28話茶々丸の元服
今迄と違って、茶々丸の視点で書いてみました。
何か日記の方が、楽でしたので。(笑)
弘治13年(1567年)1月
私茶々丸(14歳)は、卒業が決まりましたので、
本日の元服の義で清親と、名乗る事になりました。
何でも正親町天皇様が、名付られたとか。
(父上何をやったら、帝自ら名付親になる?
信忠様ですら無かったのに・・・)
傅役である滝川一益の甥っ子の滝川利益(34歳)に、聞いても清秀様ですからの一言で終わった。
叔父の信長様に聞いても、謎だの一言でした。
父上って、何なんでしょうか?
元服の義も終わったので、
信長様に配属を聞くと、陸軍であり父上の止め役であった。
何でも曾祖父の正清爺様が、決めたそうです。
4月には、利益達と一緒にカリマンタン入りする様に通達がありました。
僕が少尉で、利益が大尉だそうです。
他にも、佐久間盛政・三好長治・堀秀政・
毛利輝元・尼子勝久が一緒に卒業した面子で、
輝元は隆元(輝元の父親)さんや叔父の小早川隆景さんの居る海軍になりました。
吉川元春等の他の叔父は、陸軍に居ますけど。
4月になりカリマンタンに付きました。
父上が来るとの事でしたが・・・・何か象に乗って来ましたよ。利益含めて全員緊張してます。
「よく来たな!ちょっと待ってろ、直ぐに半兵衛も来るから」
陸軍の軍師迄、象に乗ってるそうです・・・
大丈夫か陸軍?正清爺様の心配も、解った気がします。
半兵衛さん直々に象に乗って来られました。
父上の方に僕・利益・盛政が乗り。
半兵衛さんの方に長治・秀政・勝久が乗り。
基地内の案内を受けながら、この一年の話をしました。
去年ラーンサーン王国の救援の謝礼に、
象を50頭貰ったそうです。
しかも父の操る象と半兵衛さんの操る象は、
専用だそうです。
盛政と利益は羨ましそうでした。
僕は馬の方が良いです。
島津義久中将や浅井長政少佐は、現在アユタヤ(タイ・カンボジア)王朝の救援の為に、3個連隊で出撃中で不在でした。残念です。
後で半兵衛さんや義弘准将に、この一年の話を聞いとかないとね、父上が色々迷惑かけてそうだし。
取りあえず今日から三日は、休日との事でした。
三日後から正式に、任務が始まるそうです。
初任務は、何でしょうか?わくわくします。
三日間の休日で、基地近辺を探索したり、
父上と手合わせしたりしました。
初日基地内の食堂で、歓迎会で自己紹介したのですが、名乗ると会場に居た全員が、直立不動になってしまいました。
何でも父上は、一年前この基地に就任した際に
父上を知らない(名前だけ知っている)馬鹿な士官が、歓迎会の時に酔っ払い、周りが止めるのも聞かずに、父上に絡んだそうです。
その場は、何事も無かったそうですが、
翌朝基地内の全員を、訓練場に呼び出し
一般兵の前で、士官以上の全員(200名以上)を相手に、実戦形式の訓練で誰も一撃も入れられずに、纏めて叩きの潰したそうです。
父上曰く、一撃入れたら昇進させてくれるそうです。
この一年で、未だに誰もこれで昇進してませんが・・・
清孝爺・正清爺・清一爺達じゃないと無理でしょうが・・・
父上でもたまにしか、一撃入れられないそうですから・・・爺様達どんだけ強いんだよ・・・
今では、誰が一番最初に一撃入れるか、賭けになってるそうです。
後日利益から、僕が一番人気になってると、言われました。
確かに爺様達に鍛えられたけど、未だ無理です。
稽古の時は、父上に成長を誉められました。
嬉しかったです。利益ボコられてましたげど。
一益さんが岩田家に、士官してからずっとボコられてるそうです。
父上に何度も絡んで、負けず嫌いですね。(笑)
清親の名付け親が、帝ってあり得ねーって思いますよね。私も思います。
あり得ないからこそ、清秀だと思います。(笑)




