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第二十三話②『フラグのような』



「そうですね、補足をさせていただきますと十年ほど形南(あれな)お嬢様にお仕えさせて頂いております」


 兜悟朗(とうごろう)は柔らかい笑みを保ったままそんな事を教えてくれた。


 十年ということは嶺歌(れか)がまだ小学生の時からという事だ。形南はこれまで生きてきた人生の半分以上を兜悟朗と共に過ごしてきたのだとそんな事を考える。


「十年も仕える程あれなを大切に思ってるんですね。兜悟朗さんがあれなをどれだけ大事な人として仕えているのか、あたしでもよく分かります。十年も一緒にいたらもう家族のようなものですよね」


 嶺歌が形南の顔を思い浮かべながら口元を綻ばせそう口にすると、兜悟朗も同じだったのか先程よりも僅かに口元の緩みが深くなった。


「仰る通りでございます。お嬢様への敬いの心はこの先も変わる事はありません。嶺歌さんが申されますように(わたくし)にとってお嬢様は恐れ多くもご家族のようなお方で御座います」


 その兜悟朗の言葉を聞いて嶺歌は無意識に嬉しく思う自分がいた。


 兜悟朗が形南を大切に思っているという事実が、今目の前で彼の口から放たれ、友人の信用している人物からの美しい忠誠心に心が温かくなる。


 形南と兜悟朗の関係性を改めて認識できたような気がしていた。


「あれなのどういうところに敬意を示されているのか聞いてもいいですか?」


 せっかくの形南の話題なのでもう一つ質問をしてみる事にした。


 兜悟朗からは形南に対する強い忠誠心と共に彼女に対する尊敬の念も感じられていた。形南を兜悟朗は一体どのような面で敬っているのだろう。これも素朴な疑問の一つだった。


 すると兜悟朗(とうごろう)は勿論で御座いますと再び頷く。


 嶺歌(れか)は彼のその姿勢を目にしてすぐに礼を述べると彼は頷いた後に口を開き始めた。


「お嬢様の事は一人の淑女として心から尊敬しております」


 兜悟朗は笑みを続けたまま言葉を口にする。


 形南(あれな)の前向きな姿勢、切り替えの早さ、そしてどんな状況でも高円寺院(こうえんじのいん)家としての誇りを持ち、その名に恥じぬよう努力を惜しまない所であると彼は穏やかな雰囲気で彼女の尊敬する点を教えてくれた。嶺歌もその言葉に何度も頷く。


 形南は一見天真爛漫なおてんばお嬢様の印象が強いが、努力家であり、自分をきちんと持っている。強くて逞しいそんな淑女なのだ。


 嶺歌は兜悟朗の回答に納得し満足していると「ですが」と彼は尚も言葉を続けた。


「そちらの点だけではありません」


 兜悟朗は正しく綺麗な姿勢を保ったまま嶺歌に視線を合わせた。


 兜悟朗の穏やかな目線は嶺歌の心も一瞬で和やかにしてくれるそんな力がある。嶺歌はただ兜悟朗が言葉を終えるまで静かに彼の声を耳に聞き入れる。


「形南お嬢様の恋に対する一心の想い、その姿勢を強く尊敬しているのです」


 予想外の回答に嶺歌は驚き、目を見開く。まさか兜悟朗の口から恋の話題が出てくるとは思いもしなかったからだ。


 しかし彼は真面目にそう言の葉を紡ぎ出し、それが冗談ではないと彼の態度全てで読み取る事が出来ていた。


(わたくし)には分かりかねる感情で御座いますから、そのような心を私より十も若い形南お嬢様が懸命に追求されていく姿勢に、感銘を受けているのです」


(……そうなんだ)


 兜悟朗は恋を知らないのだと、自らの事を口にした。意外のようなそうでもないような、しかし彼が知らないその感情を、日々追い求める形南に心から感嘆したのだろうとそう感じられた。


「以前、形南お嬢様が嶺歌さんと(わたくし)を口添えされようとなられた事を覚えておりますか」


「ありましたね、覚えてます」


 突然の問い掛けを不思議に思いながらも嶺歌(れか)はその日の事を思い出しそう答える。


 兜悟朗(とうごろう)と恋仲になればいいと形南(あれな)に言われた時の衝撃は中々に大きかった。


 そんな嶺歌の反応を確認して兜悟朗は再び言葉を続けた。


「形南お嬢様が当時あのように口にされた事には理由が御座います。(わたくし)が恋心を学び損ねたばかりに、お嬢様は気を遣って下さったのです」


 そうして兜悟朗は自身の過去の話をしてくれた。


 形南に仕えるまで過去に数人の女性と恋人関係を築いてきたが、一人の異性として愛するという感情が分からず結局長くは続かなかったのだと。


 兜悟朗は学生時代の間に当時交際していた恋人と別れると、卒業してからそのまま形南に仕える形となり、それ以降は誰とも恋仲になる事がなかったとそう話していた。兜悟朗の初めて知るその情報に驚きながらも嶺歌は考える。


(あたしも兜悟朗さんみたいに恋心って分からないけど)


 だが嶺歌の年齢で恋を知らない人間は数多くいるだろう。


 それに比べて兜悟朗は嶺歌よりもっと歳を重ねている。彼の歳になっても恋がわからないという事は嶺歌の立場とはまた違うのだろう。


 彼の話が一段落すると嶺歌は無意識に兜悟朗の顔を見る。そして目が合い、彼は柔らかな笑みをこちらに向けてきた。


 すると兜悟朗のスマホのアラームが小さく鳴り出した。


 彼はスマホを素早く手に取りアラーム音を止めると「時間で御座いますね」ともう一度柔らかな笑みを向けてテーブルに置かれた伝票を持ち出す。


「それでは参りましょうか」


「…はい、そうですね」


 嶺歌が席を立つと兜悟朗も席を立つ。急かさないところは相変わらず彼らしく紳士的だ。


 彼に恋をした女性はきっとたくさんいるだろう。こんなにも相手を敬い、気遣える男性なのだ。心を奪われる女性がいても何も不思議ではない。


 だが彼は形だけでしか彼女らの気持ちに応える事はできなかった。心から応えたいと、真面目な彼ならば何度も思った事だろうに。


(素敵な人なのにな)


 本当に無意識にそう感じている自分がいた。異性の事を嶺歌が素敵だと思うのはこれが初めての事だった。




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