くもない丁度良い具合の摂取時間であり、彼に欠点などつけようもない程だ。


 そうして嶺歌はもう一つの事に頭を巡らせ始める。


 目の前には長身で紳士的な腰の低い男性が座っており、今その男性と二人きりで食事を摂っていた所なのだと。このような状況を客観的に考えるとそれは――――


(こうしているとなんか…………)


 側から見たらそう思われるのだろうか。しかし他でもない嶺歌自身がそれを考え、感じている。そう、これではまるでデートをしているようだと。


 だがこれは形南(あれな)のデートを尾行する為のものであり、二人きりではあるものの決してデートとは言えないだろう。


(そうそう、何考えてんのあたし)


 嶺歌(れか)は首を振り自身の考えを打ち消す。


 だが、普段から異性と二人きりで出掛けるのを意図的に避けている嶺歌が、兜悟朗(とうごろう)と二人で出掛けるという事に関しては、自然と嫌ではないと思うそんな自分がいた。


「嶺歌さん」


 そこでハッと我に返る。兜悟朗に名前を呼ばれて先程までの思考を一掃した嶺歌ははいと大きく返事を返す。


 すると兜悟朗は穏やかな笑みを維持しながら「疲れておりませんか」と労わる言葉を口にしてきた。


「大丈夫ですよ! お昼もしっかり食べましたし全然動けます!」


 もしかしたら三十分前行動をするのかもしれない。形南(あれな)には十三時までと言われてはいたものの、優秀な兜悟朗の事だ。一足先に行動に出るのも執事の極意ではないのだろうか。


 そんな事を思った嶺歌は急いで席を立とうとするがしかしそれは瞬時に兜悟朗に止められた。


 不思議そうに兜悟朗を見返していると「まだお時間は御座いますのでどうぞお掛けになって下さい」と笑みをこぼしてくる。


「いいんですか? てっきり時間前行動するのかと」


 兜悟朗の呼び止めに拍子抜けした嶺歌は疑問を持つがままに問い掛けてみた。


 すると兜悟朗はその言葉に直ぐ返答をする。


「まだその時間にはお早いですから」


 そう言って再び笑みを向けてきた。


 彼の表情はいつも笑みで包まれており、兜悟朗といえば笑顔以外に顔が思い浮かばない程になっている。


 それほどまでに彼の印象はいつも柔らかく、それが嶺歌にとって心地良い。いや、心地良くなっているのだ。それに気付いたのは本当に最近の事だった。


「分かりました。いつでも行けるんでタイミングが来たら教えてください」


 嶺歌はそんな事を思いながら兜悟朗へそう言葉を返す。


 兜悟朗はこちらの配慮に律儀にお礼を告げると自身の腕時計を見やり「五十分になられたら参りましょうか」と言葉にした。


 嶺歌はすぐに頷き行動開始の時間が確定する。さて、あと十五分ほど時間がある。


「一つ聞いてもいいですか」


 嶺歌(れか)は聞いてみたい事があった。兜悟朗(とうごろう)の事はこの数ヶ月間でそれなりに理解できていた。しかしやはり聞いてみたい事はある。


 突然の嶺歌の申し出にも兜悟朗は変な間を置く事もなく「勿論で御座います」と穏やかに声を発した。


「兜悟朗さんは、あれなの専属執事ですけどその前に誰かに仕えていた経験はあるんですか?」


 素朴な疑問だった。以前から気になっていたのだ。兜悟朗ほど優秀な執事であれば、数々の経験を得てきたに違いないとそう思ったからだ。


 これまで財閥とは無縁に生きてきた嶺歌にとって、まるで魔法や超能力を持っているかのような兜悟朗の優秀な仕事ぶりには何度感心させられたか分からない。


 彼の万能すぎるその腕前は一体どのようにして培われてきたものなのか、それを知りたかった。


「いいえ、(わたくし)がお仕えしていますのは、形南(あれな)お嬢様お一人のみで御座います」


「えっそうなんですか!?」


「左様でございます。お嬢様には(わたくし)が執事としての務めを始めたその日から、長らくお仕えさせて頂いているのです」


 兜悟朗の意外な返答に嶺歌は驚いた。形南に仕える前に何人か主人がいたものだと思い込んでいたが、それは嶺歌の勝手な憶測だったようだ。


 しかしそこで嶺歌は思い出す。そうだ、形南が言っていた。


―――――『もう八年も前のことですのよ』


 嶺歌が初めて形南の家に訪問した際に、手作りクッキーを渡した日の形南の言葉だ。


 形南がアレルギーで倒れた時の事に、未だ胸を痛めていた兜悟朗の反応を見た嶺歌が疑問を持っていた為、形南が説明をしてくれたのだ。


 あの時はつい聞き流してしまっていたが今思うと八年も前というのは…………


「そしたら八年以上……仕えてるって事ですよね」


 純粋に凄いと思った。同じ人物を八年以上の年月をかけて全力で守り、支えているという事に。


 仕事とはいえ、兜悟朗は住み込みで働いており、形南に何かあれば二十四時間年中無休で働いているのだ。改めて考えると凄いという感想以外に言葉が思い付かない。


(人間…だよね)


 思わず本気でそう思ってしまうほどだ。


 彼も人間を超越した能力を身につけたエスパーか何かなのだろうかと考えた事が何度かあった。実際、それを形南に聞いた事もある。


 だが形南本人に笑われてすぐに彼はただの一般的な人間なのだと理解した。


 形南が嘘をついている様にも、執事の兜悟朗が主人に秘密を持っているとも思えない為、彼が人間である事を疑うのはそこで止めた嶺歌だったが、それにしても兜悟朗のスペックの高さは本当に何度見ても感心するものばかりだ。




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