子爵令嬢ジュリエットの初恋(6)
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マリーに家が脅迫されているという真実を教えてもらった翌日。私はクラウス様へのお手紙を書き上げた。昨日は綺麗に考えがまとまらなくて、書くことが出来なかったけれど今ならば書ける。気持ちが変わらないうちに、しっかりと書いてしまわなければ。そう思い、私は十分程度で今の気持ちをお手紙にしたためた。
――もう、文通は終わらせたい。
――もう、貴方に関わるのは止めたい。
私は、自分の気持ちが変わらないように祈りながら、そんなお手紙を書き上げていた。結局、私は自分の恋よりも家のことを選んだ。クラウス様以上に良いお方と出逢えるかは、分からない。でも、元を考えれば私とクラウス様はただの「文通お友達」なのだ。決して、婚約者ではない。だから、縁を切るのは容易い。こんなたった一枚の便箋で、関係は断ち切れるのだ。
「……お嬢様」
「マリー。ごめんなさいね、心配ばかりかけてしまって」
静かに震える声でそう言って、私は便箋を折りたたんで封筒に入れた。今にも零れそうな涙は、一体何に対して零してしまいそうな涙なのだろうか。クラウス様との文通が終わること? それとも、初恋が本当の意味で散ったこと? それとも……ううん、これは考えないようにしよう。考えても、虚しいだけだ。
(クラウス様はとても人気のあるお方。私以外にも、すぐに文通お友達なんて見つけられるわ)
ぎゅっと手のひらを握り締めて、私はそんなことを思ってしまった。クラウス様は男爵家のご令息だけれど、王宮で王太子殿下の専属従者を務めているということもあり、人気が高い。王族の専属従者とは、下位貴族の中では花形職種であり、男爵子爵家の令嬢から見れば超優良物件なのだ。……きっと、私の家を脅迫しているお方もクラウス様が好きなのね。その結論にたどり着いた時、私は胸が締め付けられた気がした。
「お嬢様。お嬢様は、このままでよろしいのですか……?」
私の手が震えていることに気が付いてか、マリーはそんな風に声をかけてくる。……いいわけがな、ないじゃない。私、今まで物事に執着なんてあまりしたことがなかったけれど、この文通は終わらせたくなかった。けど、仕方がないことなのよ。私の家は貴族だけれど、権力なんて持たない家。他の貴族が本気を出せば、簡単につぶされてしまう家。
「いいわけ、ないわ。だけど……仕方が、ないのよ」
そう、仕方がないの。私は、キャンディ様の様に聖女の力を持っているわけじゃない。彼女みたいに、聖女の力を持っていたら……きっと、違ったのに。そう思ったら、悔しくて悔しくて。キャンディ様に嫉妬してしまいそうだった。愛されて可愛らしい、彼女に。……彼女は、無関係なのに。
「私、ただの子爵家の小娘だもの。私には、何もできないのよ……!」
ぽろぽろと涙が、頬を伝う。クラウス様と接点を持ち続けたい。そう思うのに、家を捨てる決意も出来ない。優柔不断で、賢くなくてバカで。秀でた能力もない。……こんな私、生きている価値がない。
「……お嬢様!」
そんな風に俯いて涙をこぼし続ける私を見てか、マリーは私の背中をバンっとたたいた。それに驚いて私が瞳を見開いてマリーに視線を向ければ、マリーは「お嬢様は、優しすぎるんです!」なんて言い出した。
「優しすぎるから、家族のためにとか、クラウス様のためにとか思われているんでしょうが……それは大きな間違いです! お嬢様は、根本的に道を間違えています!」
「ま、マリー……?」
「自分が犠牲になって、周りを幸せにする? ふざけないでください! そんなの、物語の中だけで十分ですよ。現実だったら――」
――自分が幸せになって、周りも幸せにしてやる! それぐらいの度胸で、貪欲に生きなくちゃダメでしょう!?
マリーのその言葉は、確かに一理ある。だけど、私にそんなこと出来るわけがない。そう思ったから、私の口からは「……でも」なんて否定の言葉が漏れた。
「お嬢様! もう私は我慢できません! ……これ以上、お嬢様や旦那様、奥様が傷つくのを見ているなんて出来ません!」
そう言ったマリーは、私の手元から封筒を奪い取ると……その封筒に入った手紙ごと、びりびりと破いた。
「な、なにして……!」
「確かに、お嬢様に脅迫のことを教えてしまったのは私です。ですが、旦那様や奥様も疲弊されていました。……このままだと、この家の主一家は誰も幸せになれない。そう、思いました」
マリーは言葉を続けながら、新しい便箋を私の胸元に押し付けてきた。……何を、しろというの?
「お嬢様。お嬢様は――自分の素直な気持ちを、クラウス様にぶつけてください! 周りの幸せとか、何も考えないで」
「……正直な、気持ち……」
「はい、お嬢様はお優しいです。だから――」
――お嬢様は、絶対に幸せにならなくちゃならない。
マリーは、そう言って私の瞳をまっすぐに見つめてきた。……正直な、気持ち。その言葉を頭の中でつぶやいた時……私の中で、何かがはじけた。




