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子爵令嬢ジュリエットの初恋(4)


「大事に至らなくて良かったね」


 それから十分後。私はクラウス様により控室に運ばれ、そこでメイドに手当てを受けていた。メイドが手当てを終え、部屋を出て行くとクラウス様はそのままにっこりと笑われて私に声をかけてくださる。……胸が、どきどきする。クラウス様って、本当に素敵なお方よね……。


(ううん、ダメ。この人と私では住む世界が違うんだから……)


 クラウス様は、ウィリアム殿下の専属従者。私なんかが一緒に居ていい存在じゃない。初恋は叶わないというらしいけれど、実際そうみたいだ。そう思いながら、私は茫然と部屋の窓から外の景色を見つめた。少しでも、落ち着くようにと。でも、心臓の音は大きくなるばかり。……私、一人でも大丈夫だからクラウス様に帰っていただかなくちゃ……。


「く、クラウス様!」


 私は、意を決してクラウス様に声をかけてみる。すると、クラウス様は「どうしたの?」とおっしゃって、その鋭い瞳を柔和に細めてくださった。……だから、私は自分の決意を固めるように胸のまで手を握って、「もう、大丈夫です」と俯いて消え入りそうな声でそう告げた。もう、大丈夫だから。だから、送っていただかなくてもいいです。そう言う意味を込めたはずなのに、クラウス様は「一応送るから、馬車の元まで行こうか」なんて優しくしてくださる。……なんで? なんで?


「……そ、その、私一人でも、大丈夫、ですので……」


 たどたどしい口調でそう告げても、クラウス様は「いや、心配だし」なんておっしゃって私を一人で帰してくださろうとはしない。その申し出が嬉しいような、申し訳ないような。いいや、完全に後者だ。初恋の相手と一緒に居られるのは嬉しいけれど、迷惑をかけている感が否めないから。


「そ、それに、私なんかと一緒に居たら、クラウス様にご迷惑が掛かってしまいますし……!」


 クラウス様だって、私なんかと恋仲だって勘違いされたら、絶対に嫌だろう。こんなたどたどしい話し方しか出来なくて、引っ込み思案で、大して可愛らしくもない私じゃクラウス様だって不満なはず。……あぁ、なんだか自分で言っていて情けなくなってきたわ。変わりたいって、思っている。思っているのに、人を前にしたらなんて言ったらいいかが分からなくなってしまうの。言葉が浮かばなくて、頭の中が真っ白になる。


「ジュリエット嬢……」

「もう、大丈夫、ですから! ありがとうございました!」


 勢いよく頭を下げて、私はその場から立ち上がって逃げ出そうとした。しかし、まだ微かに痛む足に意識を取られてすぐには歩き出せなかった。それはほんの一瞬だったのに、クラウス様はそんな私をあっさりと捕まえてこられる。……逃げたい、のに。


「なんで……そんなに、逃げようとするの? 俺、キミに何かした?」


 そして、クラウス様は私の顔を覗き込んで、そう問いかけてこられた。違う。私が悪いの。私がこんな風に臆病だから……。


「ちが、違うんです! 私、人と話すのがうまく出来なくて……。だから、すぐに愛想を尽かされちゃって。そんな私と一緒に居たら、クラウス様に迷惑がかかって……!」


 頬を伝った涙は、一体何に対する涙だったのか。そう思いながら、私は「ごめんなさい……!」とだけ告げて、必死に涙を拭う。今まで、散々たどたどしい話し方をバカにされてきた。散々、勝手に期待されて勝手に愛想を尽かされてきた。家族と使用人たち以外、誰も信頼できなかった。社交界は足の引っ張り合いの場だ。私みたいなのがいたら、格好の餌食なのだろう。


「ジュリエット嬢。俺、迷惑だなんて思っていないから」

「そんなの……嘘、で」

「違う。俺興味がない人間は助けないんだよ。どちらかって言うと、薄情だし人を簡単に見捨てられるタイプだ。だから、ジュリエット嬢を助けたのは、キミに興味があったから。……信じてくれる?」

「で、でも……」

「でもって言うの、禁止にしようか。俺、ジュリエット嬢に興味があるんだ。だから……ね? もうちょっとだけ、一緒に居たいなぁって」


 そんなことをおっしゃったクラウス様の表情は、とてもお茶目で。胸がきゅんとしたのは、気のせいじゃない。……この人のことを信じたいって、思う気持ちは確かにあった。なのに、上手く信じられない。人を信じることに臆病になってしまっている。


「……うぅ」

「俺は、キミのたどたどしい話し方を何とも思っちゃいない。だから……ね?」


 クラウス様は、また私の顔を覗き込んでこられて「気にしないの」なんておっしゃってくださった。……こんなこと、家族以外で言ってくれた人は初めてだった。だからだろう、私の胸が高鳴る。


「……すぐに信じられないかもしれない。でも、ゆっくりでいい。俺と……お友達になってください、ジュリエット嬢」


 さらに、クラウス様はそんなことをおっしゃって――私に手を伸ばしてこられた。だから、私がその手にゆっくりと自分の手を重ねたとき……なんというか、意味の分からない気持ちが芽生えた。言葉にできない気持ちに、胸が支配される。でも、不思議と――気持ち悪くは、なかった。

昨日は電波が悪すぎて更新できませんでした(´・ω・`)すみません。

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悪役令嬢離縁表紙


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